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狼シェフと愉快なレストラン  作者: ただっち
第1部:水無月編
22/48

回想禄~【天海の陰陽師その4】

 雷さん……旧名【雷閻様】の授業は人気だった。

 10代~高齢まで、どの年齢層からも絶大な人気を誇り、獣人陰陽師の学舎はその度に獣人たちで溢れ返っていた。

 それはそうだろう。

 なにせ、文献に載っているような人物の授業だ。

 それも、彼の獣人陰陽師時代の時の経験に沿った話。

 他の文献にしか載っていないような方々の話など。

 言ってしまえば、生きた化石のようなものだ。

 物珍しく、貴重で古いからこそ大切にする。

 温故知新とはよくいったものだ。

 三将ですらその授業は見に行くほどだ。

 え?僕?

 僕はいかないよ。

 授業嫌いだし。

 義務教育なんて言う敷かれたレールがそもそも嫌い。

 義務だなんていうけど、ほぼ強制じゃん。

 強制して矯正されてるんだよ。

 各国ごとで方針は違うけど、その国その文化を植え付けてるだけじゃないかと、僕は声を大にして言いたいね。

 さておき、そんな勉強嫌いな僕が何をしているのかと言えば、専ら修業である。

 獣人陰陽師たるもの、常日頃より修業せねば霊力の底上げなんか出来ないからな。

 今やっているのは式神(しきがみ)を召喚する術だ。

 式神というのは、特定の札に自然界の力を宿して形作る獣人陰陽師における術の1つだ。

 持続させるのがかなりの力を使うため、いい修業になるのだ。

 ちなみに、一般的な獣人陰陽師が出せる数はだいたい2体が平均だ。

 しかしながら、僕が出せる式神は10体……常人の5倍と言うわけだ。

 さらにその式神を持続させる訳だから、かなりの力を消費し続けるのだった。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 流石に、この数を出し続けるのは厳しいな。

 ちなみに現在僕がいるのは、鍛練場である。

 吹雪様により結界を張られている場なので、この鍛練場ではよほど大きな力を使っても施設が破壊されることはないのだ。

 流石は吹雪様。

 

 「まだまだ……式神召喚!!」

 

 限界に挑戦する。

 僕は更にもう一体の式神を召喚する。

 これで、11体……。

 

 「はぁ……はぁ……ま、まだ……」

 

 あまりの消費の激しさに、僕はその場に膝を落としてしまう。

 せっかく召喚していた、式神たちも崩れ落ち、消えてしまう。

 

 「はぁ……はぁ……くそぉ……」

 

 式神を召喚する事には意味がある。

 勿論、霊力の底上げということもあるが、なにより使える術が広がるのだ。

 単体で使える術は限られている……故に獣人陰陽師は基本的に式神を召喚し、連携して巨大な術を発動させるのが一般的である。

 僕が求めているのは、式神の12体同時召喚してできる獣人陰陽師奥義『破邪(はじゃ)(ほう)』が使えるのだ。

 最強の邪を退ける退魔の術だ。

 これを使えれば、僕は獣人陰陽師としての術はすべて習得したことになるからな。

 

 「道のりは……長そう……」

 

 だ……と言い終わる前に僕は意識を失ってしまった。

 11体出すだけで、ここまで精神力を消費するとは、末恐ろしいな。

 

 

 目が覚めると何故かふかふかとした感触だった。

 ん?

 なんだこの肌触りは。

 

 「あ! 彼岸くん、起きた!」

 「紅葉くん……!!」

 

 僕は気づいた。

 今自分は紅葉くんに膝枕をされていることに。

 その瞬間僕は顔が真っ赤になった。

 

 「こ、紅葉くん!! な、なんで……」

 「彼岸くんを探してたら、ここにいるんじゃないか~って吹雪さんが教えてくれてね。 行ってみたら彼岸くん倒れてるんだもん。 だから、とりあえず介抱しなきゃな~って思って、僕の膝に頭を乗せてうちわで扇いでたんだよ」

 

 もう、こういうことするところが、この子の優しさが溢れ出てる証拠なんだよな。

 可愛いを通り越して、もういとおしいよ。

 

