8月3日(月):蜜瓶順路の日
とある世界では今日は『蜂が集めた甘い恵みに目を向ける』日。アルメリアでは『蜜瓶順路の日』として、蜜の色と流れ方を変えないよう、受け取る順、袋へ立てる位置、持ち帰る道を先に決める日。
朝の灯路は、夜の光を石の奥へしまいかけていた。窓から差す光はまだ細く、町の暑さも戸口の外で待っている。
フィオナは居間の学び机で、昨夜届いた連絡札を読み直した。
『8月3日朝。課題用の蜜見本瓶を受け取り、持ち帰り順を確認すること。日陰袋を持参』
札の横には、空の日陰袋が置いてある。昨日、スノーに「受け取る順と袋の奥を先に決めろ」と言われたままの形だ。
フィオナは袋へ乾いた布、筆記具、夏休み課題封筒を入れた。最後に受け取り札を入れ、袋の口を閉じようとして手を止める。
「これだと、瓶を入れたあとに札を出せない」
レオンが袋の中を覗き、肩紐を指した。
「外で使う札を奥へ入れたら、瓶を持ったまま探すことになる。ぼくなら、受け取り札は肩紐に留める。家まで出さない紙だけ、袋の奥にする」
「うん。先に外で使うものと、持ち帰るものを分ける」
フィオナは中身を全部出した。
ルミナは布棚から、香りの残っていない乾いた布を二枚選んだ。一枚を底板へ敷き、もう一枚は細長く折る。
「蜜の瓶へ、洗い香や薬草の匂いを近づけないこと。帰ったら、袋から出す前に瓶札を読みましょう」
アストルは日陰袋の肩紐と縫い目を引き、底板を外して反りを確かめた。細い木片を布で包み、底板の中央へ低く留める。
「二本なら、これで左右へ寄りにくい。仕切りは高くしすぎない。瓶を出すときに首へ引っかかるからな」
グレゴールは空の袋を左右へゆっくり傾けた。
「比較する蜜なら、片方だけを日に当てるな。温度が違えば、流れ方の違いが蜜の違いか、持ち運びの違いか分からなくなる」
クリスは肩紐へ留めた受け取り札と、袋の中を交互に指した。
「かみ、そと。びん、なか。ひだりと、みぎ」
「そう。札を見せる。瓶札と封蝋を確かめる。左右へ立てる。袋を閉じる」
フィオナが四つの順を言うと、レオンも同じ順で復唱した。
王立魔法学院分校へ向かう道は、朝の影が長く残っていた。フィオナは日陰袋を身体の影側へ寄せ、町中心へ向かう石畳を歩いた。夏休みの門は普段より静かで、通常登校の列も授業開始の鐘もない。
門の内側で、セラフィナが空の日陰袋を抱えていた。
「フィオナ、受け取り場所、北廊下だって。私、門の矢印を見て南へ行って、戻ってきた」
門柱には春から残る『課題札受付・南廊下』の矢印が掛かり、その下に小さな紙で『蜜見本瓶・北廊下』と足されていた。二つの矢印は別の方向を指している。
北廊下には、蜜見本瓶の木箱、受け取り簿、封蝋を見るための白布台、袋を閉じる空の台が置かれていた。王立魔法学院分校の課題担当が、生徒へ手順を説明している。
「受け取り簿へ署名し、瓶札と封蝋を確認し、日陰袋へ収めてから東門へ抜けてください」
けれど、署名簿は机のいちばん奥、瓶の木箱は入口側、白布台はその中間にある。説明どおりに動くと、入口から奥へ進んだあと、瓶を受け取るため入口側へ戻り、封蝋を見るため中央へ戻ることになる。
先に瓶箱へ着いた生徒が、署名を済ませた生徒と向かい合った。開いた日陰袋が廊下へ張り出し、セラフィナの袋の口と触れそうになる。
「あ、ごめん」
「待って。いま瓶を持つと、また戻る」
フィオナの胸に焦りが上がった。家で袋の中を整えても、受け取る場所そのものが逆向きなら、瓶を持つ手と札を書く手が同じところへ集まる。
彼女は木箱へ手を伸ばさず、課題担当へ声を掛けた。
