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手がかり04.カトレアの部屋の場所

 


「……ダイアン」

「なんでしょうか」


 相変わらず、いくら話しかけても、この使用人は不愛想である。袋に詰められたカトレアの洗濯前の服を回収しながら、ダイアンは面倒そうに顔を上げた。


「好きって何だと思う?」

「……は?」


 目を細めながら、ダイアンはカトレアの方を見つめた。それは、貴族に仕える使用人がしていい表情ではない。


「恋愛の話ですか?」

「カテゴリー的には、そう」

「カトレア様、記憶喪失なんですよね?」

「うん」

「……まさか、ルイス様のこと好きになったんですか? この短期間で?」


 淡々と尋問をするかのように、ダイアンはカトレアに質問を投げかける。質問する相手を間違えた、と思ったが、あいにくカトレアは、この使用人か婚約破棄男としか会話する機会が無いのだ。

 最後の質問に詰まった彼女は、もごもごと答えた。


「ち、違う……。その……」


 これは、決してカトレアの話ではないのだ。


「ルイスの態度がよく分からなくて……好きな人ができたと言って、私と婚約破棄をしておきながら、私の元を毎日訪れる意味がわからなくて……」

「…………なるほど」


 ダイアンは、手帳を取り出して何かサラサラとメモを取っている。何か有益なアドバイスを期待して待っているカトレアに、ダイアンは冷たく言い放つのだ。


「それ、本人に聞いてみたらどうですか」と。


 ◇


 陽が落ちる前に、元婚約者はやってくる。

 カトレアは、いつものようにソファに座ってルイスが紅茶を準備するのを待っていた。


「今日は、ガトーショコラだ。中が少しとろっとしているから気を付けて食べてな」

「わあっ、美味しそう……!」


 カトレアの前に差し出された皿の上には艶々としたガトーショコラが鎮座している。一口口に入れれば、少しビターな味が口の中に広がる。甘すぎず、上品な味だ。


(ふふ、ルイスの手土産って、なんでこんなに美味しいのかしら)


 顔を上げれば、ニコニコとこちらを見つめるルイスと目が合ってしまう。彼もガトーショコラを口に入れているが、目線はずっとカトレアにあるのだ。

 これでは、まるでカトレアのことが好きみたいではないか。


(……ダイアンの『本人に聞いてみればいい』って意外と正論なのかもしれない)


 しかし、何を尋ねればいいのだろうか。

 婚約破棄してきた時点で明らかなのに、『私のこと、好きなの?』なんて、的外れな質問をできるはずもない。

 カトレアは、少し考えたあと、ルイスに尋ねる。


「ルイスは……その、最近、『好きな人』と会っているの?」

「……ごほっ……なんだ、いきなり」


 ルイスは紅茶でむせながら、涙目でカトレアのことを睨むように見つめる。質問が唐突過ぎたか、と反省しながら、口元を拭うルイスを見つめる。


「まあ、それなりには、会っている」

「……そう」

「好きなのよね、その人のこと」

「…………ああ、世界一好きだ」


 少し照れるように目線を逸らしながら、ルイスはそう言った。彼の頬は少し赤く、本当にその人のことを愛しているのだと突きつけられたようだ。

 カトレアは、ごん、と鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った。


(どんな答えを期待していたんだろう、私。『あの婚約破棄は嘘だ』とでも言われるのを期待していたのかしら)


 目の前の男は、もうカトレアの婚約者ではないことなんて、ずっと前から分かっていたはずなのに、なぜ今更ショックを受けるのだろう。


(散々、ルイスのことを変な人だって言っていたけれど、これじゃあ、私だって、変な人間じゃない……)


 いつの間にか、自分のために手土産を持ってきてくれるのだと、自分のために紅茶を淹れてくれているのだと、自分のために会いにきてくれているのだと、勘違いしてしまっていたのかもしれない。


(なんて馬鹿なんだろう、私。ルイスは、私のことがもう好きじゃないのに。ここに来るのは、私のお父様から言われたから来ているだけなのに)


 カトレアは婚約破棄された、フラれた側の女である。

 それを自覚すると、なんだか、急に面白くない気分になり、言うはずのなかった言葉たちが、ぽんぽんと口から飛び出していく。


「ルイスって、ここに毎日来る必要あるのかしら」


 急に冷たくなったカトレアの態度に、ルイスは紫色の瞳を揺らした。目線をカトレアから逸らすと、気まずそうにティーカップを置く。


「それは、まあ……」

「暇なの?それとも、“好きな人”とやらに振られた?」

「いや……」


 彼は言葉に詰まった。

 十中八九、『好きな人』と上手くいっていないのだな、とカトレアは感じた。女の勘というやつだ。


(『好きな人』と上手くいっていない、その心の隙間を私で埋めようとしているの?)


 そう思うと、ぎりぎりと胸が締め付けられるように痛くなった。目の奥がじわじわと熱くなり、うっかりすれば、カトレアは、目から涙が零れてしまいそうだった。


「あなたの“好きな人”が悲しむんじゃない? 毎日こんなところに来て」

「……怒られるだろうね。きっと、勝手なことをするなと」


 ルイスは、悲しそうに目を伏せる。


(ああ、まただ)


 彼が婚約破棄を申し出た時と同じ顔。悲しそうなその表情の意味がわかった。それは、きっと、“好きな人”に対して向けられたものなのだ。

 その目線の先にいるのは――――きっと、カトレアではない。


「ごめん。今日はもう帰るよ」


 居た堪れなくなったのか、ルイスは立ち上がった。


「あの、ルイス……」

「……来週から騎士の研修があって、一週間くらい王都を離れる。だから、しばらく来れない。ごめんな。じゃあ」


 振り返りもせず、ルイスはぱたんと扉を閉めて、部屋から出ていった。頑張って、とすら言う暇が無かった。


(一週間も王都を離れるなんて……うん?)


 寂しい、と感傷に浸るよりも先に、ふと、カトレアは部屋を見渡した。

 この部屋は、明らかにアンジュー家の邸宅の中にある、カトレアの部屋である。白とピンクを基調にしたその部屋は、カトレアがこだわって家具を選んだ『アンジュー領にある自室』だ。


(でも、ルイスは言っていた。『王都にいる知り合いは自分だけだから、アンジュー伯爵に見舞いを頼まれた』『研修で王都を離れるから会いにくることができない』と)


 その言葉が真実であるならば、カトレアは今現在、王都にいるということになる。段々と、カトレアは頭がこんがらがってくる。


(婚約破棄と記憶喪失という大問題のせいで、ものすごい矛盾があることに気が付いて無かったわ……)


 アンジュー領にあるカトレアの部屋と王都にいるというルイスの言葉は、両立しないものなのだ。

 ぞわぞわ、と全身に鳥肌が立っていくのがわかる。



(――――じゃあ、ここは、一体どこなの?)





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