第22話「影向の社(やしろ)と、裏切りの雷光」
「影向の神社」の調査当日。
休日の朝だというのに、屋敷の玄関ホールには重い空気が満ちていた。そこにいるのは、私と、清継様、そして楓の三人だけ。
清馬様の姿は、どこにもなかった。
「清馬には昨夜から連絡がつかない。おそらく、二条先輩と……」
清継様が、苦々しく呟く。その言葉は、最悪の事態を予感させた。胸が張り裂けそうだった。
けれど、俯いてはいられない。
「それでも、私たちは行かなければなりません。
これ以上、被害が広がる前に」
私の決意に、清継様と楓は静かに頷いてくれた。
三人を乗せた車は、帝都の郊外にある寂れた山道へと向かう。
目的地に近づくにつれて、私の「眼」には、空全体が禍々しい邪気でどす黒く覆われていくのが見えていた。
辿り着いたのは、鳥居が朽ち果て、全体が邪気に包まれた古い神社だった。
境内は荒れ果て、まるで生命の存在そのものを拒絶しているかのようだった。
「これは…五摂家の結界だ。だが、内側から、無理やりこじ開けられた痕跡がある…!」
本殿を覆っていたであろう古い結界の残滓に触れ、清継様が戦慄の声を上げる。
その瞬間だった。本殿を守る一対の狛犬の石像の眼が、赤黒い光を爛々《らんらん》と放った。
影向の呪詛によって操られた石の番人が、ゴゴゴゴと轟音を立てて立ち上がり、
石の爪が空気を引き裂く轟音を響かせ、着地するたびに地面に亀裂を走らせながら、私たちに襲いかかってくる。
「楓、琴葉を!」
「ええ!」
楓が水の鞭で一体の足止めをし、その隙に清継様の雷がもう一体を撃つ。
しかし、石でできた分厚い体には、決定的なダメージを与えられない。
狛犬の圧倒的なパワーの前に、二人は徐々に追い詰められていく。
まずい、と思った時、狛犬の一体が防御の薄い私に狙いを定めた。
巨大な石の爪が、私めがけて振り下ろされる。
万事休すかと思われた、その瞬間だった。
緑色の閃光が、天から降り注いだ。
風を纏った雷撃が、轟音と共に狛犬の石像をいとも容易く粉砕する。
「清馬様……!」
そこに現れたのは、不敵な笑みを浮かべる二条奏様と、その隣で、瞳に危うい光を宿した、清馬様だった。私の安堵の叫びに、しかし、清馬様は視線を合わせようともしない。
(違う……。その瞳は、ただ寂しいだけ。兄の背中を、いつも追いかけていた、あの頃と同じ……)
「やあ、遅かったようだね。君たちでは、この程度の番犬にも手間取るのか」
奏様が、楽しそうに言う。
「清馬!なぜ二条先輩と……!」
兄の詰問に、清馬様は苦々しく顔を歪めた。
「……兄上には関係ない。俺は、俺のやり方で、力を証明するだけだ」
彼は、もう一体の狛犬に向き直ると、制御しきれない風刃雷を放つ。
狛犬は一瞬で破壊されたが、その強大な力の代償か、清馬様の表情は苦痛に歪んでいた。
その時、本殿の奥から、乾いた拍手の音が響いた。
「素晴らしい力だ、近衛の小僧。だが、借り物の力では、魂までは満たせまい」
姿を現したのは、奇妙な紋様が描かれた仮面をつけた、一人の男。
「影向」一族の術師だった。
術師がすっと札をかざすと、神社の境内全体が、
強力な結界に包まれる。
楓が咄嗟に水鏡を展開するが、結界術は札の力を僅かに逸らすのが精一杯だった。
「しまっ……!」
気づいた時には、遅かった。清馬様と奏様は結界の外へと弾き出され、私と清継様、楓の三人は、術師と共に結界の中に閉じ込められてしまった。
「さあ、始めようか、癒しの巫女よ」
術師の、氷のように冷たい声が響く。
「我らが五摂家に奪われた魂の恨みを、その身に刻むがいい。お前の光か、我らの影か。どちらがこの地を支配するに値するか、教えてもらうぞ」
結界の外では、自分の無力さに絶望する清馬様が、内では、ついに姿を現した真の敵と対峙する私たちがいる。
私たちの絆は、最悪の形で分断されてしまった。
影向との、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。




