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朝比奈玲まだ恋をしらない  作者: あぐり りょう


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17/37

日光旅行前日譚

玲視点、結花さゆり視点


定時に仕事を終える。

今日は週末の旅程に備えて、早めに仕事を終わらせる上司に合わせて全てが順調に終わった。


久しぶりの時間を楽しむため、適当に友人を呼び出す。集合時間までに時間があったので書店で旅行雑誌を手に取り会計する。


ちょうどいい時間になると友人といつもリザーブしてあるレストランへ行く。


食事を楽しみ、移動する。


そして、その後を楽しむ。

掛かる手間は最小。

自分には丁度良い遊び方だ。


今回イレギュラーだったのは食事のサーブ前に一件の通知が入った事だった。


差出人は「さゆり」悪戯に連絡してくるタイプには思えなかったが、この時間になにかあったのか。

「失礼」

相手に断ってから席を立ち、画面を確認する。


『姉さんに掛かる費用って全て経費でいいですか?後で請求します。以上、よろしくお願い致します』


誤変換のあるメールに慌てている様子が目に浮かぶ。

思わず口元がニヤける。

そのまますぐに通話する

「姉さんに掛かる費用は、経費ですか?」

「ええ、常識の範囲内であれば後日精算しますよ」

「ありがとうございます」

そう言って通話が切れた。


端末を内ポケットへ戻し、席に戻った。


その時、相手がどんな顔をしていたか、など気にもならなかった。

食事を終え、いつものように高級ホテルのラウンジへ移動する。


一杯呑み、そのまま部屋へ。


お互い慣れた手つきで進める関係。


お互いの欲が高まり、始まり、終わる。


身体を清めて出てくるといつもは寝ている彼女が起きている。

まだ足りないと身体を寄せてくるが、玲にはもうその気はない。


「ねえ、どこか行くの?」

「何が?」

「ソレ。旅行雑誌でしょ?」

「仕事」

「へえ、仕事…」

「ねえ、私もたまにはここじゃなくて他で会いたいわ」「なにそれ…」


玲は一気に興味がなくなった。


面倒だと、言葉にはしないが自分の中のリストから消去する。



結花さゆり視点

前日、彼の優秀な部下に連絡した。

「姉さんに掛かる費用は、経費ですか?」

「ええ、常識の範囲内であれば後日精算しますよ。」

淡々とした声。

迷いがない。

「服飾雑貨は?」

「常識の範囲内であれば。」

それだけで、十分だった。

「ありがとうございます」

短く礼を言い、電話を切る。


——時間がない。


駅前の百貨店へ、駆け込む。


照明が明るい。

空気が違う。

場違いだと分かっていても、止まらない。


手に取る。

選ぶ。

迷う時間はない。


「こちらのサイズで?」

店員が、少しだけ顔を曇らせる。


サイズが揃っていない。

当然だ。

私のものじゃない。


説明はしない。

出来ない。


「……大丈夫です」

それだけで通す。

袋が増える。


片手では、持ちきれない。

重い。


でも、足は軽い。


——間に合う。


満足する。

やれることは、全部やった。

似合うモノは必要経費。


前夜。


仕事終わり。

今日は後口も早々に切り上げて、置き屋に帰る。


ママが

「二人ともさゆりの家まで送って行くから、支度しなさい。」

と車のキーを持つ。

「はーい。」

さゆりが気だるげに返事をする。


今日の花代、時間を記入して金庫に入れる。


「姉さん、準備いい?」

「私は、後口なかったから大丈夫。」

さらりと返る。


——違う。


さゆりは知っている。

後口が無かったのではない。

もう、花代が支払われて貸切なのだ。

それを、ユリは知らない。

ママも言わない。

それでいい。

——その方が、

いい。


小田原方面の他の妓達も乗せて、

車は、下道を走る。


夜の空気は、少しだけ緩い。


「ねぇ、さゆり達、明日からお客さんと旅行でしょ?」


後部座席から、声が飛ぶ。

「イケメン二人とか、前世でどんだけ徳積んだの?」

笑いが起きる。

軽い。


「今からでも、変わるよ?」

「無理無理」

さゆりが笑う。

いつもの調子で、流す。


車内は、賑やかだ。


誰も、深く考えていない。

ただの、よくある話。


——そのはずだ。


窓の外へ、視線を逃がす。

流れる灯り。

「いいなぁ」

誰かが、もう一度言う。


羨ましさ、妬ましさが、混じる軽い言葉。


——違う。


さゆりだけが、分かっている。

これは、そういう話じゃない。


言わない。

言う必要もない。


笑って、やり過ごす。

それでいい。


ママが、最後に残った二人に向けて言う。


「一応言っとくけど、」

ハンドルに手を置いたまま。

「ウチらは色は売らない。アレとは違う」


視線は前。

