9 寮生たちの秘密のパーティ 後編
シビルと並んで宙を飛びながら、マチルダは思い出す。
(私が新入生だった時も、秘密のパーティには抵抗があったんだよね)
ウッド辺境伯の養女になって間もなかった彼女は、学校では真面目に勉強し、良い成績をとり続けなくてはいけない立場だった。
学校の決まりを破るなど、言語道断、と思っていたのだ。
(それで、思いあまって、パーティが始まる前に一人で、メイトランド校長のところに行ったんだっけ……)
シビルをハウスに送り届け、事情を説明したマチルダは、スタッフに乗ってゆっくりとハウスの上空に浮かび上がった。
すでに、シビルが見つかったという情報は共有されている。不安そうな彼女の回りには、笑顔の上級生たちが集まった。
ようやく笑顔を見せたシビルと一緒に、寮生たちはハウスに戻っていった。
「今日の分のパーティは、後日仕切り直しかな」
マチルダはつぶやく。
「そうだな」
返事が聞こえたので振り向くと、ふわり、と隣にヒューゴが降りてきた。
二人の見下ろす視界で、あちこちに点っていた明かりがひとつ、またひとつと消えていく。学生たちが、眠りについていくのだ。
「ねぇ、ヒューゴ」
「ん」
「学生だった時……いつ、気づいた?」
マチルダは、彼を見る。
「秘密のパーティ、実は先生たちもみーんな知ってるって」
ヒューゴは眼鏡を直しながら答えた。
「パーティに誘われた時に、気づいた」
「え、ホントに!?」
「先輩たちが、食材を購買部で買って用意する、と言った。それなら、購買部の人はパーティをやることを知ってることになる。何で秘密にしてくれてるんだ、そういえば購買部の人はここの卒業生だ、じゃあ卒業生の教師なら知ってるはず……となるだろ。伝統のパーティなんだから」
「そ、そっかー。私、教えてもらうまで気づかなかったよ」
「鈍いな」
「何だとう」
魔法学校はガーデールだけではないので、教職員の出身校は様々だ。しかし、ガーデール出身者はかなりの数、いる。
当然、自分たちも秘密のパーティを経験しているので、それが今も引き継がれていると知っているのだった。
二人は、ぐるりと夜空を見回す。
星空を背景にして、スタッフに乗った人影がいくつか、黒々と見えている。密かに見守っていた、教師たちだ。
やがて、ハウスの明かりがすっかり消えると、彼らはスッと四方へ飛び去っていった。
「帰るか」
ヒューゴが短く言い、
「うん、帰ろう」
マチルダも答えたのだった。
こうして、やり直しも含め、その後の秘密のパーティはつつがなく進んだ。グローリアが用意した鉄板で、寮生たちはたらふくタコヤキを作って食べたようだ。全日程は無事、終了した。
元気な子どもたちの声で、今日も校舎内は騒がしい。
ちなみに一ヶ月後、シビルはメイトランド校長に直談判。『魔法の手紙』を試験的に導入することになった。
これは、希望する学生が利用することのできる魔法アイテムである。特別な羊皮紙を相手に送り、そこに自分の姿と声を『載せられる』もの。相手も同じことをすることができる。
「要するにね、新聞の応用なのよ」
メイトランド家の食堂で、トロイラス・メイトランド校長は熱いお茶を一口飲み、言った。
「新聞って、魔法のかかった羊皮紙に、毎日記事を一斉に配信するわけでしょ。同じように、羊皮紙を保護者に送って、それに子どもたちの姿を送るわけ。で、先にその羊皮紙には、手紙を見た人にも同じことが起こるように魔法をかけておくの」
「送り返されてきた羊皮紙を見ると、あちらの姿が映るわけですね。なるほどぉ」
ふんふん、とうなずくマチルダは、手元でスタッフをゆらゆら動かして、火魔法を調節している。
火の上にはタコヤキ用の鉄板が浮いており、鉄板の上のタコヤキはヒューゴのスタッフによって、くるくると回転しながら焼かれていた。
ヒューゴは短く聞く。
「それは、一往復だけ?」
「そ。個人のやりとりだし、新聞みたいに毎日配信とか、大がかりなことはできないわね。学生全員分の魔法羊皮紙を揃えるにはお金もかかるし。とりあえず、希望者だけ試験的にやってみるわ。一人が一月に一回利用できる程度かしら」
「シビル、よく思いついたなぁ」
マチルダが感心すると、校長はフフッと笑う。
「学校の決まりを破らなくても、友達が元気になる方法を、改めて考えてみたらしいわよ。マチルダが色々、説明してくれたんでしょ?」
「私は、『決まりは変えてもいい』って言ったんですけどね。私の時に、校長先生が説明してくださったみたいに」
かつて新入生だった頃のマチルダは、決まりを破ることが不安でしかたなかった。
そこで、パーティの前日、校長室に行った。別の言い方をするなら、秘密のパーティが行われることを『告げ口』あるいは『密告』しに行ったわけだ。
その時、パーティについて教職員の皆が把握済みであることを、彼女は知ったのである。ヒューゴは自力で、その結論にたどり着いたようだが。
マチルダは、照れ笑いをしながら話す。
「校長先生に、決まりよりもまず自分を大事にしなさい、と言われたあの時──私、ずっと緊張していたのが解けた気がしたんです。だから、シビルにももう少しだけ、自由になってほしくて」
「ふふ。……普通はマチルダみたいに、真面目な子って、パーティの前にアタシのところに来るのよね。毎年、一人はいるわ。でも今年、シビルが逃げ出しちゃったのは想定外だったー。反省して次に生かさなくちゃ」
校長は唸る。
「無闇に決まりに従うだけでなく、ガーデールナイトたちには自分の頭で考えられる子になってほしい。そういう意味も込めた上に、ホームシックも解決できてナイトたちの団結が深まる行事だから、やめるつもりはないけど。もっといい案があるなら、それこそ決まりを変えたっていいわけでさぁ」
「ずーっと伝統のままなのは、誰も他の案を思いつかないからですもんね」
マチルダはうふふと笑う。
「何よりも、パーティ、楽しいもの!」
ヒューゴが、ひょい、とスタッフを上に向けると、ふわふわっとタコヤキが宙を舞って皿に着地した。
マチルダは、購買部で仕入れたソースをかける。
校長は、手にした串でプスリとタコヤキを刺した。
「友達のために色々考えて、ホームシックを解決する案を出したシビルは、偉いと思うわ。彼女もパーティ、ちゃんと楽しめたそうよ。……あつつ、んんん美味しっ」
「タコヤキいいですねぇ! ソースも合うー! こっちがソーセージ入り、こっちはチーズ入りですよ。ところで、タコって何?」
マチルダがヒューゴを見ると、彼は答える。
「東の海で穫れる生き物らしい。足が八本ある軟体動物」
「八本足の軟体……? えっ、何、それをこれに入れるってこと? 切って?」
「あらマチルダ、アタシ出張の時に食べたことあるけど、美味しいわよ。ぷりっとした食感がいいの」
「ほ、ほんとですかぁ? うーん、現物は見たくない……切った状態のやつなら、食べてみても……え、本当に? 校長先生、騙してない?」
「騙してない、騙してない」




