アンリ 対コール
また長くなっちゃった
アンリとザビーネの視点 途中で交代してます
アンリは5年生フロアの集会室にそっと入った。
薄暗い部屋の端に座る。
今日は経営学のレポート発表である。教授に「カリキュラムを把握したいので」と、いう口実で、授業の見学を許可してもらった。
5年生は、中等部最高学年なので、高等部に進学しない生徒にとっては実社会に出る最後の年である。
そのため、5年生は、選択教科に別れて、それぞれ単位を取得する。
選択教科は、実技を伴うもの以外は、レポートを持って判定される事が殆どなので、この時期はレポート発表があちこちで開かれている。
「……であるからして、この地方は、連作が可能となったのです」
丁度、ローランの発表だ。
魔鏡に映された写真をもとに、ローランが淀みなく説明する。
淀みなく。
それはそうだろう。何せシャロンが作ったレポートだ。
(お忘れください。くれぐれも、他言無用でお願いします)
(どうしてですか?あんな酷い仕打ちを受けたのに)
(あの方は私の夫となる方です)
夫。
だから献身しなければならないのか。
それとも、乱暴の後の優しさに、甘い思いを持つというのか。
こんなに聡明な少女ですら、あのような色男には、ほだされると言うのか。
(残念です……貴女のような頭脳を持ってしても、俗な繋がりを大事にするなんて)
(俗?)
そう。
そこで彼女は声を張った。
(私は北の伯爵の一粒種です。
私でこの血統を絶やす訳には参りません!
白い結婚とならないよう、子を成す仲となれるよう、私が努める事の何が俗でございましょう!)
そう言って、シャロンは、私を正面から見据えたのだ。
何と凛々しい。
何て美しい。
けれど痛々しい。
この瞳に射抜かれて、平常心で居られる男など居ないだろう。
それでも、シャロン。
(努めるとは、慕う事とは違うんだよ……)
パチパチパチという拍手で、アンリは、はっと我に帰る。
ローランの発表が終わった様だ。
誇らしげな表情。自信があるのだろう。1番前の生徒が何か言った様で、照れて何やら返している。
「今の発表に質問のある者はいるかね」
先生がお定まりで訊ねるが、わやわやとくだけた生徒達からは反応がない。
にやっと笑うローランの顔を見て、急に黒い物が喉を突き上げてきた。
(借り物の発表のクセに!)
「宜しいですか」
かたりとアンリは手を挙げて立ち上がる。
何者か、と、室内の全員が振り返った。
(見慣れない顔ね)
ザビーネは、首を傾げて考える。
何年生だろう。
少し幼さが残る少年。ありふれたブラウンの髪に碧の瞳。その切れ長の双眸は知的に光り、薄い唇が、きりっと結ばれている。
「3年生のアンリ・フラットです。
本日は教授の口利きで聴講させていただいています」
(アンリ・フラット!)
ザビーネは目を見開いて、後方の少年をとっくり見つめた。
……シャロンに惚れてる侯爵子息。
成程、ビアンカの情報通り、理知的な少年だ。名乗る姿は上品で柔らかい。
「ただいまのローラン様の発表に質問の許可を頂きたく」
「え?し、質問?」
ローランがたじろぐ。
(そりゃそうよね。消化試合の発表ごときに、誰も真剣に突っ込む生徒は居なかったもの)
進学し、専門的に履修したい者は、かなりのレベルで発表したが、それはそれでついていけない。
また、レベルの高い生徒は、他の生徒の内容に優しいのが慣例となっている。
自分の番が終わると、うたた寝する者までいるくらいだ。
「ローラン君、いいかね」
先生が確認する。
「あ、は、はあ」
ローランは、ガサガサと片付けたレポートを取り出し始めた。
(ふふ)
内心舌打ちしているだろう。先生の手前、しらっとしているけど。
(勿論、コールは、カレとシャロンの繋がりを知らないわよね)
婚約者 対 転校生
(私ひとりがこんな面白いイベント、見ていいのかしらあ〜)
ニヤニヤとザビーネは、成り行きを見守った。
他の生徒達も、見知らぬ年下の少年が、何を言い出すのかと、聞き耳を立てる。
「ありがとうございます」
アンリは、ローランに軽く礼をして、切り出した。
「ただいまの発表に、エラント国領である西部レンドラ地方が連作に成功し、地方の発展に寄与したとありました。連作できる作物は複数ありますが、レンドラが麦の後、大豆を選択した理由をお聞かせ頂きたい」
「……!」
(あらあー)
コールが慌てて自分の原稿を手繰る。いえいえ、発表にない事を訊かれているんだから、書いてないでしょう。
