9月2日(水):福札見直しの日
とある世界では今日は、しまい込んだくじの番号を、捨てる前にもう一度確かめる日。アルメリアでは『福札見直しの日』として、町の福分け札を番号だけで決めつけず、印と数字と発行の時期を順に見直す日だった。
日が傾くころ、フレイメル家の玄関には、学校や園から戻った三つの荷物がそれぞれの場所に収まっていた。
フィオナの学院鞄。レオンの学舎鞄。クリスの登園袋。
朝より少しだけ軽く見えるのは、中身が減ったからではなく、二日目の手が戻す場所を覚え始めたからかもしれない。
外にはまだ昼の熱が残っている。九月になっても石畳はすぐ秋にはならず、戸口から入る風だけが昨日よりわずかに軽かった。
夕食後、戸鈴が一度鳴った。
アストルが店先へ出て戻ってくると、細長い灯り文を一枚持っていた。
「合同ギルド支部から。福分け札の見直し番号だ」
アルメリアでは、季節の入れ替わりに店や工房で余った、まだ使える布端や紐、小さな木片などを集め、希望する家へ少しずつ分けることがある。
受け取りにお金はいらない。
その回ごとに家へ一枚ずつ福分け札が渡され、組印と番号と発行の印が合った家が、小さな生活用品の包みを一つ受け取る。それだけの、町のささやかな福分けだった。
ルミナが玄関小棚の「町の手順」の束から、薄い札を一枚持ってきた。
「うちは、これかしら」
札には、丸い葉が三枚つながった印。その下に『二七』。
アストルが灯り文を広げる。
『本日の見直し 木の葉印 二七』
「お、二七――」
レオンが口を開き、そこで止まった。
昨夜、梁の上から聞こえた言葉が戻ってきた。
数字が並んでも、当たりだと決めつけるな。
「数字は同じ」
レオンは札へ手を伸ばさず、続けた。
「でも、まだ同じ札とは決めない」
フィオナが少し笑う。
「何を比べる?」
「印。それから、いつの札か」
「うん。先にそこだね」
クリスは二枚を交互に見た。
「わたしには、どっちもみどりのはっぱ」
紙の周りに、薄い緑の輪が浮いて見えているらしい。
「でも、これでおなじにしない」
グレゴールが頷く。
「見え方と、札の条件は別だ。では、どこまで同じかを分けよう」
「父さん、今日は地下室へ行かなくていいからな」
アストルが先に言った。
「わしは何も取りに行こうとしておらん」
「立ち上がりかけた」
「考えるときは立つこともある」
家族の笑いが卓の上へ落ちた。
フィオナは二枚の紙を平らに置き、上の辺を揃えた。
「『同じ』って一言だけだと、番号だけ合っても全部同じみたいに聞こえる。比べる場所を三つにしよう」
白紙へ短く書く。
『一 組印』
『二 番号』
『三 発行の印』
レオンが読む。
「三つとも合ったら、今日の受け取り札として一致」
「一つだけなら?」
「そこだけ同じ」
まず、組印。
灯り文には、先の尖った木の葉が一枚。
家の札には、丸い葉が三枚。
「違う」
レオンが言う。
次に番号。
どちらも二七。
「ここだけ同じ」
最後に発行の印を見る。
灯り文は九月二日。
家の札の端には、八月末の回を示す旧印が押されていた。
フィオナが指を止める。
「これ、今日の札じゃない」
ルミナも札を見る。
「そうね。玄関小棚から取ったから、前の回の札を持ってきたみたい」
レオンが聞く。
「じゃあ、今日の札は別にある?」
「あるはず。でも、見つけるまでは『別にあるはず』までね」
グレゴールが言う。
「そうだ。見つけてから確定する」
昨日は、近そうな道を見ても、歩いたことがなければ「戻れる道」と決めなかった。
今日は、同じ数字を見ても、それだけで「同じ札」と決めない。
止まる場所が、少しずつ増えている。
アストルが店の受け取り箱を卓の端へ運んだ。
