学祭の打ち合わせをする、3年生
美里視点 結花大学3年生
結花達は、もう“学祭の有名人”になっていた。
新歓の時点で、
「今年もゆいか出るの?」
と聞かれる。
軽音サークルへ入る一年も、明らかに増えた。
特にボーカル希望。
けれど、結花本人は相変わらずだった。
就活サイトを開いては
「ESって何書けばいいの……」
と唸り
深夜までバイトを頑張って、朝の講義で船を漕ぐ。
箱根へ行く日も、少しずつ増えた。
その頃から、私は少しずつ気づいていた。
結花の“歌”が、変わってきている。
2年の頃は「ゆいか」という幻想だった。
綺麗で、危うくて。
でもどこか、現実離れしていた。
けれど最近は違う。
結花が、妙に
「恋愛未満」
の話をするようになった。
それまで、そんな事ほとんどなかったのに。
「なんかさ」
とか。
「いや、別に好きとかじゃないんだけど」
とか。
前置きばかり増えた。
しかも、話す内容が妙に生々しい。
相手の 距離感、目線がどうの。
声や、 名前の呼び方。
そんな、些細な話。
でも私は、それを聞きながら思っていた。
——あぁ。
これ、歌へ乗る。
結花は、自分の感情を無意識で歌へ混ぜる。
だから、今の状態でラブソングなんか歌ったら……。
多分、終わる。
どんな曲でも、破壊力が跳ね上がる。
しかも、もう一つ気になる事があった。
最近、“ゆいか”が長い。
ライブ後。
前は、水を被れば戻っていた。
「おぉ〜、盛り上がったね!」
すぐ結花へ戻れた。
でも最近は違う。
ステージを降りても、目がまだ熱い。
空気が残る。
何より、戻るまで時間がかかる。
まるで、
“ゆいか”が、結花へ馴染み始めているみたいで。
私は、少しだけ怖かった。
——これは、
危ない兆候だ。
「あぁー、お祈りメール来た」
結花が、机へ突っ伏した。
「やる気でない……落ち込む……」
「まだまだ、お祈り何回来ると思ってるの」
私は、コンビニコーヒーを飲みながら返す。
就活シーズンの学食は、
空気が重い。
ES。
面接。
SPI。
みんな少しずつ、“学生”じゃなくなっていく。
そこへ、奈緒が勢いよく入ってきた。
「聞いて!!」
紙を振りながら、顔が明るい。
「東央エンター、書類通った!」
「えっ!!」
灯が跳ねる。
「オメ!!」
私は思わず拍手した。
でも次の瞬間、結花が顔を上げる。
「……でもなんで?」
「失礼じゃない?」
奈緒が笑うが、結花は続ける。
「いや、普通に気になる。狙うには結構格上でしょ?」
奈緒は、少し照れながら言った。
「“ゆいか”の企画戦略、レポートにした」
一瞬、空気が止まる。
「は?」
「え?」
結花だけが、本気で分かっていない顔をしていた。
奈緒は、スマホを弄りながら続ける。
「SNS拡散分析とか、ライブ構成とか」
「あと“匿名性と現実性を両立した現代型ライブカリスマ"って書いた」
「なにそれ、めっちゃ頭良さそう」
灯が笑う。
私は、少しだけ鳥肌が立った。
奈緒は、ふざけていない。
多分本気で
『ゆいか』は、コンテンツとして成立している
と、理解している。
奈緒は続ける。
「紅から神の子へ落として、最後あざといで空気壊すの、めちゃくちゃ上手いって書いた」
「客を沈め切ってから、救済入れてるのも」
「あとSNSで“ゆいか”だけ独立して検索され始めたの、現代っぽいなって」
結花は、完全に引いていた。
「怖」
「いやアンタだよ」
私は即座に返した。
でも結花は、本当に困った顔で笑う。
「いや……なんか違くない?」
奈緒は、真顔で言った。
「違わない」
そして、少しだけ遠くを見る目をした。
「多分、アンタ自分が思ってるよりずっとヤバいよ」
「学祭、覚悟しときなね」
奈緒が、ポテトを摘みながら言った。
結花は、お祈りメールの画面を閉じながら顔をしかめる。
「いや、まだ早いじゃん」
「まだ夏だよ?」
「甘い」
奈緒は即答した。
「もう動いてる」
「何が?」
「2年と1年生」
その瞬間、美里とあかりが同時に笑った。
「あー……」
「始まったか」
結花だけが、意味が分からない顔をする。
奈緒は、スマホを弄りながら続けた。
「軽音の1年生もう学祭の話してる」
「“今年ゆいか何やるの?”って」
「えぇ……」
結花が引く。