 「大丈夫? 彼岸くん」

 「うん、大丈夫」

 

 僕が身体を起こそうとするけど、紅葉くんはそれを止める。

 

 「だめ!まだ安静にしてないと。 気絶してしまったときは、脳震盪とかが考えられるんだから、いきなり身体を動かすと血液の流れが……」

 「詳しいね……紅葉くん、お医者様なのかな?」

 「うん……まあ、お医者さんを目指していた時もあったかな。 とりあえず知識だけを習得した感じだよ」

 

 習得した感じだよって、医学知識を僕と同い年でここまで得ているのは、それはそれで凄いけども。

 

 「紅葉くんは、お勉強好きなの?」

 「いいや……むしろ、嫌い。 知識は得られるけど、実用的じゃないものとかも多いからね」

 「僕もお勉強嫌いだな……」

 「じゃあ、僕たちおんなじだね♪」

 

 そう言ってパタパタと尻尾を動かす紅葉くんは、本当に本当に可愛らしい。

 って、僕はこの物語が始まってから何度彼を可愛いと言ったのだろうか。

 でも何度も連呼したくなるほどに、紅葉くんは可愛いのだ。

 

 「うーん……でも、紅葉くんって勉強嫌いだけど色んな事を知ってるよね」

 「いやいや」

 「どれくらいの知識があるの?」

 「そうだな……お兄ちゃんが生きてた時に色々と勉強面はお兄ちゃんにくっついて色々見てたからね……ぶっちゃけ、お兄ちゃん位はあるのかもね」

 「そうなんだね」

 

 とは言ったものの、僕は一部とはいえ知っている。

 紅葉くんのお兄さんが天才児であることを。

 そして、博士号を複数所持している程の博識者であることを。

 つまるところ、そんなお兄さんとおんなじと言うことは、少なくとも紅葉くんは大学院生レベルの学力は有しているのだ。

 僕はただただ凄まじいと思った。

 同い年で、こんなにも無邪気な子がそこまでの知識を持っていることに。

 下手をすると、この子だけで世界征服とか出来ちゃったりして。

 なんて考えると少し怖いけれども。

 まあ、紅葉くんはそんな事はしないだろうからね。

 

 「彼岸くん、どうしたの?」

 「あー、いや……紅葉くんの膝枕気持ちいいなって思って」

 「えへへ。 でしょでしょ。 雷さんなんかよくやってくれって言ってくるよ」

 「ふ、ふーん……」

 「でも、雷さんを膝枕してあげると、毎回首もと触ってきたり、胸元触ってきたりするんだよね」

 「犯罪の匂いがする」

 「あと一番よくわからないのは、僕の下腹部に顔を押し当ててなんかクンクン匂い嗅いでたな。なんか、ちょっと恥ずかしかったもん。 だってあそこっておしっことか出すところだし……」

 「いや、犯罪決定だなこれは」

 

 なんて危険な人なんだろうか。

 そんな人がやってる授業が人気とか……世の中恐ろしいな。


 紅葉くんを守護する最強の元殺し屋【冷血の狩狗】。

 彼の名前は裏社会ではよく知られている。

 戦争を勝利に導くために、数千の兵士を返り血も浴びずに無傷で殺したとか。

 悪徳金融を潰してほしいという依頼は、やつらの根城である建物ごと爆破したとか。

 とある軍事施設の職員を皆殺しにし、囚われていた実験体たちを逃がしたり……などなど。

 常識的範囲を越えた動きを見せる事が多いという。

 しかしながら、彼の仕事は数週止まっていた時期があるんだって。

 そこが、ちょうど紅葉くんと紅葉くんのお兄さんである楓博士を守っていた時期らしいのだ。

 なにやら、楓博士は雷さんに直々にお願いをしたらしいとのことで、その弟子である冷血の狩狗はその任務を引き受けなければならなかったらしいのだ。

 だが、彼は任務に失敗した。

 その結果、紅葉くんのお兄さんは死んでしまった。

 それ以降、冷血の狩狗の名前は裏社会で聞かなくなったらしい。

 噂で流れていたのは、冷血の狩狗はとある少年の警護を命を懸けて遂行するために裏社会から足を洗った……と、デマ扱いにされた噂が流れたことがあったらしい。

 だが実際に見てみると、冷血の狩狗は紅葉くんの警護をしている。

 ということは、あのデマはデマではなく、真実だったのだろう……と言わざる終えないよね。

 ん?

