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少年期編・短編『12歳と冬の終わり 〜オアシスの特等席と、甘い約束〜』

初めての投稿です。

誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。

途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。

では、参ります!!

年の瀬:【収納】の便利さと、【料理Lv.3】の極上アップルパイ


十二月三十日、年の瀬の夕暮れ。 オアシスの村は、一年の汚れを落とす大掃除の熱気と、新年の祭りを待つ静かな興奮に包まれていた。大人たちは冷たい井戸水で家々を磨き上げ、ハンターたちは新年に捧げる獲物の仕込みに追われている。


そんな中、我が家の台所は、オーブンから漏れ出す薪の爆ぜる音と、鼻腔をくすぐるたまらなく甘い香りに満たされていた。


「よし、生地の寝かせ加減は完璧……。ここから一気に組み立てるぞ」


僕は調理台の前に立ち、腕をまくって白い小麦粉の粉末と格闘していた。 目の前に並んでいるのは、秋の収穫の際、ノイズから守り抜いたオアシス特産のリンゴだ。どす黒い結晶に侵されることなく、純粋な大地のマナを吸って育ったその果実は、実が引き締まり、溢れんばかりの甘い蜜を内側に蓄えている。


10歳の冬、初めて僕のステータスに【料理】という文字が浮かんだ日のことを、僕は今でもよく覚えている。 あの時、僕の脳裏に浮かんだのは、前世の記憶にある、一切の妥協のない「完璧なアップルパイ」のビジュアルだった。サくっと音を立てて崩れる黄金色のパイ生地、中からとろりと溢れ出す琥珀色のリンゴ、シナモンとバターの官能的なまでの調和。 しかし、当時のスキルレベルは「1」。ただ「見えただけ」だった。 ビジョンは完璧なのに、自分の幼い手はその通りに動いてくれない。生地はベタつき、リンゴの煮詰め加減は甘く、オーブンの火力が強すぎて底が焦げ付いた。悔しくて、前世のアニメーションの動画用紙を破いた時のようなもどかしさを抱えながら、僕は何度も何度も台所に立ち続けた。


魔法のフレーム(コマ)を増やすための泥臭い特訓と同じだ。イメージを現実へと落とし込むために、指先の感覚を研ぎ澄まし、マナの微細な熱量をコントロールする。その繰り返しが、2年が経った今、結実していた。


「【料理】レベル3……。ただの感覚じゃない。手が、素材の『最適解』を覚えている」


包丁を持つ手が、迷いなくリンゴを均等な厚さにスライスしていく。 煮詰める鍋の温度、砂糖とバターを投入するタイミング、すべてが脳内のタイムシート(設計図)と完璧に同期していた。レベル3に達した僕の料理は、もはや単なる食事ではない。食べた者の魔力回路を活性化させ、疲弊した肉体を根源から癒す特別な『効能』を宿し始めている。


「そして――新入りのテストだな」


僕はスライスし終えた大量のリンゴと、捏ね上げたパイ生地の塊を見つめ、新スキルを意識した。


「【収納】」


目の前の空間が、まるで水面に小石を落とした時のように、かすかに円形に歪む。 次の瞬間、調理台の上の食材たちが、吸い込まれるようにして虚空へと消え去った。


(うん、本当に『入れるだけ』だな)


脳内に便利なメニュー画面が開くわけでも、アイテムの名前が綺麗に整列するわけでもない。ただ、自分の精神の延長線上に「真っ暗で広い物置」が一つ繋がったような感覚だ。そこに、生身の食材がポイと放り込まれている。レベル1の今の段階では、時間が完全に停止するような特殊な効果まではない。だから、早く使わないと普通に傷んでしまうし、冷めてしまう。


けれど、この「入れるだけ」の空間があるだけで、料理の効率は劇的に跳ね上がる。 狭い台所で場所を占有していた大量の材料を一時的に退避させ、必要な時に必要な分だけ、すぐ手元に『引き出す』ことができるのだから。


