9月5日(土):働き見の日
とある世界では今日は、多くの人に希望や喜びを届けた働きをたたえる日。アルメリアでは『働き見の日』として、誰かを大きな言葉でほめる前に、「誰が、何をしたのか」を一つずつ見て言葉にする日だった。
土曜日の昼はまだ暑く、フレイメル魔具修理店の石壁にも白い日の名残が貼りついていた。
学院も学舎も園も休みの日。子どもたちは昼の外歩きを増やさず、家の中でそれぞれ軽い片づけを手伝った。
夜、夕食が終わるころになっても、西側の部品棚は夏位置のまま。入口の夏換気札も四行のままだ。
『日が落ちたら外の涼しさを見る』
『換気前に軽い物をしまう』
『西壁をふさがない』
『戸口と高窓の開け方は、その夜の風で決める』
フィオナが戸口の外気を手の甲で確かめた。
「昼よりは下がったね。今日は少し風がある」
ルミナも戸布の揺れを見る。
「じゃあ、軽い物をしまってから開けましょう」
工房の卓には、その日の修理控えをまとめた薄紙、空になった小さな紙包み、軽い部品皿がいくつか残っていた。
アストルは高窓へ向かう前に言う。
「子ども組は、軽い物だけ。高窓は俺がやる」
「うん」
レオンはすぐ動かず、卓を一度見回した。
「お父さん、この空の皿から戻していい?」
「いいぞ。中身がないのを見てからな」
一枚目の皿を持ち上げる。
フィオナは紙束を数えた。
「薄紙が三枚。紙包みが二つ。これは私がまとめる」
クリスは手を出さず、卓の端をじっと見ていた。
「フィオ姉ちゃん。あそこ、ぺらぺら」
薄い包み紙の角が、戸布から入った風で少し浮いている。
「ほんとだ。ありがとう」
フィオナが手を添えた、そのときだった。
外で風向きが変わった。
戸布がふくらみ、遠くで雨粒が石畳を打つ音がした。
「夕立が来るわ」
ルミナの声は短い。
「戸口、まだ広げない。アストル、高窓も待って」
「了解」
アストルは踏み台へ手をかける前だったので、そのまま離れた。
レオンは皿を抱えたまま、走らない。
「これは棚へ?」
「そのまま軽物棚へお願い」
ルミナが答える。
「ぼく、行く」
レオンは通り道を見てから一枚ずつ運ぶ。
フィオナは薄紙三枚を重ね、紙包み二つとは別にして紙箱へ戻した。
クリスは卓の下から見上げる。
「まだ、しろいの、ひとつ」
床へ落ちたのではない。
卓脚の陰に、空の小さな控え封筒が一枚立てかけられていた。
「見つけたね。でも取るのは待って」
ルミナが言い、足元が乾いていることを確かめてから拾った。
雨はすぐ強くなったが、戸口も高窓もまだ広げていない。
軽い紙は全部収納済み。
西壁への通り道も空いている。
家族は、夕立が屋根を通り過ぎる音をしばらく聞いた。
やがて雨脚が弱まり、アストルが外の風を確かめる。
今度は戸口を少しだけ、高窓もその夜の風に合わせた幅で開けた。
湿った外気を一気に入れず、家の中の熱をゆっくり逃がす。
「よし。何も飛ばなかったな」
アストルが言った。
そのときグレゴールが地下室から上がってきた。
ちょうどレオンが、最後の空皿を棚へ戻したところだった。
「ほう。夕立前の片づけか」
グレゴールは卓と棚を見回し、満足そうに頷く。
「レオン、よく全部守ったな。今夜の功はお前だ」
レオンは一瞬、うれしそうな顔をした。
けれど、すぐに空皿を棚の奥まで押し込む手を止めた。
「ぼく、全部じゃない」
「む?」
「ぼくがやったのは、空の皿を運んだこと」
レオンは卓を振り返る。
「薄紙を数えて戻したのはフィオ姉。最初に包み紙が浮いてるって見つけたのはクリス。戸口と高窓をまだ開けないって決めたのはお母さん。風を見て、あとから高窓を開けたのはお父さん」
クリスが胸の前で両手を上げた。
「わたし、ぺらぺら、みつけた」