 なんで、僕が裏社会事情に詳しいかって?

 そりゃあ、獣人陰陽師だもの。

 表も裏も存在する組織ですからね。

 表向きの仕事も、裏向きの仕事も……そこに邪なる力があるなら退治するのが、獣人陰陽師ですからね。

 

 「ナイトさん、ナイトさん」

 「ん? なんだい? 紅葉」

 「抱っこして抱っこ!!」

 「いいよ」

 

 ひょいっと紅葉くんをお姫様のように抱き上げる冷血の狩狗さんを見ながら僕はそんなことを考えていた。

 今は夕暮れ時……赤が空を埋め尽くす時間帯だ。

 雷さんの授業も既に終わっており、吹雪様たちや他の三将、それから兄弟子たちは例の儀式の準備を行っている。

 なにせ、大がかりな上に通常の業務もあるからな。

 そりゃあ、数週はかかってしまうよ。

 

 「彼岸くん、彼岸くん!!」

 

 と、紅葉くんはこちらに向かって手を振っている。

 あんなにも明るい笑顔ができるだなんて……すごいな。

 

 「あははっ」

 

 と、僕も手を振り返す。

 紅葉くんは嬉しくなると尻尾が良く動くみたいで、今はまさにブンブン動いている。

 可愛いな。

 

 「ナイトさん、ナイトさん」

 「なんだい、紅葉」

 「顔もふもふしていい?」

 「いいよ」

 

 いいんかい!

 と言いたくなるけど、まあ二人にとってのコミュニケーション方法なのだろうなあれは。

 あー、紅葉くんの触り方凄いなー。

 冷血の狩狗さんですらデレデレになってるじゃないか。

 あんなのはどこで学んだんだか……。

 お兄さんから教えてもらってたのかな?

 

 「紅葉、くすぐったいよ」

 「えへへ♪ ナイトさんの毛並みは相変わらずもふもふですな」

 「まあ、昔からこんなんだからね」

 「うわーい、もふもふぅ♪」

 

 紅葉くんは顔を冷血の狩狗にすり付けている。

 いやいや、気づいて紅葉くん。

 そんな過激すぎるスキンシップして、冷血の狩狗さん……顔が真っ赤だよ。

 

 「こ、紅葉……そ、そろそろやめに……」

 「うん、わかった。 ありがとう、ナイトさん♪」

 

 ひょいっと、紅葉は冷血の狩狗の腕から降りると、僕に気づいてこちらにやって来た。

 

 「やあやあ、彼岸くん。 僕とナイトさんのサービスシーンどうだった?」

 「サービスシーンとか……なんだろう、単にもふもふしてただけなのに、凄く卑猥に聞こえるよ」

 「えへへ。 ナイトさんの毛並みは、凄く柔らかいんだ♪ 僕もお兄ちゃんもナイトさん好きだからね」

 「毛並みが?」

 「ううん。 ナイトさんのことが、だよ」

 

 紅葉くんは確かにそう言いきった。

 僕には理解できない。

 彼のお兄さんはいざ知れず、紅葉くんにとってはお兄さんを守れなかった人なはずなのに。

 普通ならば憎んでてもおかしくないはずなのに。

 なぜなんだろうか。

 

 「どうしたの? 彼岸くん。 ちょっと、怖い顔してるよ」

 「あぁ……ちょっと、考え事をね」

 「ふーん……」

 「そうだ。 ねぇ、紅葉くん。 今日の夜って暇?」

 「うん。 というか、年中有休状態だから、いつでも暇」

 「じゃあさ、今日の夜にまたお団子食べながらお月見でもしない?」

 「うん♪ やろやろ♪ あ、でも前みたいになると大変だからな……」

 「じゃあ、冷血の狩狗さんも一緒にどうかな? ここ連日、酒ばっかりだと身体が持たないでしょうに」

 

