3月18日(水):足読み板の日
とある世界では今日は『目で見る前に、足の裏と杖先で、止まる場所と進む場所を知る』日。アルメリアでは『足読み板の日』として、曲がり角や戸口の前へ置く板札に点と筋を刻み、だれが触っても同じ順に読めるよう整える。
玄関の籠の横に立てた戻し札は、昨夜、三枚あった。
今夜は二枚しかなかった。
『がくしゃへ』と『ぱんやへ』。そこまではある。けれど、星粒ほいくえんへ戻すはずの一枚だけが見当たらない。食卓の上には、昨夜綴じた見本綴りが三つと、今日持ち帰った板札の包みが三つ。どれも春の湿りを吸わないよう薄布に包んであるせいで、見た目だけでは区別がつきにくかった。
「ほんとうに、足りなくなったね」とルミナが言った。
フィオナは頷き、包みを三つ並べた。昨日のうちに戻し札まで用意したから、朝は静かだと思っていた。けれど、足元の案内は読む相手が小さければ小さいほど、順番を間違えられない。戻し先がひとつ曖昧なままだと、明日の朝がうるさくなる。
アストルが包みの端をつつく。「書き直すだけじゃ足りないな。どれがどこ行きか、ちゃんと触って分けないと」
「点は止まる、筋は進む」とグレゴールが言った。「読む場所が違えば、置く順も違う」
レオンはすぐに食いついた。「じゃあ、学舎の丘道は、先に筋だよね。道をたどって、曲がり角の前で点。いきなり点から始まると、どっちへ行くか分からない」
「うん。ほいくえんは逆かも」とフィオナが答える。「門の前で一度止まって、そこから手をつないで入るから」
クリスは椅子から降り、包みの前にしゃがんだ。「てん、止まる。すじ、いく」
その言い方が、今夜の基準になった。
フィオナは居間の敷物を端へ寄せ、床の板を少しだけ空けた。板札を試すための細い道を作る。ルミナは包みを開き、布の上へ小さな板札を並べた。丸い粒の刻みが入ったものと、細い筋の刻みが通ったもの。色はどちらも黄土に近いが、弱い灯りでも凹凸の影が読めるよう、表面の艶だけ少し違う。
「目じゃなくて、足で」とルミナが言う。
最初に試したのはレオンだった。靴下のまま板の上へ乗り、目を閉じる。筋の板札を二枚、少し間を置いて、その先に点の板札を二枚並べる。
レオンはゆっくり歩き、曲がり角に見立てた椅子の前で止まった。「うん。これは学舎」
「どうして?」とアストルが聞く。
「先に進む感じがあるから。止まる印が最後に来ると、曲がる前に足が止まる」
理由がはっきりしている。高学年らしい答えに、グレゴールが短く頷いた。
次はクリスだった。フィオナが筋ではなく、点の板札を門に見立てた位置へ先に置き、そのあとに短い筋の板札を一枚だけ続ける。
クリスは板の上へそっと乗り、つま先で丸い刻みを踏んでから足を止めた。「ここ、まつ」
「そう。ここで待つ」とフィオナが言う。
クリスはそれから短い筋を踏み、ルミナの手を取った。「て、つなぐ。はいっていい」
星粒ほいくえんの包みは、それで決まった。
問題は残る一つだった。パン屋の前は、止まる印より、濡れた戸口を避けるための導きがいる。けれど店先は学舎より狭い。筋を長くしすぎると、石畳の端まで出てしまう。
戸鈴が鳴ったのは、そのときだった。
テオくんが、背負い袋の口を二回折って立っていた。片手には、細い木板が二枚ある。「パン屋の前、測ってきました。壁からここまで、このくらいです」
木板には、戸口から雨よけの柱までの幅が、炭で簡単に書いてあった。仕事の測り方で、余計な線がない。
「ちょうどよかった」とフィオナが言う。「今、店先用だけ迷ってたの」
テオくんは板札を見て、少しだけ笑った。「迷うと思って、閉める前に見てきました」
その言い方に、段取り以上のものが混じっていたけれど、今夜は誰も大きく拾わなかった。拾わないで進めるのも、家族の上手さだった。
アストルが木板を受け取り、床へ置く。「店先は、筋を短く。壁に沿わせて、最後に点を一つ」
「戸口の前で止まりすぎると、朝の人が詰まるものね」とルミナが言う。
フィオナは木板の幅に合わせて、筋の板札を短く並べ、最後に点の板札をひとつだけ足した。レオンが試し、すぐ言う。「これなら、濡れたところの前で止まりすぎない」
「じゃあ、順番も決めよう」とフィオナが言った。
戻し先が分かっただけでは、明日の朝はまだ静かにならない。早く開くところから渡し、迷いやすいところを先に置く。今夜のうちに順番まで揃えれば、朝は足音だけで進める。
食卓の上に、三つの札が新しく立った。『あさ いちばん ぱんや』。『つぎ ほいくえん』。『そのあと がくしゃ』。
「パン屋は開くのが早い。ほいくえんは小さい足が先。学舎は鐘の前なら間に合う」とレオンが読み上げる。
「ぼく、がくしゃ、もってく」と続けた。
クリスはすぐ手を挙げた。「わたし、ほいくえん。てん、わかる」
「じゃあ私はパン屋」とフィオナが言った。
テオくんが目を上げる。「明日の朝、置く前に、一回だけいっしょに歩きますか」
短い言葉だった。けれど、昨日より自然で、今日の段取りの中にちゃんと収まっていた。
フィオナは頷く。「うん。一回だけ」
それで十分だった。約束は小さいほうが、朝までほどけない。
最後に、なくなっていた一枚の戻し札を書き直す。フィオナは厚めの紙を切り、『ほいくえんへ』と書いたあと、文字の下に点をひとつ描いた。文字が読めなくても、印で分かるようにするためだ。
グレゴールがそれを見て言う。「良いな。文字の前に、触れる意味がある」
「足読み板の日ですから」とルミナが笑う。
包みはそれぞれ、明日の持ち手の前に置かれた。パン屋の包みは玄関に近く、ほいくえんの包みはクリスの上着の籠の横、学舎の包みはレオンの鞄のそば。置く場所まで決まると、なくなっていた一枚のぶんまで、家の中がきちんと戻った気がした。
灯りを落とす前に、フィオナは店先用の木板をもう一度撫でた。壁に沿う短い筋と、その先の一つの点。明日の朝、そこをいっしょに歩く足取りを、頭の中で一度だけなぞる。
クリスが眠そうに呟いた。「てん、止まる。すじ、いく。あした、まよわない」
「うん。迷わない」とフィオナは答えた。
梁の上でスノーが、並び直した包みと書き直した戻し札を見下ろして嘴を鳴らした。「止まる印を先に置け。進む筋はそのあとでいい――板札は足で読めるようにしておけ、明日の朝はそれで迷わん」