「出す(ポップアップ)」


空間の歪みから、再び生地とリンゴを取り出す。 鮮度は調理したてのままだ。僕は満足して頷くと、パイ皿に生地を敷き詰め、蜜たっぷりのリンゴをこれでもかと重ねていった。


「仕上げは、僕だけの『署名サイン』だ」


僕は右手をパイの表面にかざし、今度は自分の本業である魔法を起動した。 脳裏に描くのは、たった【3コマ】の極小タイムライン。 1コマ目で生地の端を内側へ折り込み、2コマ目でマナの微細な振動を使って空気の層を作り、3コマ目で美しい『ダブル・レイヤー(二重の縁取り)』の幾何学的な装飾を刻み込む。


あの秋、15コマの地獄のような負荷を乗り越えた僕の脳にとって、たった3コマの制御は、呼吸をするよりも容易で、そしてどこまでも愛おしい作業だった。


「イサナギ、すごーい! またその『お菓子魔法』使ってる!」


トントン、と小気味よい足音と共に、台所の扉が開いた。 白い毛皮のフードを被り、厚手の防寒コートに身を包んだレイラが、目をきらきらと輝かせながら入ってくる。12歳と半年を迎えた彼女は、ここ数ヶ月で驚くほど聖女としての佇まいが板についてきていたけれど、僕の作る料理の匂いを嗅ぐ時だけは、昔と変わらない、食いしん坊な幼馴染の顔に戻る。


「レイラ、ちょうどいいところに来てくれた。今からオーブンに入れるんだ。特製のアップルパイ」


「うん、外まで信じられないくらい甘くて良い匂いがしてたもの! お母様のお手伝いが終わったから、飛んできちゃった。新年の準備、村のみんなも大忙しよ」


レイラは寒さで少し赤くなった両手を、口元に当ててハァと息を吹きかける。


「外は雪が本降りになってきたよ。オーブンが焼き上がるまで、僕の部屋の暖炉の前で温まっていて。特等席を開けておくから」


「ふふ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……あ、ポトフのスープも温めておいてね!」


ちゃっかりと追加の注文を残して、レイラは嬉しそうに僕の部屋へと向かっていった。 僕は苦笑しながら、芸術的な装飾の施されたパイ皿を、真っ赤に熱された薪オーブンの奥へと滑り込ませた。


数十分後。 部屋の扉を開けると、そこはもう天国のような空間になっていた。 パチパチと心地よい音を立てて燃える暖炉の炎。その前で、毛布を膝にかけたレイラが、待ちきれないといった様子で小さく身を揺らしている。 僕が両手に持ったトレイの上には、完璧なきつね色に焼き上がり、中央からふつふつと甘い蜜の泡を立てているアップルパイと、【料理Lv.3】の技術でじっくりと煮込まれた、具だくさんの熱々ポトフが乗っていた。


「お待たせ。年の瀬の、僕らの特製ディナーだ」


「わぁ……!!」


レイラが歓声を上げる。 サクッ、とナイフを入れるたびに、台所で仕込んだ【3コマの魔法】の空気の層が弾け、香ばしいバターの香りが部屋中に広がっていく。 お皿に切り分けられたパイを、レイラは待ちきれないとばかりにフォークで小さく切り取り、ふーふーと息を吹きかけてから口に運んだ。


「――んむっ!? ……美味しい……!! おいしいよ、イサナギ!」


レイラは両頬を手で押さえ、あまりの幸福感に身悶えするように目を細めた。


「リンゴがすごくトロトロで、なのにパイは信じられないくらいサクサクしてる! …それに、なんだか体がすごくポカポカして、魔力の流れがすっごく綺麗になっていくのがわかるわ」


「それが【料理】レベル3の効果さ。素材の持つ純粋なマナを、そのまま身体に吸着させるんだ。あの秋、僕のために全ての魔力を使い果たしてくれたレイラの身体を、この冬の間に完全に元通りにしたかったからね」