 雷さんたちがやって来てから、毎夜毎夜恒例のように宴をしているんだけど……なにぶん、雷さんと吹雪さんは強すぎるから、基本的に冷血の狩狗さんと兄弟子たちが泥酔してのびちゃってるんだよね。

 だから、肝休日という意味合いと、少しばかり個人的に聞いてみたいことがあるから……。

 だから、この提案をしたのだ。

 

 「どうでしょうか? 冷血の狩狗さん」

 

 と、僕は大きい声で彼に問う。

 まあ、この距離だから紅葉くんと僕の会話程度、聞こえているはずだ。

 だから、現状は把握しているはずさ。

 

 「あぁ。 せっかくのお誘いだから、受けさせてもらうよ」

 

  そう彼はいった。

 確かに言った。

 よし、思惑通りだ。

 

「うわーい、うわーい♪ ナイトさんと、彼岸くんでお月見お月見♪」

 

 紅葉くんのこのテンションには心苦しい限りだが……仕方がない。

 僕は知りたいのだ。

 冷血の狩狗がどんな気持ちで彼を守っているのかを……。

 そして、彼は何を隠しているのかをね。

 

 

 そして夜になった。

 展開早いでしょ。

 巻いてくよ~。

 

 「えへへ、ナイトさんここきれいだよね♪」

 「そうだな……綺麗だ」

 

 僕の秘密の庭で、3人で仲良くお団子を食べていた。

 月を見ながら、月見団子。

 別に十五夜にだけやる決まりではないからね。

 見たいときに見る。

 食べたいときに食べる。

 それこそが、一番大切なのだ。 

 

 「それにしても、ここの団子はうまいな……これまで食べた甘味もので一番旨いと思うぞ」

 「冷血の狩狗さんって、甘いもの好きなんですか?」

 「まあ好きだな。 紅葉と、食べ歩きしているうちに、すっかりハマってしまった」

 「紅葉くんと?」

 「うん! 僕、甘いもの好きだからナイトさんにお願いして色んなところに連れてって貰ってるのです♪」

 「へぇ……」

 「こないだは、ワッフルが食べたかったのでベルギーまで行って来ました。 その前は、杏仁豆腐を食べに中国に……」

 「店じゃなくて、国巡りじゃん!!」

 

 どんな規模の食べ歩きだよ。

 食通たちさえも中々出来ない食べ歩きだぞ。

 

 「このお団子はどこで作ってるんだ?」

 「あぁ、これは僕が作ってるんですよ。 なのでお手製です」

 「え、これ彼岸くんが作ってるの? すごいすごい‼」

 

 ほーら、尻尾がブンブン動いてるよ~。

 可愛いよ~この子。

 

 「彼岸くんは料理得意なんだな」

 「いや、団子だけだよ。 それ以外は、てんでダメだね」

 「凄いな~♪ 僕、このお団子食べれるなら彼岸くんと結婚してもいいよ」

 

 ガタッと、僕と冷血の狩狗は思わず体勢を崩して転んでしまった。

 キョトン顔な紅葉よ……君、今とんでもないこと言ったんだぞ。

 自覚しろ自覚。 

 

 「ん?二人ともどうしたの?」

 「冷血の狩狗さん。 紅葉くんっていつもこうなの?」

 「うん、そうなんだよ。こいつ頭はいいんだけど……どこか、外れてるんだよな」

 「えへへ……そんなに褒められると照れるよ」

 「「褒めてないから」」

 

 おっと、冷血の狩狗さんと被ってしまったぜ。

 

 「そうだ、冷血の狩狗さん。 あなたに聞きたいことが……」

 「ん?」

 「できれば、二人で話したいんですけど……」

 

 と、ちらっと団子を食べてる紅葉くんを見る。

 あの性格だと、別の場所に移動するなんて事をしたら付いてくるもんな……。

 

