8月10日(月):道見直しの日
とある世界では今日は『毎日の暮らしを支える道の意味や大切さへ、あらためて目を向ける』日。アルメリアでは『道見直しの日』として、引かれた案内だけで決めず、石畳に残る足の跡と実際に通る人の動きを見比べ、店先の道を確かめる日。
朝食のあと、レオンは玄関小棚の『外歩きと安全』から、昨日届いた道見札を取り出した。
『店前へ荷を出す前に、白い案内線と、靴が避ける継ぎ目を確認する』
店の戸を開けると、朝のうちでも石畳にはもう薄い熱があった。白い案内線は店先を横切り、その少し内側を一本の継ぎ目が走っている。
レオンは軒下へしゃがんだ。継ぎ目の上だけ、細かな砂が残っている。周りには靴底の擦れた跡がいくつもあるのに、そこだけ踏まれ方が少ない。
「やっぱり、みんな避けてる」
フィオナも道見札を覗き込んだ。
「避けているのは分かるね。でも、理由はまだ分からないよ」
「でも危ない場所だったら、荷を出してからじゃ遅いだろ。ぼく、先に分かるようにしておく」
レオンは札材の小片を二枚取り出した。一枚には『ここは踏まない』、もう一枚には『こちらへ』。低い札立てへ差し、継ぎ目を挟むように置く。
守る場所が目に見えると、胸の奥が少し熱くなった。誰かが気づく前に危ないところを見つけて、通る道を示す。そういう役なら、自分が前に立てる。
クリスが戸口から札を見た。
「こっち、だめ。こっち、いく。……でも、とびら、あるよ?」
レオンは振り返った。『こちらへ』の札は、店の戸が開く側へ人を寄せている。
「戸が開くときだけ、気をつければいいよ」
言いながら、少しだけ引っかかった。それでも札を外すほどの理由には思えなかった。
昼が近づき、外の光が白く強くなるころ、家族は荷出しを軒下だけで済ませることにした。アストルが修理済みの小箱を一つ持ち、レオンが道見札を手に表へ出る。
そこへ、ひつじ雲ベーカリーのテオがパン籠を抱えてやって来た。
「昼のパン、持ってきたよ」
「テオ兄、そこ、継ぎ目踏まないで。こっち!」
レオンは『こちらへ』の札を指した。
テオは言われた方へ一歩寄り、それから止まった。ちょうど店の戸の前だった。
「レオン、ここに立つと、戸が開いたとき避けにくいな」
「え?」
「俺、いつもその継ぎ目の外側を通ってる。パン籠で両手がふさがってるから、戸が急に開いても一歩ぶん空くように」
レオンは継ぎ目とテオの靴を見た。
自分が『危ない』と思った場所を、テオは石のためではなく、戸から距離を取る目印みたいに使っていた。
フィオナが何も言わず、二枚の札を見る。クリスも戸口で黙っている。その短い静けさが、レオンには少し痛かった。
7月、通り会の役を決めた朝にも、先に役を決めてから人へ聞いてしまった。あのとき自分で作った聞き席役札控えには、『決めつけたら謝る』と書いた。
「……札、外す」
レオンは二枚とも抜いた。
「テオ兄、ごめん。ぼく、危ない理由まで確かめないで、通る場所を決めた。守る札のつもりだったけど、テオ兄の道を狭くした」
テオはパン籠を抱え直した。
「分かったなら大丈夫。俺の歩き方だけが答えとも限らないし、石も見た方がいいよ」
「うん。今度は、順番に見る」
レオンは玄関小棚から聞き席役札控えを持ってきた。
『やりたいこと、できること、困ることを順に聞く。決めつけたら謝る』
その一行を読んでから、道見札の横へ置く。
まず石を見る。
レオンは乾いた刷毛で継ぎ目の砂を外へ寄せた。アストルから短い木尺を借り、二枚の石に渡す。尺の下に大きな隙間はできない。四隅を順に押しても、石は浮かず、揺れなかった。
「段差も、ぐらつきも大きくない」
「じゃあ次は、戸だな」
アストルが店の戸をゆっくり開く。レオンは戸の先が届く位置へ木片を一つ置いた。継ぎ目は、その少し外側にある。
閉じる。開く。今度はレオン自身がパン籠の代わりに浅い空箱を両手で持ち、白い案内線に沿って歩いた。
戸の前へ近づくと、自然に継ぎ目の外側へ半歩逃げたくなる。空箱があると、体をひねるより、最初から距離を取った方が歩きやすい。
「ぼくも避けた」
ルミナが軒下から言った。
「今分かったことを、分けて言える?」
レオンは道見札を見た。
「石は、今見た範囲では大きな段差も浮きもない。靴が継ぎ目を避けてるのは本当。でも、少なくともテオ兄と、箱を持ったぼくは、戸から離れるために外へよけた。だから『継ぎ目が危ないからみんな避ける』は、ぼくが足した推測だった」
フィオナが頷く。
「それなら、札に残せるね」
レオンは道見札の返し欄へ、事実と推測を混ぜないように書いた。
『継ぎ目に大きな段差・浮きなし。靴が避ける跡あり。荷を持つ人は、店の戸の開く幅を空けるため外側へ寄ることを確認。避ける理由を石だけで決めない』
『ここは踏まない』の仮札は消して再利用できるよう、炭筆の跡を布で拭いた。『こちらへ』の札も外し、札材箱へ戻す。店前に新しい線は引かなかった。
昼食のころ、灯路番所の巡回担当がいつもの巡回で店前を通った。レオンは道見札を自分で返した。
「石が危ないと思って先に札を置いたんです。でも、実際は戸を避けて歩く人がいました。石も調べて、札は外しました」
巡回担当は返し欄を読み、受け取った。それ以上の手続きは増やさない。今日必要だったのは、危険箇所を新しく決めることではなく、見えた跡の理由を分けることだった。
家へ戻ると、レオンは新しい控え札を一枚だけ作った。
『道見直し札控え』
『線を見る。石を見る。足を見る。止める前に、通る人へ理由を聞く。前へ出る札は、裏で確かめてから』
書き終えると、聞き席役札控えを『家の段取り』へ戻し、道見直し札控えを『外歩きと安全』へ差し込んだ。
クリスが新しい札を覗く。
「レオン、つぎ、すぐ、ふだだす?」
レオンは少し考えた。
「たぶん、出したくなる。でも、その前に聞く。今日みたいに、目立つ札を出した方が守ってる感じがすること、あるから」
アストルが笑った。
「そこまで分かってりゃ、次は一拍ぶん遅くなれるさ」
「遅いんじゃなくて、確かめる時間」
レオンは言い直した。
窓の外では、昼の石畳が明るく照り返している。遠くには町の外れへ続く丘の影が見えた。平らな店前でも、足跡の理由は一つではなかった。坂なら、もっと歩き方が変わるのかもしれない。
ルミナが水差しを卓へ置いた。
「丘の道を見るなら、暑くなる前ね」
レオンは頷いた。今日の札を持ってすぐ走り出すことはせず、まず水差しの水を一杯飲んだ。
スノーが梁の上で尾羽を畳み、レオンの札を見下ろした。 「道を守りたいなら、でかい札で先頭に立つな。靴底が避けた理由を通るやつに聞いて、それから足場を決めろ――お前が半歩引けば、通れるやつが増えることもある」




