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黒刀と瑠璃眼の少女  作者: あると


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20/30

第20話 踏み出す一歩と、新たな導き手

翌朝。朝靄が残る森の広場に、清涼な金属音が響き渡った。

「さあ、今日も容赦なくいくわよ!」

葉月はいつになく上機嫌な笑みを浮かべていた。昨日まで足に深手を負っていたことなど微塵も感じさせないほど軽快に、純銀の重厚な錫杖を片手で軽々と回している。

「ち、ちょっと待ってくれって……今日は少しでいいから手加減してくれよ……!」

九十九は両手に持った木製の棒を構えながら、腰の引けた情けない声を漏らした。

「甘ったれたこと言わないの!」

――シュッ!

葉月の華奢な身体が、一瞬にして九十九の視界からかき消えた。

「――っ!?」

次の瞬間。

カンッ!!

甲高い鋭い金属音が森の木々に反響した。

九十九が咄嗟に両手で構えた棒が、上空から振り下ろされた葉月の一撃を正面から完璧に受け止めていたのだ。

「……ッ!?」

葉月は着地すると同時に、驚愕に大きく目を丸くした。

「……いまの、目で見えて受けたの……?」

「な、なん……とか……っ!」

九十九は歯を食いしばり、腕に圧しかかる凄まじい重圧に耐えながら答える。

ほんの数日前までの九十九なら、葉月の踏み込みの速度を目で追うことすらできず、一閃で吹き飛ばされていたはずだった。

だが、今の九十九は違う。

身体に巡る妖力を操り、筋肉と神経を極限まで活性化させる『身体強化』の術を体得したことで、基本の運動能力そのものが格段に底上げされていたのだ。

「……へぇ、生意気ね」

葉月の可憐な口元が、楽しげにわずかに吊り上がった。

「なら――これはどうかしら!?」

カンッ! カンッ! ガァンッ!!

疾風怒濤の連続攻撃。葉月の錫杖が残像を描いて四方八方から襲いかかる。

「くっ……! あぶねぇっ!」

九十九は必死に棒で受け流し、時には身体を大きく捻って寸前で回避していく。

身のこなしはまだ泥臭く荒削りだが、それでも葉月の手加減なしの演武にどうにか食らいついていた。

「……ふーん、やるじゃない」

少し離れた大きな岩の上。

青髪の睦月は頬杖をつきながら、二人の激しい打ち合いを面白そうに眺めていた。

「ふふふ……九十九には特定の属性がないから、基礎の身体強化を教えてあげたのよ…さあ九十九、教えた通りに冷静に妖力を巡らせて」

そして睦月は、わざとらしく葉月へ聞こえるように大きな声を張り上げた。

「そして、そのまま勢いに乗って、高飛車な葉月なんてボコボコに叩きのめしちゃいなさい!」

「おいっ!? 睦月、余計なこと言うなよっ!?」

九十九が冷や汗を流して慌てて振り返る。

そして恐る恐る正面の葉月を見つめた。

葉月は――静かに笑っていた。

額にピキリと青筋を立て、どこか暗黒のオーラを纏った不気味極まりない笑顔で。

「……いい度胸ね、睦月。そして九十九」

「えっ……あの、俺は何も……」

「できるものなら、やってみなさいよっ!!」

ズガァンッ!!

葉月の全身から黄金色の激しい妖力が爆発的に吹き荒れる。

「ちょ、待っ――!?」

ドンッ!!

地面の土を豪快に削り取り、葉月が弾丸のような凄まじい勢いで肉薄してきた。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

九十九は悲鳴を上げて必死に逃げ回る。

だが――。

カンッ! ドカッ! バキッ! ズドンッ!!

