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うつむいたヨワの耳ににわかに拍手の音が飛び込んできた。いつの間にか夢の場面は様変わりして朝食がケーキになっていた。白いホイップクリームに赤いいちごのショートケーキ。意図的に暗くしたのか、扉も見えない室内をケーキに立てられたたくさんのろうそくがほのかにオレンジ色に照らしている。ケーキの上の板チョコには“ヨワおめでとう”と書かれていた。
「さあ、火を吹き消して」
「ヨワは一回で全部消せるかな」
手を伸ばせば届く距離にシトネとミギリは座っていた。ヨワが火を吹き消すのを今か今かと目を輝かせて待っている。ヨワがくしゃりと顔をゆがめるととたんに心配した。ケーキが気に入らなかったのか。ろうそくの数が足りなかったかしら。どこまでも甘やかすその声をヨワは耳をふさいで必死に聞くまいとした。
どうして今さらこんな残酷な夢を見せるの!?
学校のクラスメイトのように誕生日プレゼントもケーキもいらなかった。ただひとこと「お誕生日おめでとう」と言って欲しかった。カードでもなんでもよかった。給仕の女性が気遣いで用意した砂糖菓子なんてなんの意味もない。
そのひとことが両親からもらえなかった私は、生まれた意味を見失った。
涙が耳に落ちる感触でヨワは目を覚ました。外は暗く、就寝してからまだそれほど時間は経っていないようだった。すぐ隣にユカシイの寝息を感じて、恒例の登山の途中だったことを思い出した。
切なく高鳴る胸を押さえつけてヨワは何度も落ち着いてと自分に言い聞かせた。いつも寝泊まりしている資料室ならあふれるままに泣いているところだが今はそうはいかない。腫れぼったい目をユカシイに見せて心配をかけてはいけない。
大きく息を吸い、月明かりに照らされ黒く浮かび上がった天井の梁を見つめゆっくりと吐いた。今まで悪夢は何度も見てきた。しかし、まるでヨワの願望をそのまま投影したような甘い夢を見たのははじめてだった。




