これは想定外です。
あの婚約騒動から5年と少し経った。当時8歳だった私も昨日14歳の誕生日を迎えた。
14歳の誕生日というのはこの国の人間にとって重要な意味を持つ。平民にとっては自分の魔力量を知る日であり、貴族にとっては誕生会として周囲に魔力量を知らしめる日である。公表された魔力量に偽りがあってはならないので、王宮から来た選定役人立会いの下、参加者に魔法石の色を示すのだ。
私も貴族の一員として当然のように誕生会を開き、役人の目の前で魔法石に触れた。
その結果、石が示した色は「黒」。
私は5年に及ぶ過酷な魔力量の底上げの結果、数百年に1人と言われる程の魔力を得たのだ。
婚約から今に至るまでの日々は本当に辛かった。毎日毎日、自分の魔力が底をつくまで魔法を行使しては気絶することを繰り返していた。魔力が底をつくどころか生命維持に堪えるラインまで行き、命が危うくなったのは1度や2度のことではない。何度も昏倒しては寝込み、父や母や兄が枕元で泣いていた。
父は「私に力がないばかりに…。」と、嘆き、
母は「女の子なのにこんな目にあわせてしまってごめんなさい。」と、謝り、
兄は「俺がこんな提案をしてしまったばかりに…。」と、後悔していた。
それでも、私は諦めなかった。心の中で、心配をかけてしまっている家族に何度も謝りながら、無茶をし続けた。何度も寝込んだので、周囲からは「病弱な令嬢」だと思われるようになった。
魔力量を上げる訓練の傍ら、学べる知識は何でも吸収した。政治、経済、歴史、天文、算学、音楽、交渉術、話術、マナー、ダンス、そして魔法学までも。魔力の底上げが成功した結果、養成学校に入ることができたら、そこでよい成績を取れるように、周囲の人間に恥じることなく過ごせるようにと、両親がありとあらゆる伝手を使って優秀な講師を探してくれた。本当は魔法学に関しては、養成学校に入った者しか学べないのだが、父親の知り合いで引退した魔法院のグレイさんというおじいさんが、ほんの触りだけと、魔力を行使する理論だけ教えてくれたのだ。
家族が、私が養成学校に入れると信じて支えてくれているのが、何より嬉しかった。
こうして、私の5年間は、勉強と訓練だけに費やされた。子供らしいことになんて、ほとんど時間を割かなかった。
…その結果、見た目はともかく、女の子らしいとは言い難い性格に育ったのは仕方ないことだ…たぶん。
これだけの努力をしても、魔力量を規定量まで上げられるという絶対的な確信は持てなかったので、14歳の誕生日まで、魔法石は決して触らないと決めていた。
―――そして、私の必死の努力が実を結んだことを知る。
祈るように手を触れて、魔法石が漆黒に染まった時、私は最初は状況が理解できずにポカンとしていた。
その後、じわじわと嬉しさがこみ上げる。
やっと…、これで婚約破棄のための一歩を踏み出せた。
私の5年間は無駄にならなかった。
気持ちが高ぶって、目じりにジワリと涙がにじむ。
その気持ちのままに両親を見つめる。固唾をのんで見守っていた両親は、予想以上の結果に、半分呆然としながらも涙を浮かべて喜んでくれた。兄は「よくやった。」と言いながら強く強く抱きしめてくれた。
この様子を眺めていた招待客たちは、しんと静まり返ったあと、さざ波のようにざわめきが広がっていった。
「彼女も『黒持ち』だと!?」
「まさかそんな…」
「病弱という噂ではなかったの?!」
「1か月前に公爵子息も『黒持ち』と公表されたばかりだぞ!」
「同じ年に『黒持ち』が2人という前例は耳にしたことがない!」
「2人目の化け物か。」
「何かが起こる前触れなのかしら…恐ろしい。」
好意的な視線は少なかったけど、成し遂げたという嬉しさの最中にいた私に、周囲の騒動はあまり気にならなかった。自分が「黒持ち」になってしまったことは分かっていたが、そこまでの大事とは思わなかった。歴史の中での「黒持ち」は、国に貢献した偉大な者として書かれていたからだ。
しかし、これは大変な事態であり、国王陛下に報告されることとなった。
同じ時代、それも同じ年に「黒持ち」が2人も出るなどということは、この国始まって以来のことであり、国の重臣たちを大いに悩ませることとなる。何せ前例がないので、どう扱っていいかもわからない。
2人目の「黒持ち」が現れたと正式に公表され、厄災の前触れでないのかと、貴族に間でまことしやかに囁かれるようになったころ、コートジュール子爵家に国王陛下直々の書状が届く。
王宮勤めの仕立ての良い文官の制服に身を包んだ使者は、恭しく書状を広げて読み上げた。
そこには、王命としてのサヴァン伯爵子息との婚約破棄と
新たな婚約の旨が書かれていた。