声だけが落ちる。


「そこのとこ、間違えちゃいけないよ?いいね」


念を押す。

軽くはない。


「ツアーコンダクターですよ。大丈夫。」

ユリが、おっとり笑う。

少しだけ、胸を張って。


——ズレている。


さゆりは、息を飲み込む。

出かかったものを、押し戻す。


ママが、振り返る。

頭が、痛むと言う顔。


眉間に、凄い皺。


「枯れた爺さん相手じゃないんだよ」


小さく、落とす。

重い。


ユリは、分からないという顔で首を傾げる。

理解していない。


それで、いいのかもしれない。


「ほら、着いたよ。」

エンジンを切る。


「しっかりお稼ぎ。」

いつもの声に戻る。


「ありがとう、ママ。行ってきます」

ドアを開ける。


夜の空気が、流れ込む。

閉まる音が、一つ。


それで、区切られる。


自分のアパートには、同業の先輩や後輩、

学校の友人が、よく遊びに来る。


だから、一応は片付いている。

——そのはずだった。


いざ、ユリと二人になると、落ち着かない。


さゆりにとってユリは、

憧れで、

推しで、

神だ。


「何もない部屋ですが、どうぞ」

少しだけ声が上ずる。


ユリが、珍しそうに、部屋を見渡す。


1Kの部屋。

生活の匂い。


「どこでも、くつろいでくださいね」

「ありがとう」


柔らかく返る。


風呂は、帰る途中にママが、

ホテルの大浴場に連れて行ってくれた。


あとは、寝るだけ。


——いや。

「メイク……落とさなきゃ」


押し入れから、テーブルを出す。


手が少しだけ忙しい。

「姉さんも、メイク落としてください」

ティッシュと、ゴミ箱を寄せる。

「さゆりちゃん、ありがとう」

そのまま、隣に座る。


近い。


「姉さん、コンタクト外さないんですか?」

「どうしようかな…」

少し考えて、笑う。


「さゆりちゃん、怖くない?」

「いや……むしろご褒美っていうか……」

言ってから、少しだけ俯く。


「それと、明日は私が姉さんのメイクします」

顔を上げる。

「いいですか?」

「はい。お願いします」

あっさりと、頷く。


——近い。


推しが、笑っている。

それだけで、十分すぎる。


「最近のメイクって、難しいね」


雑誌を手に取りながら、呟く。


その言葉に、

一瞬だけ、


焦る。


——あの服。


先日服装を確認した時、似合わないOL風を選んだ。


慌てて、

朝比奈に連絡した。


『服装代は、必要経費だ』と押し切った。


——間に合うはず。


明日は、失敗させない。


段取りを考えていると、

「さゆりちゃん、卒業単位、足りてる?」

ユリは机の上の教科書に、指を滑らせる。

懐かしむように。


「最近、売れっ妓だから、大変でしょ?」

「ギリギリです」

苦笑い。

「落としたら、奨学金、ヤバいんで」


「私も、今ヤバいよ?」

冗談みたいに、軽く、笑う。


——重さがない。

あるはずなのに、

ない。


現実の話をしているのに、現実感がない。

「……そうなんですか?」

思わず聞き返す。


「うん」


あっさりと、頷く。

それ以上、何も言わない。


深くも、触れない。


——生活の匂いが、

しない。


同じ話をしているはずなのに、立っている場所が違う。


それでも、違和感は、

ない。


それが、

一番おかしい。


姉さんは、ようやくコンタクトを外した。

張り付いたレンズを、そっと剥がす。

そのたびに、綺麗な涙が、ぽろぽろと零れる。


痛そうだ。

可哀想だ。


——なのに、

目が離せない。


矛盾したまま、見てしまう。


「姉さん、コンタクト合わないなら、

付けなければいいのに」


少しだけ、声を落とす。


「今、カラコンもあるし、」

「そんなに不自然じゃないですよ?」

「視力は、裸眼でいけるんでしょ?」


「さすがに、1.5はないよ?」


軽く笑って、横になる。

距離が、近い。

息が、かかる。


目が合う。

逸らせない。


「……寝るね」

先に、姉さんが目を閉じる。


それだけで、静かになる。

整っている。


どこもかしこも、無駄がない。

人形のようで、

でも、

息をしている。


——与えられたものが、

多すぎる。


それを、全部隠してひっそりと咲く花。


最初に会った時、同性なのに一目で落ちた。


恋かどうかは、分からない。

でも、それでいいと思った。


常連も含めて、同じものを見ている。

同好の士として、静かに愛でる。


それで、十分だった。

——そのはずだった。


この人の時間が、壊れようとしている。

彼らの執着は甘くない。


分かっている。

止められない。


せめて、穏やかであればいい。


それだけを願いながら、

心ゆくまで、長い時間ユリを見つめた。

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