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朝比奈玲はまだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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まだ、名前のない関係

 結花は、正月の饗宴が終わり新年会が落ち着いた頃から大学のサークルに時間を割くようになった。

 上級生の卒業コンサートが具体的に詰めを迎える。

 授業がない時はESを書いたりSPIの練習、企業説明会に応募すれば、お祈りメールが返ってくる。

 そんな日々を過ごした。


 その連絡はまず、奈緒に来た。

「東央エンタープライズ内内定の交流会」で連絡先を交換していた相手から。

「やっば。都内の超名門校から対バンの誘い来た」

「箱は向こうが抑えてあるんだって。ただ、チケットの販売を任せて欲しいって…。どうする?」

 灯がメールの内容を確認する。

「会場がエグすぎるんだけど、これ。先輩達どう?都合つく?」

 今年卒業の4年生達は、

「その日ならまだいける。っていうか、最後の最後に行きたい!」

 奈緒はその様子を見て、

「なら、全てお任せでこちらは乗っかるだけっていう条件でいい?」

と最終確認する。


「OK」

 メンバー達は力強く頷く。

「よし、送信」

 相手から秒で返信が返ってくる

「その後、別会場で打ち上げ懇親会ありだって。参加費はウチの分はチケ代で賄うから無料でいいってさ」

「条件良すぎない?」

 全国区で有名な大学名でも、関東圏の大学事情を知らない結花は、やや不審そうに言う。

 美里もメール内容をみて、

「大丈夫。相手、超名門の金持ち学校だわ。ウチらの飲み代なんて気にしない連中」

と軽く答える。

「ウチら他と交流やった事ないですけど、先輩方あります?」

「いや、ない。ウチらなんて弱小サークルよ。〝ゆいか”出るまで」

と苦笑する。


「それじゃあ、もう一回通しでやりますか」

 演目の流れを叩き込む。

 結花も歌うが、いつものとおり音程を合わせるだけ。

「一曲目のサビはウチらが合わせるから好きにしていいよ」

 と美里が言う。

「OK」

 と結花は譜面に書き込む。


「対バン曲どうする?」

「木星は使えない。オケ部にトラ借りれるの一日だけだし」

「基本は打ち込みでカバーとなるとボカロがメインか?」

「吸血鬼は?」

「それはアンコールの方が良くない?あればだけど…」「悪いコって王様が言うならいい感じだよね」

「俺は、ギラギラ好きだったけど、向こう見たいのリンゴじゃね?」

「東京でやるなら女王やる?今からいける?」

「俺は昔、高校でやったことあるからコード覚えてるけど……」

「美里は打ち込み負担だろ?」

「ドラムは?」

「おれも叩く練習したことある」

「灯は?」

「いいよ。なんとかする」

「じゃあやろー」

 楽器隊は決まった。

「結花は?」

「……歌えるよ」

「奈緒?向こうに一応確認して。なにが希望か…」

「OK」


 奈緒が、すぐに来た返信を読む。

「……、向こうやっぱりリンゴ希望だってさ」

 皆やっぱりという顔をする。

「女王にしよう。名前はよばない」

 と美里が決定する。

「結花が壊れたら困る」

 そっと聞こえないように呟く。

「じゃあ対バンは卒コンの前半とメインを女王、アンコールがあれば吸血鬼で決定」

 奈緒が最終判断をする。


 衣装合わせ。

 結花が、壁に張り付き両手を前にだして首と同時に振っている。

「無理無理無理っ」

 灯が手に持つ下着に対しての拒否反応だ。

 だが、灯が

「じゃあ、ふとももからパンツ丸見えでいいのね?」

 と強く迫ると項垂れる。

「いつもの貴婦人でいいじゃん」

 と最後まで抵抗していた。

 可愛いやつだと女性陣は思った。


 練習と仕事。

 後期試験の勉強、やるべき事は山とある。


 彼とは年始からは一度、仕事で行った宴席で会ったぐらい。

 プライベートでは全く会えていない。

 宴席では濃ゆい隈を作り、少し疲れた顔を見せた彼。

 そんな姿を見てしまうと、自分のどうでもいい話なんて連絡できない。

 仕事の手を止めてしまうなんて、申し訳ない。

 そう考えてしまい、プライベート用にも気軽にメールは出来なかった。

 ちょうど対バンが2月13日。

 そして、初めて彼の家に行った時に道中のロマンスカーで聞いた、彼の誕生日は2月14日。

 バレンタイン当日。

 

