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コポ、コポポ。薬草とハーブが鍋で煎じられる音。
グリグリ、グリリ。乾燥させた草や根っこが薬研ですり潰される音。
レッドベア家の老夫婦が営む薬屋の縁側に腰かけてヨワはぼんやりとそれらの音に耳を傾けていた。かれこれ三十分。だがヨワは時間の経過を感じていなかった。ただ頬に五月の風を受けて、さんさんと照らされるコリコの街並み行き交う人々を眺めていた。
今日は土曜日。大学は休講。そして月に一度の診察と薬の処方を受ける日。
ヨワの視線のずうっと先にスキンヘッドの騎士がいた。彼はリンの代わりの護衛だ。今朝、リンからそう紹介されてから彼はちっともヨワに近づこうとしないで遠目で見守っている。本来の護衛ってあんな距離感だったのか。ヨワはまたひとつリンのやさしさを知った。
リンと言えばようやくスオウ王との謁見が叶い、朝から登城している。王はなにせ多忙らしく約束があっても時間通りに会える確率は低いらしい。帰りは何時になるかわからないとリンは言っていた。
あんな王様でも忙しいんだ。ヨワが寸でのところで飲み込んだ言葉だ。
「やれやれ、瞬きをしろ。白昼から幽霊が出たと思われて誰も店に寄りつかんだろ」
「お客が寄りつかないのは前から、アイタッ!」
ヨワは作業場である座敷から縁側に出てきたベンガラに小突かれた。
「まあまあ。最近はシロップのように甘い薬やいいにおいのする薬が人気ですからねえ。うちの古くさい薬を買ってくれる若者はヨワくらいですよ」
ほほほ、と笑いしわを刻んでハジキが笑う。
ベンガラ九十八歳。ハジキ九十六歳。赤いひもとかんざしできっちりと結い上げたそろいの団子頭に、白の作務衣姿が似合いの彼らは治癒魔法の名家レッドベアの老夫婦だ。