 「あぁ。 紅葉」

 「ん?なに?ナイトさん」

 「ちょっとおいで」

 

 そうナイトさんが言うと、団子をおいて、コロコロっと転がりながら冷血の狩狗さんの方へ移動する。

 いや、紅葉くん。

 そこは、歩こうよ……。

 

 「ほら、膝枕してやるぞ」

 「うわぁぁい♪ 膝枕♪ 膝まく……zzz」

 「これでよし」

 「はやっ!!」

 

 紅葉は冷血の狩狗さんの膝の上に寝転んだだけで、もう寝息をたててすやすやと眠っている。

 いくらなんでも、寝るの早すぎだろ。

 

 「さてさて。 彼岸くん。 おおよそ察しはついているよ。 あれだろ? 君が俺に聞きたいのは、『何故紅葉の兄を守れなかったのか』そして『何故紅葉はあなたを恨んでいないのですか』とかそんなところか?」

 「ドンピシャです……流石は冷血の狩狗さん」

 「まあ、君が紅葉を口実にして俺を誘った時点で、なんとなくそんな気はしていたんだ……だって、君って僕と紅葉を見るときに、よく不思議そうな顔をしていたから……よく怖い顔をしていたからね」

 

 持っていた団子を起き、膝ですやすやと寝息を立てている小さな子供の頭を彼は撫でる。

 嬉しそうに笑顔を浮かべ、紅葉は眠り続ける。

 

 「僕には分かりません……何故、家族を守れなかった男を紅葉が許せているのか。 普通ならば、僕の歳くらいならば平気でそういう恨みとか復讐とかの道に走ってしまいそうだと思います」

 

 少なくとも、僕ならばそうするだろう。

 大切な、それも最愛の兄なんてものがいたら、奪われたときの絶望感と言うのは想像するだけでも苦しい。

 悲しいし、辛い。

 奪ったやつを憎む。

 憎い憎い憎い……そう考えるはずだ。

 

 「紅葉はね……」

 

 と言い、彼は一呼吸置いてから話を続けた。

 

 「紅葉はね、確かに……俺の事を恨んでいるのかもしれない。 俺の事を許せないと、心では思っているのかもしれない。 でも、こいつはそれを表面に出してくれないんだ。 だからこそ……俺は辛い。 普通ならば、君のいった通り、復讐だとか憎しみで埋まってしまうだろう。 苦しさや悲しさをまぎらわすために、殺意を覚えるだろう。 その方が、俺にとってもどんなに楽なことなんだか……怒りのままにぶつかられたほうが、どんなに……」

 

 月夜に光輝く雫がポロポロと紅葉に降り注ぐ。

 彼は……冷血の狩狗さんは泣いていた。

 心が苦しそうに。

 そして、懺悔のように。

 

 「冷血の狩狗さん……」

 「おっと、悪い。 つい、涙が……。 えっと、これで君の問いには答えられたかな?」

 「えぇ……おおよそは……」

 

 流石にこの状況で『どうして紅葉くんのお兄さんを守れなかったのか』と言うことの答えを聞くわけにはいかない。

 そこまで僕は残酷ではない。

 紅葉くんの事を聞くだけで、苦しそうにしている人を更に苦しめるなんて……。

 この人は、苦しんでいる。

 この人は、後悔している。

 きちんと苦しんで、きちんと後悔している。

 それが分かっただけで充分だ。

 

 「冷血の狩狗さん。 失礼しました。話すだけでも辛いお話を強要してしまって」

 「いやいや、大丈夫大丈夫。 流石にこいつの兄を死なせてしまった話をしてくれなんて言われてたら、お前を埋めて……おっと」

 

 そう言って冷血の狩狗さんは可愛らしく口にチャックをした。

 え?

 僕埋められちゃってたの?

 あぶねぇ……ナイス判断、僕。

 

 「どうした?彼岸くん。 やけに震えているけど」

 「い、いいえなんでもないですよ」

 

 殺し屋にさらっと殺すと言われる恐怖心というのを僕は今誰かに教えてあげたい。

 これほどまでに、全身が震えるものなんだね。

 笑えない。

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