 まだ『名前のつかない関係』だけど、祝う事はできる。

 そう思って、時間がない中色々探した。

 

 これだと思ったのは、偶然POP UPのイベントで見つけた、新進気鋭の皮職人による名刺入れ。

 細部まで綺麗に処理を施された逸品。

 皮の手触りと経年劣化の見本は飴色に輝いている。

 今まで見てきた彼は、物を大事に使う人だ。

 見本のように、飴色になるまで使い込まれたい。

 イベントに来ていた作家さんにもいろいろ尋ねて、ちょっと値段は高かったが、一品物だというので即決で購入した。

 チョコはまだ、作るか、購入するか迷っている。


 刷り上がった卒業コンサートのチラシとチケット。

 前に彼から貰った会社の名刺宛にチケットを5枚入れ

「来て…くれるといいな」

 そう願って、一言添えて封をした。


 4年生のための卒業コンサート当日。

 2月の朝の空気は冷え切って手足が悴む。

 朝から機材を運び、会場を設営する後輩スタッフ達は体から湯気が出そうに汗をかく。


 結花の控室は皆とは別の教室に作った。

 そこへ在らん限りのヒーターを持ち込み教室を温める。


 開演は昼からだが、リハを行い着替えをするので集合は8時だ。

「おはよう。ごめんね手伝わなくて」

 マスク姿で小声で話す結花に、後輩達は笑顔で

「大丈夫です」

と答える。


 楽器隊はアンプや音響の位置を入念に確認している。

 美里もシンセの音出しにデモ用にマジカル少女のOPテーマを流している。

 奈緒からマイクで、

「そろそろ、最終リハしよう」

と指示が出る。


 結花は普段あまり使わないマイクスタンドの高さを調整する。

 曲ごとに立つ位置を確認し、床に印をつける。

 そして通しで演目を流す。

 普通はこの時点から本番仕様になるのだが、結花はまだ音を合わせる程度で、寧ろマイクで聞き取れるくらいの小声で歌う。


 そこからは各自の調整や本番前の休憩、衣装に着替えたり、主役の4年生の胸元に赤い薔薇を挿していく。


 後輩達は開演まで会場の整理を交代で行っている。

 構内には会場2時間前から人が集まってきている。

 僅かに用意された当日券は4時間前から並んでいる熱心なファンによって秒でなくなった。


 入れないとわかっても周りをウロウロする客も出る。

 会場は30分前倒しで開演1時間前になった。

 すぐに埋まる客席。

 まだまばらに埋まる関係者席。

 賑わう講堂。


 控室は静かだ。


 今日、美里はいつもの地雷ではなく、華流にメイクしていく。

 いつもよりシェーディングを強めでマットな質感の肌に仕上げる。

 目尻は流す。

 少しだけ血色を足し、口元は深いローズ今日は髪は巻かない。

 結花は髪を一週間前から特別なトリートメントを使い天使の輪が見えるくらいツゥルンとしたストレート髪にした。

 今日はそれをアイロンで挟んでさらに伸ばす。


「ハイ。これ」

 用意した衣装を渡す。

 生地は重めの深い藍色から群青に見えるシルク、高めのスリット、両肩オープン。

 首元は南京錠のついたチョーカー。

 足元は黒のガーターベルトと透け感のあるソックスタイプのストッキングそれに10cmヒール


 結花は、ハァーと一度ため息を吐いた後、立ち上がり黙って衣装を手に取る。

 袖を通して美里に背を向ける。

 美里は黙って背中のファスナーを上げる。

 結花はまた椅子に座る。

 美里は南京錠のチョーカーをセットする。


 もう、結花はなにも言わない。

 そこには〝ゆいか”がいる。