子どもたちは中へ手を突っ込まず、アストルが一枚ずつ紙を取り出すのを見る。
修理依頼の控え。
仕入れの短札。
町の回覧。
その下から、薄い黄色の札が一枚出た。
「福分け札。今日の分だな」
今度の組印は、灯り文と同じ木の葉。
番号は――『二一』。
レオンは声を上げず、一つずつ見る。
「組印、同じ。番号、違う。発行の印、今日」
フィオナが頷く。
「二つ一致、一つ不一致」
「じゃあ、今日の福分けを受け取る札ではない」
「そう。今度はそこまで言っていい」
クリスが黄色い札を覗き込む。
「わたしには、『いち』がちいさいおうちみたい」
「見えるのはそのままでいいよ」
フィオナが言う。
「でも、書いてある数は?」
「に、いち」
クリスは嬉しそうに言ってから、もう一度札を見る。
「おうちにみえる。でも、かずは、にいち」
グレゴールが古い札へ目をやった。
「では、この八月札はもう捨ててよいのか」
アストルが肩をすくめる。
「今日が見直しの日なら、最後まで見てからだな」
レオンがすぐに言った。
「今度は、ぼくが読む。お母さん、合ってるか別に見て」
「いいわよ」
三枚とも文字が正しい向きになるよう上辺を揃える。組印、番号、発行の印を同じ順に追えるようにしてから、一桁ずつ読む。
古い札。
三つ葉印。二七。八月末の旧印。
灯り文。
木の葉印。二七。九月二日。
今日の黄色札。
木の葉印。二一。九月二日。
レオンが一つ読むたび、ルミナは自分の目で確認してから頷いた。
「三枚とも、似てるところはある。でも、全部同じものはない」
「うん」
「これなら決めていい?」
「いいわ」
さらに古い札の端には、前回すでに受け取りを終えたことを示す小さな穴が開いていた。
番号だけでなく、役目まで終わっている。
ルミナは古い札を紙の回収箱へ入れた。
今日の黄色札は、次の案内が来るまで玄関小棚の「町の手順」へ戻す。
灯り文は折り目を整え、戸口の回覧留めへ。
「数字だけ見たら、最初は合ってたんだよな」
アストルが言う。
レオンは少し考えた。
「二七が間違ってたんじゃない。ぼくたちが二七だけに『同じ札かどうか』まで答えてもらおうとした」
グレゴールが眼鏡を押し上げた。
「数は、聞かれた範囲しか答えん。それ以上を言わせれば、間違えるのは人の側だ」
「おじいちゃん、今日はちゃんと研究道具なしで研究者っぽい」
フィオナが言う。
「研究者は道具を持っていない時間の方が長い」
「ほんと?」
「……少なくとも、そうあるべきだ」
断言しきらないところまでグレゴールらしくて、また笑いが起きた。
片づけの最後に、フィオナは三行を書いた白紙を見た。
『組印、番号、発行の印』
「これ、家の札として残す?」
レオンが聞く。
フィオナは首を振った。
「今日は残さなくていいと思う。次に同じ札を見るとき、自分で三つ言えたら、それで十分」
「ぼく、言える」
クリスも指を三本立てる。
「しるし。かず。いつの」
「うん。それでいこう」
確認用紙は回収箱へ入れた。
覚えるために、何でも新しい札へする必要はない。
窓の外では灯路が淡く光っている。
昼の熱はまだ壁に残り、工房の部品棚も夏位置のまま。入口の夏換気札も四行のままだ。
九月二日になったからといって、夏の暮らしが全部入れ替わるわけではない。
同じように、同じ数字が書かれているからといって、同じ役目になるわけでもない。
レオンは玄関小棚を閉じる前に、黄色い札の向きを一度だけ揃えた。
「次に見るときも、三つ見てから」
クリスが真似する。
「みっつ。みてから、きめる」
梁の上でスノーが片脚を腹の羽へしまい、閉じた玄関小棚へ目を細めた。
「同じ数字は、同じ答えじゃねえ。何を比べてるか忘れるな――明日は便利な道具ほど、できることとできねえことを先に分けろ」