「うん。あれがなかったら一枚飛んでたかも」
フィオナが言う。
グレゴールは眼鏡を押し上げた。
「なるほど。わしは結果だけ見て、最後に皿を持っていた者へ全部まとめてしまったか」
「昨日スノーが言ってた」
レオンが笑う。
「『誰が何をしたのか見ろ』って」
梁の上のスノーは、聞こえていても知らない顔で羽繕いを続けている。
アストルが腕を組んだ。
「じゃあ今日は働き見の日らしく、一個ずつ見直すか」
ルミナが首を傾げる。
「でも、全員に同じだけ手柄を作る必要はないわよ」
その言葉に、グレゴールがぴたりと止まった。
「……わしの働きは?」
フィオナが少し考える。
レオンも考える。
クリスはもっと長く考えてから、正直に言った。
「おじいちゃん、あとからきた」
沈黙のあと、アストルが吹き出した。
グレゴールも咳払いを一つする。
「その通りだ」
ルミナが笑った。
「義父さんは、その片づけには居合わせていません。それは手柄にも失敗にも数えなくていいんです」
「何もしていないところへ、無理に功を足さなくてよい、と」
「うん」
フィオナが頷いた。
「今日見えていなかったことは、あとから聞けばいい。でも、やっていない仕事まで足したら、また同じことになるもの」
アストルは、片づいた作業卓を指で軽く示した。
「修理だって同じだ。最後にねじを締めたやつだけで直したことにはならない。症状を聞いたやつ、原因を比べたやつ、危ない物をどけたやつ、直ったか確かめたやつ。仕事によって必要な手は変わる」
「じゃあ、たくさん名前があるほどえらい?」
クリスが聞く。
「それも違うな」
フィオナが答えた。
「一人でできる仕事なら一人でいいし、待つだけでいい人もいる。人数じゃなくて、本当にやったことを見るの」
レオンが頷く。
「ほめるために、やってない仕事を足さない」
「それが一番大事かもしれんな」
グレゴールが言った。
そこで家族は、誰が一番だったかを決めるのをやめた。
代わりに、見たことだけを一つずつ返す。
「クリス、紙の角が浮いたのを先に教えてくれて助かった」
フィオナが言う。
クリスは嬉しそうに頷いた。
「レオン、走らずに皿を一枚ずつ戻したから、通り道が空いたままだったわ」
ルミナが言う。
「うん」
レオンは今度は照れずに受け取る。
アストルには、風向きを確かめてから高窓を開けたこと。
ルミナには、夕立を見て換気を始めるのを待つと決めたこと。
フィオナには、紙を数えて種類を混ぜず戻したこと。
ほめる言葉が大きくなる代わりに、何を見ていたかが細かくなっていく。
最後にグレゴールが腕を組んだ。
「ではわしは、皆の働きをあとから聞いて、早合点を訂正した」
レオンが笑った。
「それは今日やった」
「ならば、そこは受け取っておこう」
クリスが指を一本立てる。
「まちがえた。なおした」
「そうだな」
グレゴールは素直に頷いた。
夕立のあとの風が、少し開いた戸口から入る。
部品棚は夏位置のまま。
換気札も四行のまま。
誰かをほめるために、新しい札を増やす必要もなかった。
働きは、名前だけでは残らない。
何を見て、何を待って、何を運び、どこで手を出さなかったか。
そこまで言葉にして、ようやくその人へ返せる。
レオンは空になった卓を見て言った。
「『すごかった』だけより、『何をしたか』を言ってもらうほうが、次も同じようにできそう」
「わたしも」
クリスが言う。
「ぺらぺら、みつけた」
「うん。クリスが見つけた」
今度は誰も、その働きを別の名前へまとめなかった。
梁の上でスノーが、雨上がりの戸口と片づいた卓を交互に見て、片脚を羽の中へしまった。
「手柄は盆に山盛りにするもんじゃねえ。一つずつ持ち主へ返せ――明日は、小さい手の仕事を先回りして取り上げるなよ」