「ぎゃあぁぁっ!?」

「痛っ! タイム! タイムだってばぁぁぁっ!!」

静かな森の中に、九十九の哀れな悲鳴と鈍い打撃音が虚しく響き渡り続けた。


数分後。

「…………」

森の泥の上に、完全に燃え尽きた状態で大の字に倒れ伏す九十九の姿があった。

服はズタズタで泥まみれ。髪はボサボサに乱れ、全身が痛みに悲鳴を上げている。

葉月は錫杖を肩に軽々と担ぎ、額の汗を拭いながら満足そうに深く頷いた。

「ふぅ……まあ、今日のところはこんなものね」

「……死ぬ……まじで三回くらい途中で臨死体験した……」

九十九は地面に顔を突っ伏したまま、虫の息で呟いた。

「でも、前よりは見違えるほどマシになったわよ。ちゃんと成長してるわ」

「ほん……とうか……?」

「ええ」

葉月は倒れる九十九を見下ろし、どこかわずかに誇らしげで優しい表情を浮かべた。

「だから――そろそろ、盗られた黒刀を取り返しに行きましょうか」

その言葉を聞いた瞬間、九十九の瞳に力強い光が戻り、ゆっくりと上半身を起こした。

「……ああ!」

岩の上にいた睦月も軽やかに飛び降りる。

「橘大和……だったわね」

睦月は華奢な拳を固く握りしめた。

「今度会ったら、私がボコボコにして痛い目を見せてあげるわ」

「いや……すでに俺が君たち二人にボコボコにされて満身創痍なんだけど……」

九十九が情けなくボヤく。

「……そういえば」

九十九は痛む首を傾げながら、素朴な疑問を口にした。

「橘家って、一体どこにあるんだ?」

「…………」

「…………」

「…………」

風が吹き抜け、三人の間に気まずい沈黙が流れた。

「……知らないわね」

「私も聞いたことないわ」

「俺も知るわけない……」

三人揃って腕を組み、うーんと唸り始めてしまう。

――まさに、その時だった。

「――私が案内してあげましょうか?」

「っ!?」

背後の暗がりから突如響いた透き通った声に、葉月と睦月が即座に反応した。

「誰っ!?」

二人は瞬時に九十九を背後に庇うように立ち塞がり、鋭い殺気を放って錫杖と妖術を構える。

そこに、木漏れ日を浴びながら静かに佇んでいたのは――。

「お前は……」

九十九は目を見開いた。

「白鳥……聖良……っ!」

黒髪の美しい髪を風になびかせ、凛とした佇まいの少女――白鳥聖良が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「久しぶりね、九十九」

聖良は少しだけ口元を緩めたあと、警戒を剥き出しにする葉月と睦月へ冷ややかな視線を向けた。

「……見ない顔が増えたようね。あなたの新しいお友達?」

そう言って、聖良は腰の長刀の柄にそっと手をかけた。

「ちょっと待て待てっ!!」

九十九は青くなって二人の間へ割り込んだ。

「バカ! やめろって! 戦うな!」

葉月は聖良を鋭い目つきで睨みつける。

「あなた……九十九の敵なの?」

「敵……と言われれば、否定はできないわね」

聖良は淡々と答える。

「けれど、今ここであなたたちと不毛な戦いをするつもりはないわ」

そして、九十九の真っ直ぐな瞳を見つめ返す。

「黒刀を……橘大和に奪われたそうね」

「ああ」

九十九は強い意志を込めて頷いた。

「俺の手で、絶対に取り戻す」

泥だらけの拳を強く握りしめる。

「だから……橘家の場所を知ってるなら、教えてくれ!」

聖良は少し考えるように美しい長睫毛を伏せた。

そして、静かに首を縦に振る。

「いいわよ」

「……本当か!?」

「ええ。今は利害が一致しているもの。協力してあげるわ」

聖良は柄から手を離した。

「ただし――」

九十九の脇を通り過ぎざま、聖良は振り返り、挑戦的な笑みを浮かべた。

「黒刀を無事取り戻したら……その時は私と正々堂々勝負してもらうわよ?」

「……分かった」

九十九は一切の迷いなく即答した。

「その時は、俺ももう二度と逃げない」

「ふふ……楽しみにしているわ」

聖良はくるりと踵を返すと、迷いのない足取りで森の出口へ向かって歩き出した。

「ぐずぐずしないで、早く来なさい。橘家の屋敷へ案内するわ」

「……行こう!」

九十九も力強く後を追う。

葉月と睦月も顔を見合わせ、警戒を解かないまま続いて歩き出した。

しばらく歩いたところで、葉月が九十九の隣に寄り添い、ひそひそ声で尋ねる。

「……あの女、一体何者なのよ?」

「白鳥聖良。……黒刀の継承者候補の一人だ」

「継承者候補……?」

睦月も後ろから聖良の背中を睨みつけるように見つめる。

「じゃあ、本当の意味で味方ってわけじゃないのね?」

九十九は少しだけ考え、苦笑いを浮かべた。

「……今は、心強い味方だよ」

そして言葉を継ぐ。

「『今は』……だけどな」

その含みのある言葉を聞いた二人は、さらに気を引き締め、聖良への警戒を強めるのだった。

だが、九十九たちはまだ知る由もなかった。

これから足を踏み入れる橘家の深淵で、自分たちを待ち受けているのが――黒刀の存在だけではないということを。

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