「え、っと、そ、そこはまだ調べてなくって」
「では、貴方の考えをお聞かせ頂ければ」
「考え?」
「ええ」
ローランはしどもとして、原稿をひっくり返したり見直したりしているが、そこにお前の考えは書いてないだろう、と、ザビーネは心で突っ込んだ。
「いかがでしょう、コール・ローラン様」
フラットは攻める。
「ま、まだ、その辺は、よく考えてはなくて」
「では、質問を変更します。
その、大豆連作農家がグループ営農の成果として設立した共同体は、どのような事業に着手したのですか」
(うわあ、意地悪う)
ザビーネは悟った。
こいつ絶対答えを知っていて、聞いてる。
コールなんか、1発でレポート通して貰えなかったって聞いてるわ。
そんな劣等生にしては、よくできたレポートだと思ってたけど、どうやら書いた以上の情報は、持ってないようね。
コールはチラチラと先生に目をやりながら、汗を拭って、また書いてあるはずのない情報を原稿から探すフリをした。
「あー、その、今すぐは、ちょっと」
「そうですか?この営農グループについてお調べになった貴方なら、見なくても、ご存知かと思ってしまいました。……御無礼しました」
「いや!分かって、分かっているんだが、手元に資料がなくて、……正しくお伝え出来ない事を安易に答える訳にはいかないと……」
(わあ、見え透いてるー)
あれ、絶対、何にも知らないって顔よね。
真顔で攻めるアンリ・フラット。
多分論破するだけの知識があるんだろう。ローランが何をどう答えるべきか、知っているに違いない。
(知ってて、恥をかかせる……)
それ程までに、憎いのか。
(何だか、やだわ)
勿論、ちゃんと答えられないコールが不甲斐ないんだけど、衆目の中で赤っ恥かかせるなんて、ちょっと悪くない?
(でも、あの瞳は、真っ直ぐだわ)
ざわざわと生徒達が囁きだす。
悔しそうに、赤い顔のローランは、拳を握って耐えていた。
「そこまでにしよう。ローラン君、君のやり直しレポートは非常に筋書きがよく、簡潔にまとまっていた。
初めからこれを提出していれば、私は秀をあげただろう。だから、気を落とすことは無い」
先生がそこで、少し言い淀んでから、
「ただ、誰かに影響されすぎるのは誤解を招くよ?前回とあまりに文体が変わっていたので、他の生徒かと名前を見直した位だ。
こちらの方が断然いいがね!」
(…!)
先生、何て爆弾発言!
ローランは間抜けな顔を今度は真っ青にして、汗を拭っている。
目が泳いでいるのをザビーネは確認した。
(ああ、そうか)
ザビーネは理解した。
(コールの奴、シャロンに書かせたのね!)
なんて奴。平気で婚約者に不正させるなんて!
シャロンは多分、こいつに強要されたんだ。脅したり甘いこといったりして、あの子の正義を折ったんだ。
あの、生真面目なシャロンが、代筆なんて、誰にも言えずに苦しかっただろう。
(ああ、だからか)
フラットは底意地が悪いんじゃない。きっとコールの企みをどこかで知った。でも明らかにすれば、シャロンにまで罰が下る。
怒っていたのだ。
お前なんかにシャロンの考えが理解できるか、と、突きつけたんだ……
「それから、フラット君」
先生が続ける。
「私はレポートを通して学び方を指導しているつもりだ。知識はひけらかす為にあるんじゃない。人を責める道具ではなく、自分を磨くためにある事を把握してから、私の授業に来たまえ。期待しているよ、アンリ・フラット」
「出過ぎた真似をお詫びします」
素直に頭を下げ、アンリは着席した。
「さ!以上で終わりにしよう。
皆さん、秋の授業を楽しみにしてくれ。解散」
ふうーっ。
(あの調子だと、タヌキ先生にバレてんでしょうね。疑わしくは罰せず、と情けをくれた。……2度目はないわよ、コール!)
ザビーネが頬杖をついて、皆が出るのを待っていると、ローランがバタバタと出ていこうとするのをフラットが止めた。
「何だ君は!重ね重ね失礼な奴だな!」
教師が居ないと強気である。
頭一つ身長が違うため、ローランは見下ろし、アンリは上目遣いで睨みつける。
「答えにくい事を失礼。
ですが、私の質問に、2つともスラスラと答える人物を私は知っています」
「うっ」
「ああ、そうだ。その方を先生にご紹介したいものです。是非、一緒に先生と語り合いたいものです。ねえ、先輩」
「……っ」
(……ほーほーほー)
ザビーネは満足した。
(シャロン、アンリ・フラット良い奴じゃん!)