僕がそう言うと、レイラはフォークを持ったまま、一瞬だけきょとんとした顔をした。 それから、暖炉の炎の赤さよりも深い紅色の笑みを浮かべ、僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「……ありがとう、イサナギ。あなたはいつも、私の知らないところで、私のために怒ったり、私のために頑張ったりしてくれるのね。最高の年越しだわ」


窓の外では、雪がすべての物音を吸い込み、静寂の世界を作っている。 けれど、僕らの小さな部屋の中だけは、暖炉の光と、甘い料理の香りと、お互いを想い合う温かい笑顔で、どこまでも満たされていた。


第2章:新年早々の初日の出と、【収納】の真価


明けて、新年早々。 オアシスの朝は、雲一つない抜けるような紺碧の空と、地平線の彼方から世界を塗り替えていく黄金色の光で始まった。


村の中心にある神殿や広場では、新年を祝う盛大な朝の儀式と、賑やかなお祭りが始まっている。大人たちの楽しげな歌声や、楽器の音が遠くから風に乗って聞こえてくる。 けれど、僕とレイラは、その喧騒を少しだけ離れ、オアシスで一番高い場所にある「見晴らしの巨岩」の上に登っていた。


岩の表面には昨晩の雪が薄く積もっていたけれど、僕らはそんなのお構いなしに、一つの大きな厚手の毛布を二人で肩から羽織り、ぴったりと寄り添うようにして並んで座っていた。


「うぅ、やっぱり朝の荒野は冷えるね、イサナギ。お祭りに行く前に初日の出を見たいって言ったの私だけど、ちょっと凍えちゃいそう」


レイラが毛布の中で、僕の腕にぎゅっと身体を寄せてくる。 12歳と半年を過ぎ、少しだけ伸びた彼女の髪から、ほのかに昨晩のアップルパイの甘い香りがした。


「大丈夫。こういう時のために、僕は新しいスキルを手に入れたんだから」


僕は不敵な笑みを浮かべ、毛布から右手を外に出した。


「え? 【収納】って、ただ物を『入れるだけ』のスキルでしょ? 昨日の夜、材料を片付けるのには便利だったけど、ここで何に使うの?」


不思議そうに首を傾げるレイラの前で、僕は空間の歪みを呼び出した。


「【収納】――出す(ポップアップ)!」


パッと空間が弾けた瞬間、何もない冷たい雪の岩の上に、湯気をモコモコと、それこそ滝のように立ち昇らせた、陶器のスープカップが二つ出現した。 中に入っているのは、今朝、家を出る直前に【料理Lv.3】の技術で限界まで熱々に温め直した、特製のシナモン・ジンジャー・ミルクティーだ。


「ええっ!? 温かいままだわ!」


レイラが驚いて声を上げる。


「そうさ。レベル1の【収納】は、確かに時間は止まらないし、高機能な保温機能もない。ただ『入れるだけ』だ。……でもね、入れてから取り出すまでの時間が、たったの『5分足らず』なら、中の熱はほとんど逃げないんだよ」


家を出る直前にスープカップに注ぎ、即座に【収納】に放り込み、この巨岩の上に着いてすぐに引っ張り出す。 ただの『入れるだけ』という極めてシンプルな性質を、移動のタイムラグを最小限に抑えることで、「実質的な保温コンテナ」として利用する――前世の知識と、時間管理タイムラインの思考が生んだ、泥臭いけれど完璧なスキルの応用だった。


「はい、レイラ。冷めないうちに飲んで」


「わぁ、ありがとう……! すごい、本当に熱々!」


レイラは嬉しそうにカップを両手で包み込み、その温もりを慈しむようにしてから、一口そっと すすった。


「ふあぁ……生き返る……! ピリッとした生姜と、甘いミルクが、お腹の中からじわーって広がっていくみたい……!」


【料理Lv.3】の効果によって、生姜とシナモンの薬効成分が極限まで高められたその飲み物は、冷え切った僕らの身体の隅々の血管を瞬時に開き、体温を爆発的に上昇させていく。


