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「なんだ。そんなことより早く逃げなきゃダメでしょ」
「だって、ピンチこそ能力が開花するものじゃない」
おとぎ話によくある演出を口にするユカシイが幼く見えて、ヨワは苦笑を浮かべ髪についた葉っぱをなでるように取ってあげた。
「練習台は私だけじゃ不満なの?」
パッと顔を上げたユカシイが次にどうするかヨワにはすぐわかった。だからユカシイが飛びついてくると同時に腕を広げて受けとめ、ドシンッと尻もちをつく前に魔法で衝撃をやわらげた。
「やだ! それってやきもち? ねえねえやきもち? 先輩かっわいいー!」
力いっぱい首に張りついてくるユカシイの背中をやさしく叩いてやる。はしゃぐ姿に隠したユカシイの震える心が触れ合ったところからヨワに流れ込んでくるように感じた。いざとなれば魔法でどうにかできる自分とは違う。怖くなかったはずがない。
「おい、どうした。なにかあったのか」
そこへリンとダゲン、ロハ先生、バナードが駆けつけた。ヨワは慌ててフードをかぶり口布のボタンを留めた。跳ねるように斜面を下ってくるリンの手にはいつも腰に下げている剣ではなく斧が握り締められていた。そばまでやって来た彼を見上げた時ヨワは安堵した。それを不思議に思ったがリンが騎士だからだと納得した。
「地響きを感じた」
そう言ってリンはヨワとユカシイにさっと目を走らせ、斧を両手に構えると気絶する男たちの元へ向かった。
次いでやって来たダゲンに怪我の有無を聞かれ、ヨワはユカシイとともにだいじょうぶだと伝えた。慌て過ぎて転んだロハ先生を追い抜いたバナードが、手をかざして空を見上げた。そこにはたくさんのカラスがぐるぐると輪を描いて集まっていた。
「いけない。帰ってもらわなくちゃ」




