8月2日(日):肌着札返しの日
とある世界では今日は『8と2を「パンツ」と読み、毎日身につける下着の心地よさや、大切な人への気遣いを見直す』日。アルメリアでは『肌着札返しの日』として、洗った夏肌着を持ち主へ戻す前に、外で伏せた名札を家の中で一枚ずつ表へ返す日。
朝、洗い場の窓から入る風には、前夜より乾いた軽さがあった。
ルミナは洗濯紐に残した夏肌着へ手の甲を当てた。布の表だけでなく、縫い目、折り返し、腰紐の重なるところまで冷たさがない。フィオナも端から順に触れ、厚い補強布の内側まで乾いていることを確かめた。
「もう取り込めます」
高い位置の洗濯ばさみはアストルが外し、フィオナは下側の肌着を籠へ移した。レオンは乾いた手拭いと肌着を重ねず、籠の左右へ分ける。まだ朝露の冷たさが残る窓拭き布だけは、紐の端へ戻した。
洗濯ばさみの内側には、家族の名を書いた小さな布札が結ばれていた。外から名が読めないよう、文字の面を布側へ向けて干してある。外した札は、クリスが洗い場の札籠へ入れた。
「なまえ、みえない。おうち、かえった」
クリスは一枚入れるたび、札の無地の面を上へしていた。
籠の底には、前夜から伏せられていた二枚が重なっている。
昼は白い照り返しが強くなった。家族は取り込んだ洗濯物を風の通る居間の棚へ置き、畳む作業を夜へ回した。梅の塩漬け甕も外側だけを確かめたが、朝の風にまだ湿りが残っていたため、今日も開けずに待つ。
灯路が窓の下へ淡く伸びるころ、低い卓へ乾いた夏肌着、手拭い、持ち主札を運んだ。
フィオナは札を重ねず、一枚ずつ横へ並べた。四枚は名が見える。残る二枚だけが文字を下へ向け、ぴたりと重なっていた。
「この二枚を先に戻そう」
札を表へ返そうとすると、クリスが小さく手を上げた。
「それ、わたし、ふせた」
「干すときの向きじゃなくて、籠に入れてから?」
「うん。おなまえ、そとにみえたら、いやかなって。ふせたら、みえない。ふたつなら、もっとみえない」
最後の言葉は自信がなくなったように細くなった。
アストルは持ち上げかけた大きめの肌着を卓へ戻した。
「てっきり、札を入れ間違えたのかと思った」
「わたし、まちがえた?」
クリスがルミナを見上げる。
ルミナは首を振った。
「外へ名前を見せない方がいい、と考えたのね。それは間違いではないわ。でも、家へ入ってからも重ねたままだと、誰の札か読めなくなるの」
レオンは似た大きさの肌着を二枚並べた。
「大きさだけで決めると危ない。お父さんとおじいちゃんのは幅が近いし、洗うと形も少し変わる。色だけで決めたら、同じ布のものを取り違える」
一枚の裾には短い補強布があり、もう一枚の脇には春に縫い直した細い糸目があった。家族なら見覚えがある。それでも、札を伏せたまま『たぶん』で戻せば、次に似た布が増えたとき同じ迷いが残る。
「縫い目で当てるのは、札が読めないときの代わりだね」
フィオナは二枚を卓へ置き直した。
「今日は札の使い方を決める。服の特徴で当てるのは、そのあと」
グレゴールは伏せた札を一枚取り、表と裏を交互に見せた。
「外で隠す面と、家で読む面を分ければよい。札には二つの向きがある。片方だけを正しいことにする必要はない」
フィオナは椅子の背の間へ短い洗濯紐を渡し、洗濯ばさみを一つ付けた。肌着を挟み、その内側へ持ち主札を結ぶ。文字は布側を向き、正面からも横からも見えない。風で裾が持ち上がっても、札は洗濯ばさみの内側に残った。
次に洗濯ばさみを外す。札を紐から抜いた手で、その場で表へ返し、札籠へ一枚だけ置く。
「外では、名を布側へ。取り込んだら、表へ返して籠へ。次の札を上へ重ねない」
レオンが同じ手順を試した。
「一枚ずつ返せば、外では隠せるし、家では読める。畳む前に名前を確かめられる」
「わたしも、やる」
クリスは二枚の札を離し、一枚ずつ表へ返した。
「お父さん。おじいちゃん」
札を対応する肌着の上へ置く。生成りの一枚はグレゴールのものだった。アストルの肌着には、裾の内側に工房仕事で擦れやすい場所を守る短い補強布がある。
「危なかった。父さんのを着たら、俺の方が先に肌着へ謝るところだった」
「わしはお前の裾を余らせる趣味はない」
グレゴールが真顔で返し、レオンが笑った。クリスも、よく分からないまま一緒に笑う。
残りの札も、名を上へ向けて肌着の上へ置いた。ルミナはほつれと汗染みが残っていないかを確かめ、フィオナが表裏をそろえて畳む。レオンは持ち主ごとに山を分け、手拭いは肌着の山へ混ぜず、台所用と工房用へ戻した。
クリスは一山ずつ指す。
「フィオナ。おねえちゃん。レオン。おにいちゃん。クリス。わたし」
「全部合ってるよ」
フィオナが答えると、クリスは胸を張った。
最後に、家族は札籠の置き方も見直した。札籠は伏せず、口を上へ向ける。外した札は一枚ずつ名を上にして置き、次の札を入れる前に横へずらす。籠の中で六枚が重ならず見える幅があることを、クリスの手で確かめた。
クリスは空の洗濯ばさみを六つ並べ、札を布側へ伏せる動きと、取り込んで表へ返す動きを、一枚ずつ繰り返した。途中で二枚を重ねかけ、自分で離す。
「そと、ふせる。おうち、かえす。かさねない」
「それなら次も迷わないね」
レオンが頷いた。
フィオナは『肌着札返し控え』へ書いた。
『外では名を布側へ伏せる。家へ入れたら一枚ずつ表へ返す。札を重ねたままにしない。大きさや色だけで持ち主を決めない』
控え札は玄関小棚の『家の段取り』へ入れた。洗い場の札籠は空にし、口を上へ向けて棚へ戻す。畳んだ肌着は、それぞれが自分の棚へ運んだ。
「きょう、わたし、しっぱいじゃない?」
自分の山を抱えたクリスが、もう一度聞いた。
「気づいたところは良かったよ」
フィオナは答えた。
「家へ入れたあと、どうするかが決まってなかっただけ。今日、続きまで決められた」
クリスは頷き、空の札籠へ向かって手を返すまねをした。
「そと、ふせる。おうち、かえす」
片づけが終わるころ、店先の灯り文箱で鈴玉が鳴った。
王立魔法学院分校から、フィオナの夏休み課題についての短い連絡札が届いていた。
『8月3日朝。課題用の蜜見本瓶を受け取り、持ち帰り順を確認すること。日陰袋を持参』
フィオナは連絡札を夏休み課題封筒の上へ置き、空の日陰袋を隣へ準備した。夏休み中の通常登校ではない。朝の暑さが強くなる前に、受け取りだけを済ませる短い用事だ。
スノーが梁の上から空の札籠と日陰袋を見下ろした。「外へ伏せた名は、家へ入れたら起こせ。気づかいまで重ねて隠すな――明日の甘い瓶は、受け取る順と袋の奥を先に決めろ」




