第20話「すれ違う心と、風の囁き」
夜通しの調査を終えた朝。
弓道場で鉢合わせた三人の間には、気まずく、
そして重い沈黙が流れていた。
「清馬、話がある。『影向』の正体がわかった」
清継様が報告しようとするが、清馬様は「……後で聞く」とだけ言い残し、冷たく背を向けてその場を去ってしまった。兄を拒絶する清馬様の姿と、それを見る清継様の痛ましげな表情。
その光景に、私は「私のせいで、お二人の間に……」と、胸の奥がずきりと痛んだ。
その日の朝も、三人は同じ車で登校した。
しかし、車内の空気はこれまでになく重い。
清馬様は窓の外を眺めたまま、一言も口を開かなかった。学校に着くと、彼は「用がある」とだけ言い残し、一人でどこかへ行ってしまう。
昼休みも、私たちの元へは来なかった。
「喧嘩でもしたの?」
楓の心配そうな声に、私は曖昧に頷くことしかできない。
いてもたってもいられなくなり、私は清馬様を探して弓道場へと向かった。
一心不乱に弓を引く彼の背中に、私はおそるおそる声をかける。
「清馬様、あの……!」
「……お前のせいじゃない」
彼は、振り返りもせずにそう言った。
その優しい拒絶が、かえって私を突き放しているように感じて、胸が締め付けられる。
彼が、無意識に懐にしまった何かを、ぎゅっと握りしめているのを、私は見逃さなかった。
一人で落ち込んでいる私のもとへ、清継様が静かに現れた。
「清馬は今、迷っているだけだ。自分自身の弱さと、どう向き合うべきかな。……本当は、私が弟の想いを、君のように受け止めてやれれば良かったのだが」
彼は私を責めず、ただ静かに寄り添ってくれる。
「君も、疲れているだろう。甘いものでもどうだ?」
そう言って、彼が懐から取り出したのは、小さな紙袋だった。
中には、私が以前、甘味処で美味しそうに食べていたのと同じ、うさぎの形をした可愛らしい練り切りが入っていた。
「これは……! どうして、私がこれを……」
「君が、とても美味しそうに食べていただろう。
覚えていた」
その細やかな優しさに、私は顔を真っ赤にして俯いた。
「…!ありがとうございます。とても…嬉しいです」
心が少し解れた私に、清継様は次の計画を告げる。
「『影向』一族の文献によれば、彼らが過去に根城としていた古い神社が、帝都の郊外にあるらしい。次の休日に、そこを調査する。……それまでに、清馬が戻ってきてくれるといいのだが」
その言葉に、私は強く頷いた。
(ただ待っているだけじゃない。次の戦いまでに、私が、清馬様を連れ戻すんだ)
その頃、清馬様は一人、屋敷の屋根の上で風に吹かれていた。
手の中には、二条奏から貰った、風の渦が封じられたお守りがある。
(兄上と琴葉の絆が、俺の影を濃くする…耐えられない! 本当の力が、欲しい!)
嫉妬と、焦燥。そして、無力感。彼の心を、黒い感情が蝕んでいく。
彼は、お守りを強く、強く握りしめた。
「強くなりたい…。兄上よりも、誰よりも……
あいつを守れるくらい、強く……!」
彼が決意を固めた、その瞬間だった。
お守りから溢れ出した風の渦が、彼の全身を包み込む。
彼の瞳に、これまでとは違う、危うい光が宿ったのを、まだ誰も知らなかった。