「机の並びを、説明の順へ変えてもいいですか。いまは受け取った人が、署名する人の前へ戻っています」
課題担当は廊下を見渡した。南廊下から戻る生徒も加わり、入口側だけが狭くなっている。
「どの順なら戻りませんか」
フィオナは短札を三枚借りた。
一枚目に『札と署名』。二枚目に『瓶札・封蝋』。三枚目に『袋を閉じる』。
入口側へ受け取り簿を置く。中央へ蜜見本瓶の木箱と白布台を並べる。出口側へ空の台を移す。古い南廊下の矢印には無地布を掛け、北廊下から東門へ向かう矢印を一枚だけ立てた。
セラフィナが入口側へ立ち、空の日陰袋を肩へ掛ける。
「私が一度やってみる。署名して、瓶を受け取って、封を見て、袋を閉じて、東門」
一度も戻らず、出口側へ抜けられた。
「説明も同じ順へ変えます」
課題担当は頷いた。
「札と署名。瓶札と封蝋。収納。東門から退出。袋を閉じる人は、次の人の前で止まらないこと」
流れが動き始める。フィオナは肩紐から受け取り札を外し、署名した。木箱から『朝花蜜』と『森縁蜜』の小瓶を一本ずつ受け取る。瓶札の名と控え番号を読み、白布の上で封蝋の縁に割れや浮きがないことを確かめた。
出口側の台で日陰袋を開く。朝花蜜を左、森縁蜜を右へ立て、間へ折り布を差す。受け取り札は肩紐へ戻し、袋の口を閉じた。
課題担当は、細い木の蜜取り棒を二本、乾いた紙包みに分けて渡した。
「明日の観察で使います。今日は瓶を開けません。どちらの棒をどちらの瓶に使うか、開ける前に決めてください」
「はい。二本を同じ包みへ戻さないようにします」
東門から出ると、朝の影は少し短くなっていた。フィオナは来た道より軒影の多い通りを選び、日陰袋を身体の前で支えた。
ひつじ雲ベーカリーの前では、テオが粉袋の荷籠を軒下へ運んでいた。日陰袋に気づくと、荷籠を壁側へ寄せ、一人ぶんの道を空ける。
「課題の瓶?」
「うん。二本を同じ朝のまま持ち帰るところ」
「なら、こっちを通って。石畳へ出るより影が続く」
「ありがとう、テオくん」
立ち止まらなくても通れる幅だった。フィオナは袋の左右を崩さず、麦と焼きたての匂いが残る軒下を抜けた。
家へ戻ったのは、昼の熱が壁へ上がる前だった。ルミナが学び机の下に日陰籠を用意し、アストルは卓の上へ白布を広げる。
フィオナは袋を寝かせず、底を立てたまま受け取り札を外した。
「朝花蜜、左。森縁蜜、右。瓶札と控え番号は一致。封蝋に割れと浮きはありません。持ち帰る途中で開けていません」
レオンが底の仕切りを覗く。
「行きに決めた左右のまま帰ってきた。学院でも戻らない順にしたから、瓶を持ったまま札の前へ戻らずに済んだんだね」
クリスは日陰籠から手のひら一つぶん離れて座った。
「あまいびん、まだ、あけない。ぼうも、まだ」
二本の蜜見本瓶は、間へ折り布を挟んだまま日陰籠へ移した。蜜取り棒は紙包みを開けず、籠の横の乾いた皿へ別々に置く。空になった日陰袋は底板と仕切りを外し、口を開いて学び机の脇で陰干しした。
フィオナは『蜜瓶順路札控え』へ書いた。
『外で使う札は袋の外へ留める。瓶は名と封を確かめてから左右へ立てる。受け取り場所は、署名、確認、収納、退出を一方向にする。帰りは影の続く道を選び、途中で袋を開けない』
控え札は台所脇の『食べ物と水』へ入れた。夏休み課題封筒には、受け取り札と観察手順を重ねず、見出しが読める向きで収める。
朝花蜜は淡い金色、森縁蜜は深い琥珀色を保っている。今日そろえたのは甘さではない。明日、二つの違いを同じ条件で見られるところまで運ぶ道だった。
スノーが梁の上から二本の紙包みを見下ろした。「甘さは混ぜたあとじゃ分けられねえ。明日は棒を蜜へ入れる前に、使う瓶と戻す皿を決めろ」




