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【第61話:やさしさはしみる】

 ルイム城の中庭奥に小さな噴水がある。

殺伐とした砦として作られたこの城で唯一、人々に癒しを与える空間として設計された場所だ。

今はもう面影もなく、もちろん水の一滴もない。

あちこち壊れてしまい、もう水場としての機能すら無いだろう。

 その噴水の瓦礫の影に1輪の小さな花が咲いていた。

名前も知られないだろうその小さな花を愛でるものがいた。

カルヴィリスだ。

ただ一人の女性としてか、高度な知性をもつ個体としてか。

誰にも見向きもされずそっと咲いていた花を先日見出したのだ。

ただ近づくことすらせず、近づく資格もないとしてか。

少しだけ距離を置きいつも見ていた。

(ダウスレム様はもう私に価値を感じないだろう)

 生まれ出でて幾年、一度として命令に逆らったことなどなかった。

そもそも出来ない命令をするダウスレムではないのだ。

命令をイレギュラーで達成できない事ならあった。

しかし従わなかったことなど一度も無かったし、しようとも思わなかった。

(命令ではなく、頼みとおっしゃられた)

その頼みはカルヴィリスには聞き入れられないものだった。

「無理を言ってしまったか?カルヴィリス」

少しぼうとしていたとは言え、暗殺者たるカルヴィリスが気配を察せられないとは。

「すまぬな、驚かせたか?」

背後にあったのはダウスレムだった。

振り向き即座に膝を折ろうとするカルヴィリスの腕をそっと取りダウスレムは告げる。

「気配を知らせずすまなかった、ひざまずくこともいらぬぞ。少しだけお前と話したかったのだ」

何時もの不動たる戦士の姿。

主の登場で、カルヴィリスはすでに混乱の極地であった。

 ダウスレムがふっと微笑み続ける。

「重ねて詫びよう。お前の気持ちを考えず無理を言った」

ダウスレムの声は距離に応じるように柔らかく、いつもの覇気は感じられなかった。

カルヴィリスは思考停止し、ただされるがままに立っていた。

ダウスレムの声は聞こえるが、意味が頭に入ってこない。

「もう忘れてよいぞ先の我が願いは。暇を与える故、今後は己の欲するよう過ごして欲しい」

それだけを告げるとすうっと霞のようにダウスレムは消えていった。

「それもまた我が願いだ」

小さな囁きだけを残し。


 残されたカルヴィリスが再起動するにはまだしばらくかかりそうであった。

今夜は月も無く快晴。

振るような星空が広がっていた。




 アミュアが目覚めてからさらに3日が経ち、すっかり回復したアミュアは診察を受けていた。

「じゃあ最後に背中を見せてくれるかい?」

やさしい青年医師は聴診器を手にそういった。

「はい」

短く答え、くるりと椅子のまま後ろを向けるアミュアは背中側からシャツをめくりあげた。

関節の柔らかいアミュアは背中側にかなりシャツを大きくめくった。

ぺたぺたと聴診器が当てられるたび、ピクピクと反応して顔が変わるアミュア。

その愛らしさに付き添いの看護婦も、手を口に当て微笑んでしまう。


 そうして一通りの診察を終えた医師が告げる。

「血液検査も問題ないようだし、魔力圧も戻ったようだね。これで退院してかまわないよ」

にこっと告げる医師に、アミュアもうれしかったのかにこりと返す。

「ありがとうでした」

ふと言い忘れていたと医師が続けた。

「薬局で薬を貰っていきなさい。眠れない時はそれを飲むように。それと我慢しないで辛いことは辛いと周りに言うように」

少しお節介かなと思いつつ付け足したのだった。

「はい、わかりました」

アミュアはとても素直であった。

良い弟子はまた、良い患者でもあったのだ。




 今日はカーニャがユアの病室についていて、診察が終わったら来るようアミュアは言われていた。

昨日アミュア自身も無理しないように止められたが、どうしてもとユアを見舞いに行った。

ユアは眠り続けていた。

たくさん怪我をしていたから安静にしないといけないと先生は言っていた。

 自由の許可が出たので、真っ先にユアに会いに行きたいと思ったアミュアは、3階にあるユアの病室を目指した。

 階段を登ろうとしたアミュアが、ふと壁際で休んでいるおばあちゃんを見つけた。

少し顔色が悪く杖を持っていた。

「おばあちゃんだいじょうぶ?」

気は急いたが、声を掛けることにしたアミュア。

「おや、大丈夫だよおじょうちゃん。少し休んだら登れるからね」

にこりと笑いアミュアに告げた。

アミュアの中で何かが燃え上がり、この場を去れなかった。

(だいじょうぶと言ってたけど、だいじょうぶそうじゃない)

最近のアミュアは誰もが本心を口にしない事に気付いていた。

「わたしハンターだから力持ち、上まではこんであげる」

そういって背中を向けるアミュアがくいくいと手を下から招いた。

「あらあら、ありがとうね」

おばあちゃんはあまり体が大きくなく、とても軽かった。

これならレビテーションでもいけそうと思ったが、病院内では魔法はダメと言われたことを思い出し、とどまった。

すぐに2階に付くとおばあちゃんがここで良いといい、礼をいって2階に去っていった。

ちょっといいことが出来た気がしてにっこりするアミュア。

 引き続き3階を目指し進むのだった。

3階建ての3階なので、この上は屋上となる。

屋上は通常開放していないので、その上には人は居ないはずである。

アミュアも今までそこに人は見たことがなかった。

 もうすぐユアの病室と思い、少し速足で階段を上ってきたアミュアは3階に出る前に、階段の上に座る人影に気付いていしまった。

小さな男の子だった。

アミュアより身長も低そうで、まだ小さいのだなとアミュアは思ったのだった。

小さい子供、一人でいる、寂しそうに膝を抱えて座っている、そこは普段人が入らない場所。

これらの条件からアミュアは放置を選択できなかった。

とことこと少年の隣に行き声をかけた。

「少年どうしたのですか?」

無表情に問いかけられた男の子は最初驚いて顔を上げたが、アミュアをみてすぐ元の姿勢に戻った。

「なんだこどもか」

ひどい言われようにショックを受けるアミュア。

すぐに立ち直って観察を続けた。

(これは訊ねてはいけないことだ)

そう判断したアミュアはそっと隣に座り、少年の頭をなでてあげたのだった。

少年は驚き顔を上げるが、何か思い出したようで元の姿勢に戻った。

すすり泣きが漏れてくる。

(きっとかなしい事があった)

アミュアは引き続き黙って頭をなでていた。

ふと思い出してユアに会いたいと思ったが、この少年を泣いたまま置いてはいけないとも思いとどまった。

 しばらくすると少年は話し出した。

もうすぐ手術しなければいけない事、とても怖くて心細い事、両親は仕事が忙しくなかなか来てくれない事。

すべて話すとスッキリしたのか少年は立ち上がった。

もう涙はなかった。

「ありがとうお姉ちゃん。こどもって言ってごめんなさい」

それだけ告げると、元気そうに去っていった。

 アミュアも立ち上がり、なんかいい事が出来た気持ちになりにっこりした。

はっと思い出し、慌ててユアの病室を目指すのだった。

(病院ははしってはいけません)

気持ちは焦るが、そう教えられていたので走らないよう気を付けたのだった。




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