4月12日(日):空見台の日
とある世界では今日は『高い空へ向かった最初の人を思い、上を向くものと、それを下で支えるものの両方を忘れない』日。アルメリアでは『空見台の日』として、空へ向く棒と足もとの台を同じ籠へ入れず、見上げる前の手元を静かに整える日。
昼の近所の空き地は、風の色だけが少し高かった。灯路番所の手前の広いところへ、細い木の棒と、四角い足台がいくつも運ばれている。今日は空見台の日で、子どもたちが小さな台に棒を立て、先につけた青い布きれを風に向けて、空の流れを見るのだ。棒の先は空を見るためのもの。台は、それを下で支えるためのもの。どちらも大事なのに、並べるとつい、細くて高いほうばかり先に目へ入る。
クリスも、最初に見たのは棒だった。
「たかい」とクリスは言った。
「うん。高いね」とアストルが答える。「でも、立つのは台があるからだぞ」
空き地の端には、籠が二つ置かれていた。片方には細い棒。もう片方には、穴のあいた四角い木台。どちらにも札がついている。棒の籠には『そらむき棒』。台の籠には『あしもと台』。文字は違うのに、札の形は同じで、春の風に少しだけめくれていた。
「これ、ぼう」とクリスはすぐ分かった。でも台のほうは、棒が立っていないと、ただの木の箱みたいにも見える。
ルミナが近くで結び紐を揃えながら言った。「今日は、棒を先に持たないの。先に台を置いて、それから棒」
「さき、だい」とクリスは真似した。
フィオナも頷く。「うん。高いものは、あと」
それを聞いて、見習いパドが籠をひとつ持ち上げた。「ぼく、台を並べます」
もう一方でレオンが棒の数を数える。「棒はあとで立てる。先に場所を決める」
最初の二つはうまくいった。台を置く。少し間をあける。棒を差す。青い布きれが風でひらりと揺れる。クリスはそれを見るたび、手を上げたくなった。
問題は三つ目のところで起きた。風が少し強くなり、棒籠の札がめくれて、台籠の側へ垂れた。ちょうどそのとき、見習いパドが台を置き終え、レオンが次の籠へ手を伸ばす。『そらむき棒』の札は棒籠についているはずなのに、見た目には台籠の縁から揺れているみたいだった。
「次、これ」とレオンが言って、台籠のほうへ手を入れる。
けれどそこにあったのは台だ。棒ではない。見習いパドも同じ札を見て、今度は棒籠のほうへ手を伸ばしかける。
「これ、だい?」
「え、棒じゃないの?」
二人の手が一瞬、途中で止まる。
クリスはそのあいだに、台の上へ棒が立っていない場所を見つけた。空へ向くものがないと、途中みたいに見える。途中なのが嫌で、クリスは棒籠のほうへ一歩出た。
「わたし、もつ」
でも、そのときにはもう、どっちの籠が今の棒で、どっちの籠が今の台か、見た目が少しだけ曖昧になっていた。誰かが間違ったわけではない。ただ、札が風で寄ったせいで、棒と台の居場所が近く見えただけだ。
アストルが先に気づいた。「止まれ。札が寄ってる」
その声で、皆の手が止まる。
クリスも、伸ばしかけた手を引っ込めた。さっきまで“高い”だけだった棒が、今は“まだ立てない”棒に見え始める。台が先なのだと、自分でもう一度思い出す。
ルミナは札をすぐに戻さなかった。まず籠の並びを見る。棒の籠は背が高い。台の籠は低くて重い。そこへ、フィオナが近づいて、青い布きれの影をよけるように札の向きを指で直した。
「風で寄っただけ」とフィオナが言う。「でも、寄るだけで手が迷うね」
レオンは少し悔しそうに言った。「棒札が台のほうに見えた。だから次が棒だと思った」
見習いパドも頷く。「ぼくもです。高いほうへ気持ちが引っ張られました」
クリスは小さく言う。「たかい ほう、みる」
その一言で、空き地の空気がやわらかく戻った。そうなのだ。上を向く日の手は、つい上のものから先に取りたくなる。
「じゃあ、戻そう」とルミナが言った。「棒札は高い籠の後ろ。台札は地面の札立てへ」
フィオナが小さな木片を二つ持ってくる。棒籠の札は、籠の持ち手ではなく、後ろに差した細い支え木へ結び直した。風が吹いても、台籠のほうへ垂れにくい。台札は逆に、籠へ結ばず、地面の木片へ立てる。足もとのものだから、札も低い位置に置く。
「これなら、棒は上、台は下」とレオンが言う。
「うん」とフィオナが答える。「見る高さも分かれる」
クリスはその置き方をじっと見た。棒の札は目の高さより少し上。台札は膝のあたり。さっきまで同じ形の札だったのに、高さが違うだけで、役目まで違って見える。
「こっち、した」とクリスは台札を指した。
「そう。台は下」とルミナが頷く。「棒は?」
クリスは顔を上げる。「うえ」
もう一度、並べ直しが始まった。今度は見習いパドが先に台を置く。レオンが棒を運ぶ。クリスは台札の木片が倒れないよう、足もとの土を指で少しだけ押さえた。土を押すだけなのに、それが今日の“ちゃんとできた”に近かった。
三つ目の台が立ち、棒が差さり、青い布きれが風で揺れる。今度は、誰の手も途中で止まらない。高く上がるものは、下の支えが置かれてからやっと空へ向ける。
「できた」とクリスが言う。
「うん」とレオンが笑う。「今度は、ちゃんと下からだった」
見習いパドも空を見て笑った。「棒が多い日ほど、台を忘れないようにしないとですね」
アストルは腕を組み、並んだ空見台を見渡した。「高いものってのは、だいたい下を忘れさせるからな」
ルミナは最後に、風でまた札が寄らないよう、棒札の結び目をひとつだけ締め直した。ぎゅっとではない。寄っても戻りやすいくらいの、ちょうどいい締め方だ。
空き地の端で、クリスは自分の小さな指を土へ押し当てる。土は春でやわらかい。けれど、押したところだけ、ちゃんと支えになる。
「だい、さき」とクリスは言った。
「そう」とフィオナが答える。「空へ向く前は、まだ地べたの手にいるの」
その言い方が、今日は何よりよかった。高いものを見上げる楽しさを消したんじゃない。ただ、その前に下で支えるものがいると、手で分かったからだ。
帰り道、青い布きれはまだ風で揺れていた。けれど、もうクリスの目には、棒だけが高く見えるわけではなかった。下の台も、同じくらい大事に見える。
明日はたぶん、土だ。豆を入れる前の鉢と、芽が出たあとの鉢を、同じ札で呼ぶとまた手が迷う。
梁の上でスノーが片翼をすぼめ、上の札と下の札を見比べた。「空は上にあるが、手順は下からだ。棒ばかり見て台を忘れるな――それだけで、ちびの手はちゃんと高いほうへ届く」