でも奈緒は止まらない。
「あと、ボーカル希望の1年生、」
「“ゆいかさんみたいになりたい”って言ってた」
「やめて怖い」
「いやアンタのせい」
私は、思わず吹き出した。
実際、今年は空気が違った。
2年の学祭以降。
軽音サークルへ入る人数も増えたし、
外部から見学に来る人までいる。
しかも最近は
「ゆいか」
だけが一人歩きし始めていた。
動画。
切り抜き。
考察。
学祭のライブにしては、明らかに熱量がおかしい。
結花だけは未だに、
「なんで?」
と首を傾げる。
奈緒が、そんな結花を見ながら笑う。
「今年、去年よりヤバいと思うよ?」
「なんで?」
「恋愛始まってるから!」
「は!?」
結花が、分かりやすく赤くなる。
灯が即座に机を叩く。
「出たーーーー!!」
私は、思わず天井を仰いだ。
——あぁ。
今年、本当に危ない。
「はっ、はじまってナイしー‼︎」
結花が、分かりやすく声を裏返らせた。
灯が混ぜ返す。
「はい出たーーー‼︎」
「それ、始まってる人の反応ー!」
「違うし‼︎」
「どこが⁉︎」
結花は、顔を真っ赤にしたままアイスティーを掴む。
でも、ストローを噛んでるだけで全然飲めていない。
奈緒が、呆れた顔で言った。
「いや、アンタ最近ずっとその人の話してるから…」
「してない‼︎」
「してる」
「してるね」
私まで頷くと、結花が本気でショックを受けた顔をした。
「えっ、そんなしてる⁉︎」
「してる」
「会った日わかる」
全員一致だった。
結花は、机へ突っ伏す。
「やだぁ……」
でもその耳、真っ赤だった。
私は、少し笑ってしまう。
だって本当に、分かりやすいのだ。
今までの結花って、推しの姉さんの話、バイトの話、音楽の話ばかりだった。
最近は、推しの姉さんのオマケのように話ながらも、
特定の人の話を必ずする。
完全に、恋愛前夜。
しかも本人だけ、気づいていない。
奈緒が、ポテトを摘みながら再び言う。
「今年の学祭、絶対ヤバい」
私は、静かに頷いた。
——感情を覚えた“ゆいか”は、多分もう止まらない。
東央エンタープライズ
秘書課
「ちょっと、学祭行きたいんだけど」
電話越しに、軽い声。
だが、内容は軽くない。
「関係者チケット、用意できる?」
その言葉に、秘書課の男は一瞬黙った。
相手は、東央エンタープライズの企画開発部部長。
新人発掘も兼ねる、現場寄りの人間だった。
「……もう、すでにプレ値予想が出ていますので」
「簡単には渡せないですね」
「は?」
電話の向こうで、笑う気配。
「学祭だよ?」
「ええ。ですが“ゆいか”関連は、
現在かなり話題化しています」
机へ、資料が置かれる。
* SNS分析
* 学祭動画
* 拡散推移
* 匿名掲示板ログ
そこには
「今年のゆいかは、ヤバいらしい」
という空気が、既に出来上がっていた。
「……へぇ」
男が、少しだけ楽しそうに笑う。
「じゃあ、特別インターン招待でどうかな?」
「……」
秘書課の男は、少し考える。
つまり“企業見学枠”として潜り込むという事だ。
数秒後。
「いいでしょう」
「ただし、枠は少数です」
「十分」
通話が切れる。
男は、机へ置かれた資料を捲る。
SNS分析。
動画切り抜き。
学祭概要。
その下に、一枚の履歴書。
視線が止まる。
藤崎 奈緒
神奈川県
経済学部 三年
軽音サークル所属
備考欄。
「大学学祭ライブ企画分析“ゆいか現象”について」
男が、小さく笑う。
「……この子か」
提出されたレポートを開く。
そこには
* セットリスト構成
* 感情誘導
* SNS波及
* 匿名性戦略
* “ゆいか”という人格形成
が、異様な熱量で書かれていた。
だが面白いのは、そこじゃない。
男の目を引いたのは、最後の一文だった。
『本人に、自覚がない点が最も危険である』
男が、思わず吹き出す。
「ハハ……分かってるじゃない」
さらに読み進める。
『“ゆいか”は、作られたアイドルではない。』
『一人の大学生の感情と人生が、
そのままライブへ流出している』
『だから観客は、“自分へ歌われた”と錯覚する。』
男は、
資料を閉じた。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




