第0075撃「メタ氏、万引きしないかと誘われる!!」の巻
平成4年1992年、5月、高校1年の1学期。
小生がM学院高校に入学して、
よく一緒にいたのが籠村(仮名)と朝森(仮名)でした。
その朝森と、二人きりで下校することも、
思いのほか多かったように思います。
高校の最寄りであるM駅のあたりを、
これといった目的もなく、ふらふらと歩き回りました。
駅のそばの山には、
大阪でも名の通った滝があり、
「いっそ山のなかを探検してみるか」などという、
いかにも青春めいた話も、持ち上がりました。
しかしながら、
多勢の猿に囲まれて、
弁当箱どころか身ぐるみまでも剥がされて持っていかれた、
という真偽不明の逸話がささやかれていたり、
それ以上に、あの山が醸し出す、
どことなく湿り気を帯びた薄暗さに、
どうにも足を踏み入れる勇気が湧きませんでした。
そんなある日のこと。
彼が唐突に、
「今から万引きしに行かへんか」と言いました。
たいへん下卑た笑みを浮かべながら、
まるで「喫茶店でも寄ろうぜ」とでも言うような軽やかさで、
こちらを誘ってくるのです。
小生は、その発言の倫理性や人道性に憤った——
という立派な理由では、どうやらなかったようです。
むしろ、
この男と共同で事に及べば、
遠からずして御用となるに違いない、
という、妙に冴えた〈勘働き〉が、
瞬時に働いたからでした。
結果として、
小生は反射的に、その誘いを断りました。
それ以降、
彼から万引きの誘いを受けることは、
不思議と二度とありませんでした。
ところで小生、
マンションの地下に広がる、
やたらと巨大なショッピングセンター街の一角にあるスーパーで、
アルバイトを始めました。
仕事はといえば、
陳列棚をひとつひとつ見てまわり、
商品が少なくなっているのを確認すると、
捨てる段ボールの切れ端にマジックで商品名を書き込み、
それを手に店外の倉庫へ向かい、
該当の商品を台車に載せて、
再び店内へ戻り、箱を開封し、
ひとつずつ棚に補充していく——
その繰り返しでした。
単調といえば単調ですが、
その単調さが、妙に世界を狭く感じさせる、
そんな種類の仕事でもありました。
なぜ自宅の近くを職場に選んだのかといえば、
近くて通いやすい、という至極まっとうな理由と、
店頭のバイト募集の張り紙を目にした瞬間、
なぜかそこ以外が頭に浮かばなかった、
という、いささか頼りない動機によるものです。
面接の際、
小生は週二日の勤務を希望している旨を伝えました。
ところが店長は、
「うちは週五入れる人しか雇ってないんだよ」と、
にべもなく言い放ちます。
その一言に、あっさりと方針を転換した小生は、
一日三時間、週五勤務という、
どこか部活動のような働き方で、
雇っていただくことになりました。
地上のマンションには、
芝嶋中学時代の元同級生やその家族が、
文字どおりびっしりと住んでいます。
店内を一時間ほど補充して歩けば、
顔見知りのひとりやふたりに出くわすのは、
もはや自然の摂理のようなものでした。
案の定、
元同級生の囲見(仮名)に見つかりました。
その視線は、
まるで珍獣でも発見したかのように、
無遠慮で、しかしどこか嬉しそうでもありました。
「夢野、ここで何してんねん? バイトか?」
問われた小生は、
照れくささのあまり、
いかにも忙しいふりをして、
適当な返事を返しました。
すると彼は、
「がんばれよー」と、
妙に朗らかな応援を残して去っていきました。
その声が、
少しだけ背中をくすぐるように残りました。
二時間ほど経った頃でしょうか。
ついに、
心のどこかで恐れていたことが起きました。
普段服用している薬の副作用——
眼球上転が、静かに、しかし確実に始まったのです。
眼球が、
自分の意思とは無関係に、
上へ、上へと引き上げられていきます。
傍から見れば、
白目を剥いているとしか思えない状態でしょう。
いったん始まれば、
目の前をまともに捉えることすら難しく、
ただ耐えるしかありません。
本来なら、
家で布団を頭までかぶり、
瞼を閉じて視界を完全に遮断し、
静かにやり過ごすほかないのです。
小生は、
現場から逃げ出すように事務室へ駆け込み、
店長に事情を伝えて、
その日は早退しました。
翌日。
出勤すると、
店長に呼び止められました。
「わるいけどうちでは君は雇えないな、
来てもらってあれだが辞めてもらえんかな」
その言葉は、
淡々としていながらも、
妙に後味の残る響きを持っていました。
もっとも小生としても、
前日の副作用にすっかり懲りていたため、
ここは素直に引き下がるほかありません。
心持ちは、
いわば「ガッテン承知の助」でありました。
悲しそうな顔を作りながら、
内心ではどこか安堵しつつ、
小生は帰路につきました。
後日、
わずかな給与を受け取りに、再び店を訪れました。
手渡されたのは、
ぺらぺらと頼りない薄い封筒。
中身は、
およそ千六百円ほどでした。
しかしそれは、
小生が確かに働き、
多少なりとも苦しい思いをして得たお金です。
額の大小とは別のところで、
じんわりと重みを感じました。
それは、小生にとって、
生まれて初めて社会に触れた、
ささやかな、けれど確かなアルバイトの記憶でした。
米米CLUB「君がいるだけで」(1992年)
YouTubeで視聴する https://youtu.be/Dq4a25N0Ygc?si=6j5S5B14kAelTLv_
続く。果てしなく続く……。
(まだまだ続くよーっ!お楽しみに〜!)
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