↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒刀と瑠璃眼の少女  作者: あると


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/30

第1話 深夜に響く歌声

「早く起きなさぁぁぁぁいっ!!」

耳元で爆発した雷のような怒鳴り声。

直後、右耳に鋭く激しい痛みが走った。

「いだだだだっ!? 耳、耳ちぎれるって!」

涙目で跳ね起きると、目の前には腕を組み、鬼の形相で仁王立ちする少女の姿があった。

幼なじみの楠由香くすのき ゆかだ。

腰まで伸びた艶やかな黒髪を怒りに揺らし、彼女は心底呆れたように大きなため息をつく。

「また遅刻する気? いい加減にしてよ」

「……いや、違うんだよ。最近さ、家の近くで夜中に大声で歌うバカがいるんだ。うるさくて全然眠れねぇんだよ」

寝ぼけ眼のまま必死に抗議する俺に、由香は氷のように冷たい視線を向けた。

「またそうやって妙な言い訳をする。そんな歌声、一度も聞いたことないけど?」

「本当なんだって! マジで信じてくれ!」

「はいはい。馬鹿なこと言ってないで、とっくに朝なんだから早く学校行くよ」

そう言われても、睡眠不足の体は鉛のように重い。

「……今日は休む」

そう呟いて布団を頭からかぶり直すと、

「私だって、出張中の九十九のお父さんに『九十九をよろしく』って頼まれてるの!」

容赦のない手が再び俺の耳を捉えた。

「いだだだだっ! わかった! 行く! 行けばいいんだろっ!?」

痛みに耐えかねて降参し、渋々制服に着替えて玄関へ向かう。

待ちくたびれた様子の由香は、手首の腕時計に目を落とすなり、

「走るよ!」

と叫び、俺の手首を掴んで強引にダッシュを開始した。


俺の名前は八神九十九やがみ つくも

俺たちが住むこの世界では、世界を創造したとされる存在――『真祖様』だけが唯一絶対の神として崇められている。

一神教以外の信仰は固く禁じられており、人々は幼少期からその厳格な教えを徹底的に叩き込まれるのだ。

俺が通う神和中学校でも、例外なくその神学教育が行われている。

……もっとも、俺自身はそんな退屈な宗教論にこれっぽっちも興味はないのだが。

「もうっ! 九十九のせいで今日もギリギリじゃない!」

始業のチャイムが校内に響き渡ると同時に、俺たちは教室の扉を蹴るように飛び込んだ。

息を荒らせて叫ぶ由香に、俺は肩をすくめて返す。

「だから、起こしてくれなんて頼んでねぇっての」

「お前ら、朝から本当に仲がいいなぁ」

教壇に立つ担任教師が苦笑いを浮かべると、俺と由香の声が綺麗に重なった。

「「誰がこんな奴と!!」」

一分の狂いもないハモリに、教室中がどっと爆笑の渦に包まれる。

俺と由香は互いに顔を真っ赤にしながら、そそくさと自分の席へ逃げ込んだ。

朝のホームルームが終わり、窓の外の雲をぼんやりと眺めていた、その時だった。

バンッ!!

強い衝撃で机が大きく揺れた。

驚いて視線を上げると、そこには一人の少女が胸の下で腕を組み、立ちふさがっていた。

生徒会長・白鳥聖良しらとり せいら

学年トップの頭脳に加え、運動神経も抜群。

容姿端麗で男女問わず絶大な人気を誇り、校内では密かに『白百合姫』などと称されている完璧超人だ。

……もちろん本人は、その乙女チックな呼び名を死ぬほど嫌っているのだが。

「…………白百合姫?」

思考がそのまま口から漏れた。

言った瞬間、脳内で警戒警報が鳴り響く。「やばい」と思った時には、もう遅かった。

聖良の白い頬が、みるみるうちに怒りで朱に染まっていく。

「誰が……白百合姫だぁぁっ!!」

教室の窓ガラスを振動させるほどの怒号が響き渡る。

周囲の生徒たちが一斉に察し、サーッと静かに目を逸らした。

(あ、終わったな……)

誰かが小さく呟いた気がした。

聖良は「コホン」と一つ意地らしく咳払いをすると、射抜くような鋭い視線で俺を睨みつけた。

「あなたたち、いつもいつも遅刻ばかり! 生徒としての自覚が足りないんじゃないの!?」

「だから! 夜中に近所で歌ってるヤツがいるんだって!」

「嘘ばっかり」

すかさず隣から由香のツッコミが入る。

「私、目と鼻の先に住んでるけど一度も聞いたことないよ?」

「ほら、ご覧なさい」

聖良は呆れ果てたように深くため息をついた。

「だから嘘じゃないんだってば!」

「だったら、夜に寝なければいいでしょう」

「それ何の解決にもなってねぇだろ!?」

しかし聖良は俺の反論など取り合う気もない様子で、凛とした足取りのまま教室を去っていった。

(くそっ……ふざけやがって)

(今日こそ……今日こそ絶対、その歌ってる奴を見つけ出して一発ぶん殴ってやる……!)

俺は机の下で静かに拳を握りしめた。

その日の夜。

壁の時計の針が、深夜零時を回った頃――

――また、聞こえてきた。

♪誰か~~いないの~~

♪私を~~見つけて~~

♪くれる人~~いないの~~

相変わらず、頭痛がしてくるほど音程が外れた歌声。

「うるっせぇぇぇ響くんだよ!!」

俺はベッドから跳ね起きると、私服のまま玄関を飛び出した。

夜の静寂に響く不協和音だけを頼りに、暗い夜道をひた走る。

声は少しずつ、けれど確実に大きくなっていき――

やがて、隣の家の奥深くに佇む、古い蔵の前でぴたりと足が止まった。

「ここ……由香の家の中庭じゃねぇか……?」

嫌な予感が背筋を駆け上がる。

俺は息を殺し、恐る恐る古びた蔵の重厚な扉に手をかけた。

ギィィィ……ギィ……

重い木擦れの音を立てて、扉が開く。

蔵の中はひんやりとした冷たい空気に満ちており、高窓から差し込む一筋の月明かりだけが、奥の闇を薄っすらと照らしていた。

そして、その最奥。

そこには、人間が丸ごと入るほど巨大な、木製の檻が鎮座していた。

檻の入り口付近には、一本の刀が深く、刺さるように突き立てられている。

月光を吸い込んで妖しく光る、恐ろしいほどに黒く、そして美しい刀身。

「……なんだよ、これ……」

あまりの光景に息を呑む。

その時だった。

――カサリ。

檻の奥の暗がりで、何かが動いた。

ゆっくりと視線を向ける。

吸い込まれそうな瑠璃色の瞳。

月光を反射して透き通るような、病的なまでに白い肌。

そして、闇の中で夜光塗料のように輝く、長くしなやかな銀の髪。

そこにいたのは、一人の神秘的な少女だった。

少女は細い手で木の檻を掴み、信じられないものを見るような目で俺を真っ直ぐに見つめていた。

そして、その薄い唇を微かに震わせ、鈴を転がすような、けれどどこか浮世離れした声で囁いた。

「……めずらしい事もあるもんだ。何百年ぶりの人間だのう……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。