 なにも言わずただ、窓から外を見ている。


 美里はその様子をじっと見てから自分の準備をする。

 今日は美里も華流のロリータで合わせている。


 開演15分前に唯一空席だった関係者席が埋まる。

 タイプの違う二人の美丈夫にタイプが違いすぎる美女三人。

 周りは一瞬静かになる。

 開演5分前のブザーがなる。

 会場は一気に熱くなっていく。


 黒い幕の後に人の気配。

 開演のブザーが鳴る。

 シンセサイザーから流れるイントロと同時に幕が落ちる。

 ピンスポットを浴びて立つ「ゆいか」右足の深いスリットから覗く右足。

 一度静まり、響めく会場。

 静かにメロディに歌をのせていく。

「名前をあげて安心させましょ」

 神秘的で不可思議な歌詞、低い声、高い声、ロングトーンで会場を魅せていく。

 普段は、マイクスタンドを使わない〝ゆいか”がマイクスタンドを使う。

 少ない動きが余計に艶めいて見える。

「わたしは神秘的」

 最後の一音を落とす。

 余韻のある終わり方。


 暗転

 一瞬の静けさから会場は爆発する。

 そして強く明るい照明に変える。


 続けて二曲目に入る両手を高く上げてクラップ音。

 会場も合わせて手拍子する。


 卒業コンサートは軽音らしくバンドが前に出る。

「その笑顔に逢いたいって言えば笑ってくれるかな」

 裏打ちのリズムでも伝わるメッセージ、明るくノリのいい曲。

 マイクスタンドを使ったまま〝ゆいか”の手足が動くたびに歓声が沸く。

 

 暗転し一度幕が降りる。

 裏側は機材を移動して、オケ部から借りた人材を配置していく。

 転換に時間はかけられない。

 〝ゆいか”は袖に置いてある水を一口飲む。

 そして中央へ戻っていく。

 整えられたステージ。

 また幕が開く。


 低い声で始まるアカペラ。

「木星」バンドにオケ部が重厚さを追加する。

「つらい時は一人じゃない」

「私達は胸の奥で繋がっている」

 これから社会に飛び立つ先輩方へ向けて餞。

 在校生からの「送辞」

 圧倒的な歌唱力でオーケストラ付きのバンドと対峙し、協調していく。

 一音、一音を会場と共有していく。

 まるで、一人ずつに祈るように歌い切った。


 アンコールは、自分達の親世代から続く、有名な冬の女王の曲。

 イントロが流れるだけで、わかる。

 卒業生の親やOB、関係者、現役。

 世代の違うそれぞれが乗れる曲。

 

 昔、オンタイムで経験した世代。

 新しく曲を聞いた世代。

 皆が”ゆいか”と一緒に楽しむ。

 そして、全ての恋を応援するようにラストを歌い、バンドの音が閉じる。


 手を振って声援に応えてから「ゆいか」は袖に下がる。

 まだ、楽器隊は残っている事にファンは諦めない。

 アンコールを続ける。

 やがて客席だけでなく、舞台袖、裏からもアンコールがかかり、〝ゆいか”は困惑した表情でステージに戻り一礼する。

 そしてマイクを使い、本日の卒業生を呼び出し、紹介する。

 それでも止まないアンコール。

 美里が楽器隊皆に合図を送る。

 そして流れるイントロ。

 全員が一度は耳にしたことのある、古いアニメソング。

「しょうがないなぁ…」

 と言ったあとスイッチが切り替わる。

 先程とは別人のように妖艶な出だし、老若男女問わず、恋を盗んでいく。

 途中のMCはめずらしく美里が英語でコールする。

 奇しくも始まりと終わりが同じ神秘的な女になった。

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