「美味しいなぁ、本当に。イサナギの料理スキルがレベル3になって、一番得をしてるのは私かもしれないね」


レイラはカップ越しに、へにゃりと幸せそうに笑った。


「いいよ、レイラには世界一の『背景(美術)』を支えてもらわなきゃいけないからね。主役キャラクターである僕が、スタッフに最高のケータリング(食事)を用意するのは当然さ」


前世の業界用語を交えた僕の冗談に、レイラは「もう、またよく分からない例え話をして」と笑いながら、僕の肩にトン、と頭を預けてきた。


その時、地平線の境界線――遥か砂丘の向こう側から、目も眩むような鮮烈な黄金の光が差し込んできた。 新年の、最初の太陽。初日の出だ。


夜の闇を連れ去り、白銀の雪景色を瞬時に黄金色へと染め上げていく光の波。 その圧倒的な美しさに、僕らは言葉を失い、ただただ息を呑んでその光景を見つめていた。


「綺麗ね、イサナギ……」


レイラが、光に照らされた瞳を輝かせながら呟く。


「あぁ、綺麗だ。……あの秋、君と一緒にこの景色を守れて、本当によかった」


僕の言葉に、レイラは握っていたカップをそっと岩の上に置き、毛布の中で、僕の手を今度ははっきりと、強く握りしめてきた。


「イサナギ。私ね、昨日の夜のアップルパイを食べて、そして今、この温かいミルクティーを飲んで、本当に心から思ったの」


太陽の光を浴びたレイラの横顔は、神殿のどの彫刻よりも神聖で、そして何より、僕にとって守るべき世界のすべてだった。


「これから先、世界のノイズがどれだけ酷くなっても、中央都市の魔術師たちがどんなに恐ろしいことを企んでいても……私、全然怖くないわ。だって、私の隣には、こんなに頼もしくて、世界一美味しいご飯を作ってくれるイサナギがいるんだもの」


彼女は僕の方を向き、悪戯っぽく、だけど最高に愛おしそうな笑顔を浮かべた。


「だからね、約束して。これからどんな過酷な旅に出ることになっても、どんなに強い敵と戦うことになっても――私を、絶対にひもじい目に遭わせないでね?」


12歳と半年を過ぎ、少しだけ大人びた聖女の、それは最高に可愛らしくて、そして何よりも強固な新年の『約束』だった。


「あぁ、約束するよ、レイラ」


僕は彼女の手を、僕の方からも強く、強く握り返した。


「君が僕のタイムシートの背景を描き続けてくれる限り、僕はどんな世界のバグ(ノイズ)も15コマの力で叩き潰す。そして、どこに行っても、君が本当にお腹いっぱいになって、世界で一番幸せな笑顔を浮かべられるような、最高の料理を作り続けるよ」


僕らが交わした言葉に呼応するように、僕の手元から、無数の光の粒子が放たれた。 起動されたのは、僕たちの絆の証明である【15フレーム(15コマ)】の魔法。


新年の黄金の光の中を、レイラの純青のマナを纏った「光の蝶」たちが、驚くほどなめらかな、等速ではない『タメとツメ』の美学を以て、空へと舞い上がっていく。 15枚の多重レイヤー(オニオンスキン)が描く最高解像度のフル・アニメーションは、新年の空を祝福するようにキラキラと輝き、やがて僕らの頭上に、光の粉となって降り注いだ。


10歳の時にただ「見えただけ」だったアップルパイのビジョンは、今や目の前にある確かな幸福へと変わり、 手に入れたばかりの【収納1(入れるだけ)】の不器用な空間は、二人を温める最高の道具となった。


「あけましておめでとう、イサナギ。今年も、私の隣にいてね」


「あけましておめでとう、レイラ。今年も、君と一緒に新しい未来を描こう」


新年の始まりを告げる村の鐘の音が、白銀のオアシスに遠く響き渡る中、僕らは昇りきった太陽の光に包まれながら、いつまでも、いつまでも、お互いの手の温もりを確かめ合っていた。


みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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