【第60話:みんなで病院】
意識が混濁し、状況がつかめない。
ユアは高熱にうなされていた。
アイギスに救われたユアは、近くの小川まで運ばれ治療を受けた。
夜霧に積まれていた荷物は無事で、薬も使うことが出来た。
しかしカルヴィリスの使った毒は強力で、簡単にはユアを回復させなかった。
敷きこめた毛布にユアのながした血が固まっていた。
ちらとシーツをめくりユアのお腹を確認したアイギス。
「血は止まったようだな…あとは毒か」
幸いかカルヴィリスの爪は急所に届いておらず、ユアの出血は回復がみこまれる。
内臓のダメージは計り知れないが、今は調べようもない。
「ベルドールの毒とはな。殺意が高いな」
ベルドール毒は東方暗殺ギルドが秘匿する毒だ。
蛇毒をベースに隠された呪術が死を運ぶ。
幸いアイギスもその術式を知っていたので、対応できたのだ。
(なぜ逃がした…なぜ毒を教えた…)
アイギスは麻痺毒を盛られ、城外まで運ばれていた。
恐らく本来なら半日は動けない毒だったろう。
アイギスは解毒の闇魔法があるので、しびれが抜けてきたところで行使し脱出した。
(情報の伝搬、ユアの一時非戦力化…意味が判らないな。殺すなら毒を教えたりしない)
考えても意味は見いだせず、アイギスにも時間はあまりなかった。
衰え切った体力と麻痺毒を魔法と薬で抑え込んでいるだけで、そう長くは動けないだろう。
幸いミルディス公国には何度も来ており、地理は把握している。
「一番近い病院施設はここだな」
地図を確認したアイギスが目指すのは、奇跡か必然かアミュアとカーニャのいる町だった。
カーニャが細かな日常品を補充しようと病院1階の売店に来ていた。
「先生急患です!こちらに早く!」
などと騒がしく患者が運び込まれてくる。
担架に乗せられた少女を見てカーニャは持っていた瓶を落としてしまう。
瓶が割れるのも構わず駆けだす。
「ユア!!」
運び込まれた患者はユアだったのだ。
思いがけない騒ぎに、院内は騒然とするのだった。
「落ち着いて!落ち着いてください!カーニャさん」
カーニャを見知っていた看護婦がカーニャを抑えようとするが、ハンターの力に抗いようはなく最終的に4人で抑え込んだのだった。
「はなして!はなしてよ!ユアが!」
半錯乱状態のカーニャは、怪我をさせない様にとの理性がギリギリ残っていた。
看護婦たちにとっては幸いだった。
気持ちの落ち着くお茶を飲まされて、やっと取り乱していたと自覚するカーニャ。
毎日ユアの安否を気にしていたのだ。
いかに優秀なカーニャとはいえ仕方ない事であろう。
落ち着いてから、診察室に通され説明を聞くカーニャ。
前にアミュアを診てくれた医師だ。
「続けて大変だと思いますが、落ち着いて聞いてください」
冷静な青年の声にカーニャもやっと心を収めた。
危険な状況ならここには呼ばれまいとの考察も出来るようになっていた。
「はい…取り乱してしまい申し訳ありませんでしたわ」
声も落ち着いたのを確認し、医師も少し表情を緩めた。
「お連れさん達も大変ですが、カーニャさんも自身の体を労わってくださいね。あなたが居なくてはあの子達も心細いでしょう」
にこりと告げられ、少し赤くなるカーニャ。
「ユアさんも命に別状はありません。初期治療がすばらしかったお陰ですね」
ふむふむと続きを待つカーニャ。
「ユアさんを運んできた男性も無事です。今は意識が無いですが治療も彼の手によるものの様です」
すでにアイギスを確認していたカーニャが告げる。
「おそらくあの方はユアのお兄様なのです。血は繋がっていませんが」
そう告げたカーニャは少し誇らしげだった。
医師とその後の治療や入院の話をしていると、看護婦が入ってきて告げる。
「カーニャさんよかったわね、アミュアちゃんの意識が戻ったそうよ」
ガタン
カーニャは珍しく不作法に椅子を動かして立ち上がった。
自分でも制御できず、両手で覆った目から次々涙があふれてくるのだった。
抑えきれない嗚咽が漏れ、看護婦に優しく肩を押されて病室へ向かったのだった。
ほんの何日かだったのだが、カーニャの心は自分で思っているよりもずっと傷つき消耗していたのだ。
カーニャが病室に戻ると、そこにはぼんやりと寝たまま目だけ開いたアミュアの姿。
カーニャに気付いて視線を向けた。
「カーニャごめんなさい…」
悲しそうなその瞳をみてカーニャはアミュアの頭をやさしく抱えるように抱いた。
「いいの。目が覚めてよかった。5日も寝てたのよ」
アミュアはまだ頭がはっきりしないのか、寝ぼけているようだ。
「ごめんね、ユアはどこ?ユアにもあやまりたい」
そう言い不安そうな顔をするアミュア。
ユアがいないと言うだけでもこれだ。
置いて行かれたなどと今は伝えることはできない。
そう判断したカーニャは情報を伏せることとした。
「ユアはちょっとご用事で出ているの。戻ったら教えてあげるからまずはご飯たべようか?」
横のテーブルには、アミュア様にパン粥やスープが準備されていた。
「お腹空いてないかな?」
カーニャはそっとスプーンですくったスープの温度を自分の唇で確認し、アミュアの口に運んだ。
アミュアは匂いに刺激されたのかぱくっとスプーンをくわえるのだった。
そうしてアミュアに食事をさせながら、どう説明したものかと頭を悩ませるカーニャであった。
悩んではいたが、その表情にはここ何日かにはなかった明るさが戻ったのだった。




