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朝比奈玲まだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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【閑話】水も滴るイイ男と貴婦人

多視点

朝比奈玲は、

アフタヌーンティーで有名なホテルでその日。

久々に頭から盛大に水をかけられた。


鷹司景の結婚準備の一つとして、

これまで続いていた関係者を清算、処理する。

決まった手順である。


何人かは激昂し、罵詈雑言を浴びせ、

何人かは涙し、

また何人かは手切れ金に大喜びする。


そして何人かは手切れ金を前にして……

「本人が来なくて、貴方がコレを渡すってどうゆうこと?馬鹿にしているの!」

と水を掛ける。


玲は慣れた様子で

「ご理解ください」

としか言わない。


その間に水を拭ったりしない。

それでは余計拗らせるからだ。


水をぶちまけた当人はそれで満足したのか、その場から立ち去った。 

やれやれと顔を上げた時、通りがかりの女性が

「ごきげんよう」

とハンカチを差し出してきた。


見えたのは手だけ。

通り過ぎる際に差し出されたハンカチ。

振り返り確かめるが後姿。


厚底ブーツにツインテール。

ロリータファッションの女性。

顔は帽子でよく見えなかった。

ハンカチには「ゆいか」と刺繍されていた。




「え、ちょっと待って!」

隣を歩いていた友人の美里みさとが、

思わず振り返る。

「今の人、ドチャクソ、イケメソなんだけど!」


長谷川結花は歩みを止めない。

レースの袖を揺らしながら、優雅に扇子を広げる。


「ホホホ」


完全にノリが入っていた。

「哀れな殿方など、知りませんわ」


「いや絶対知ってる顔だったじゃん」

「気のせいですわ」


「しかも水掛けられてたよ?」

「修羅場ですわねぇ」

他人事だった。


美里はじっと結花を見る。

「助けなくて良かったの?」


「嫌ですわよ、ああいうのに巻き込まれるの」

心底嫌そうに、即答する。


だが数秒後、

結花は小さく付け足す。

「……まぁ、ちょっと可哀想でしたけど」


美里がニヤっとする。

「優しい〜」


「ハンカチ渡したから、もう十分ですわ」

「えっ渡したの!?」


「濡れたままだったし……」


美里は吹き出した。

「何それ、少女漫画じゃん!」

「違いますわ」

結花は真顔で否定する。


「現実は、ああいう男に関わると、

大変なんですのよ。アテクシよーく存じてますの!」

妙に説得力があった。


美里は笑いながら、ふと首を傾げる。

「でも、イケメンだったなぁ……」


「顔が良い男は、大抵面倒ですわぁ」

結花は即答した。



ホテルのラウンジ。


アフタヌーンティーの最後の紅茶を楽しみながら、

鷹司家、景の祖母である大奥様と朝比奈玲の母は、

少し離れた席へ視線を向けていた。


ちょうど今、

水を掛けられた玲が、静かに立ち上がるところだった。


「あらあら」

大奥様が優雅に笑う。


「玲ちゃん、大変やねぇ」


母も苦笑する。

「坊ちゃまのお相手、今回は随分派手ですね」


だが玲は慣れたものだった。


騒がず、

怒らず、

ただ受け流す。


それを見ながら、大奥様がふと目を細める。


「あら?」


玲の前を、ひとりの少女が通り過ぎる。


厚底ブーツ。

レース。

大きな帽子。

揺れるツインテール。


まるで、

古い絵本から抜け出して来たような格好だった。


少女は立ち止まらない。

ただ、すれ違いざま、玲へ何かを差し出す。


ハンカチ、のようだ。


「ごきげんよう」

それだけ残して、去っていく。


玲は少し遅れて、手元を見下ろした。


大奥様が面白そうに目を細める。


「まぁ。玲ちゃん、何か貰ってるわねぇ」

母も視線を向ける。


「あの子、中世ヨーロッパみたいな格好。可愛いわぁ」

「お顔が見えないのは少し残念やね」

大奥様は完全に気に入っていた。


母がくすりと笑う。


「あれは、ロリータファッションと言うそうですよ」


「ロリータ」

大奥様が言葉を繰り返す。


「最近の若い子は、面白いわねぇ」


その間にも、玲はまだハンカチを見ていた。

拭こうともせず。


ただ、不思議そうな顔で。


大奥様はその様子を見て、ふっと笑う。

「……玲ちゃん、気になっとるわ」


母も視線を細める。

「珍しいですね。ラブレターでも瞬時にゴミ箱に入れる子が……」


そして二人はまだ知らない。


その“ロリータのお嬢さん”が、

玲を悩ませる、

“ご縁があれば”の相手だということを。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。


次話から結花の大学編です。

昼間の彼女をお楽しみくださいませ。

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