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第21話「借り物の翼と、砕け散る雷」

清馬様の心に、危険な種が蒔かれた翌朝。


次の休日に予定されている「影向ようごうの神社」の調査を前に、清継様は弟の状態を確かめるため、彼を稽古場に呼び出した。

私も、楓も、言いようのない不安に駆られ、

その様子を遠くから見守っていた。


(清馬様は、いつも清継様の後ろを追いかけていた。幼い頃、妖から自分を庇って怪我をした兄の背中を、ずっと……)


その記憶が、今の彼の焦燥を、より痛ましいものに感じさせた。


「手合わせ願おうか、清馬」


清継様が静かに木刀を構える。

それに対し、清馬様は不敵な笑みを浮かべた。


「望むところだ、兄上」


彼がその身に雷を纏った瞬間、私は息を呑んだ。


(違う!清馬様の雷が、緑色の風に喰われている!あれは、清馬様の力じゃない!)


私の「眼」には、彼の生命力が、まるで嵐のように激しく乱れているのが見えていた。


手合わせが始まった瞬間、清馬様の姿が掻き消えた。風の力を借りた彼の動きは、これまでの比ではない。

清継様は、その神速の猛攻を、辛うじて木刀で受け流すので精一杯だった。


「どうした兄上! その程度か!」


手に入れた力に酔いしれているのか、清馬様の叫びは歓喜に満ちていた。

彼は力を制御しきれず、本来なら手合わせで使うはずのない、本気の技を練り上げる。


「これならどうだ! 風刃雷ふうじんらい!」


風を纏った雷の刃が、空気を裂く鋭いうそぶきを上げ、緑色の残光を残しながら兄の喉元を狙う。


清継様は、その攻撃の軌道が、私たちのいる方向へ向かっていることに気づいた。

彼は避けることをせず、自らの体を盾にするように、最大出力の防御結界を展開する。


「天網・てんもう・かい!」


その瞬間、周囲の空気がビリビリと震え、足元の土埃が舞い上がるように爆発した。


凄まじい衝撃音と閃光が、稽古場を包み込む。

雷と雷がぶつかり合った余波で、結界は砕け散り、清継様は深手を負って、その場にくずおれた。


「あ……俺は……」


自分が兄を、しかも本気で傷つけてしまった。

その事実に、清馬様は血の気が引いたように呆然と立ち尽くす。


私は、倒れた清継様の元へ駆け寄りながら、

涙ながらに叫んでいた。


「これが、あなたの欲しかった力なんですか!? 仲間を、たった一人のご兄弟を傷つけるのが、

あなたの強さなんですか!」


私の言葉は、罪悪感に苛まれる清馬様の心に、

深く、深く突き刺さった。


(違う、俺は……ただ、あいつの笑顔を守りたかっただけなのに……。兄上を傷つけたこの手で、一体何が守れるって言うんだ……!)


彼は、素直に謝ることができない。

「うるさい!」とだけ叫ぶと、その場から逃げるように飛び出していった。

彼の拳が白くなるほど握りしめられ、爪が掌に食い込む音が、静寂の中でやけに響いた。


私は、自らの力で清継様の傷を癒しながら、彼の背中にそっと語りかけた。


「……清馬様は、あなたの弟なんです。あなたを傷つけたいわけじゃない。ただ、必死なだけなんです……」


傷が癒えた後、清継様は痛みを堪えながら、静かに言った。


「…すまない。あれは、私が受け止めなければならなかった。弟の弱さも、焦りも…全て」


その声は、ひどく痛ましげだった。



「彼の心に、今は二条家の風が吹き荒れているわ」


落ち込む私の肩に、楓がそっと手を置いた。


「私たちの声が届く場所まで、彼が戻ってくるのを信じて待つのも、一つの強さよ。…でも、急がなければ。影向ようごうの呪いが、清馬の心の隙を狙わないとも限らないわ」


その力強い言葉に、私は顔を上げる。


(そうだ。連れ戻すんだ。私が、清馬様を)


その頃。一人、屋敷を飛び出した清馬様の元に、あの男が音もなく姿を現していた。


「素晴らしい力だろう? だが、君はまだそれを使いこなせていない。本当の使い方を、私が教えてあげようか?」


二条奏にじょうかなで様の、甘い囁き。


「君の『嵐の稲妻』は素晴らしい。だが、それだけでは兄君の『静かな稲妻』には届かない。風と雷が交わってこそ、本物の嵐は生まれる。兄君の静寂の光に、負けたくないんだろう?」


「……本当かよ」


「ああ、本当だとも」


奏様の誘惑に、孤独な心を抱えた清馬様は、もう抗うことができなかった。

彼の心が、さらに深い闇へと引きずり込まれようとしている。

彼の瞳に、緑色の風の渦が一瞬、閃いた。

まるで、二条奏の影が、彼の肩に重なるように……。


そして、週末に予定されていた「影向の神社」への調査は、最悪の形で、仲間割れしたまま決行されることになってしまった。

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