二人の王子
ようやくエルンスト王子登場
このままいくと、モブ扱いになる所でした
王宮敷地の東館は、王太子一族の住まいである。
エラント国は一夫一婦制であるが、血統を残す義務から、国王のみ側妃を持つことが出来る。現国王も、側妃を2人、愛妾も居たが、王妃が住まう王宮北の対、側妃達が住まう王宮西の対の二つを『奥』と呼ぶ。
国王は、王宮南の対にて、現在は伏していた。
「お爺様はお痩せになられた」
「貴方もだ、兄上」
ヴィルムは、兄のエルンスト王子を見遣る。
お爺様の病状は寛解の状態で、床から離れて執務をする事もあるが、大抵は寝室で休んでおられるそうだ。
病人独特の顔色が見られたが、それに似た青い肌をエルンストはしている。
王妃殿下、母、兄や弟妹、と、一時帰国の挨拶をしたが、父は多忙故、遠慮した。
冬の休みに帰国した時から、半年が経っている。その間に、王宮はピリピリとした空気が漂うようになっていた。
「無理をなさっているのではないですか」
ヴィルムがそっと言うと、
「慣れない責務が殆どでね。
慣れる前に、流れていくんだ。恐ろしいよ」
と、エルンストは寂しげな微笑みを見せた。
オージエの話では、この春エルンストは殆ど学園には通えていなかったそうだ。父の公務に付き添ったり、父の代理で人に会ったり、毎日の様に、王宮本館に通っているという。
「夏には、ヴィーが帰ってくる。
そうすれば、私も楽になるよ」
「父上は兄上に期待しているから」
「実力は、ヴィーの方が上だ」
エルンストは、ふうーっと長い息を吐き、ヴィルムの部屋のカウチに寝そべる。キツいタイを緩めて、上着のボタンをはずす。
「兄上にもハーブティーを」
「畏まりました」
ヴィルムは兄の言葉に返さない。
言い募ったところで、お互いの腹は分かっているから。
エルンストは、第一王子。王位継承第二位だ。ヴィルムと一歳しか違わないが、立ち位置は大きく異なる。
同じ銀髪 同じ紅玉の瞳
なのに、二人の雰囲気は全く異なる。
真面目で繊細 保守的な兄
快活で柔軟 直感的な弟
多分、行く行く自分が成す公務だと、何にでも懸命に取り組んでいるのだろう。
「学園はどうだった?」
「……学業は問題ないだろうな。フラットがいるからね。生徒会は……そうだ、懐かしい人に会ったよ」
「へえ、誰かな?」
「シャロン・アネット・マルグリット」
「マルグリット?北の伯爵の……」
お茶が届いて兄はヴィルムのソファと向き合って座る。
ヴィルムが面白そうに言う。
「瓶底嬢」
「ああ!シャロン博士だね」
「博士?」
ヴィルムは、はて、と首を傾げる。
「マルグリット嬢は大変優秀でね。付いた渾名が、シャロン博士
……そうか、生徒会に入ったんだね。でも懐かしい、とは?」
ああ、兄はあの時居なかったのか。
柔らかな日差し
小さな手
綺羅綺羅と濡れる瞳
お日様色の髪
愛らしい声
……ヴィーさま……
「僕の四歳の記憶。初恋の君ですよ」
「おや珍しい。ヴィーが色恋の話を持ち出すとは」
兄は侍従が出してくれた焼き菓子に手を伸ばす。余程疲れているのだろう。
「四歳の僕の記憶を褒めて下さいよ。名前をしっかり覚えるくらい、大切にしまっていたんです」
「可愛いね」
エルンストはくくっと喉で笑い、
「けど、がっかりしたんじゃないか?思う通りに、その、成長してなくて」
ああ、兄はシャロンの風貌を知っているのか。瓶底嬢。
「いいえ。記憶の通りでした。
秋から楽しみですよ」
兄は見ていない。
あの長い睫毛に憂う瞳。
「あ、楽しみと言えば」
ふふっ、とヴィルムは思い出し笑い。これは兄なら話して大丈夫だろう。
「アンリが」
「フラット?」
「ええ。彼はそのシャロンにゾッコンですよ。あの男が真っ赤になって、女性を褒めちぎるのを初めて見たな」
エルンストも、悪戯な笑みで乗ってくる。
「あの、余裕の塊みたいな奴が」
余裕の塊。
そう、何事も卒なくこなし、優秀な自分の右腕。
「ええ。明日出立する前に、どんな成り行きで知り合ったのか吐かせます」
「それ程か」
多分兄は、自分の執着の事を言っているのだろう。
「ええ。アンリにとっても、初恋でしょうからね。面白いでしょう?」
ヴィルムはフラットにすり替えた。
(ふふ。
アンリ、私は君を応援するよ。
でも、先にあの子を見つけたのは私なんだ)
目を閉じて微笑んでいる弟の腹に、何があるかはエルンストには分からない。
けれど、この弟に挑む者は馬鹿だとは分かっている。
「私の幸運は、お前の先に生まれた事なんだろうな」
エルンストは、ふう、と一息吐いて、もうひとつ菓子を取り上げた。
評価、ブックマークありがとうございます
忙しい日々の中、拙作に立ち止まってお時間をとって下さった事に
感謝!感謝!です
 




