選択肢
あの子こと五月雨音羽は、愛称オトちゃんは妖怪世界の住人として生きることを選んだ。
音羽はどうやら、自分はただの人間ではないことを自覚しており、色々な親戚のところを移動して暮らすくらいなら、本来居るべきここの世界で暮らした方が気が楽だとそう言って、時雨に迷いもなくそう伝えてきたのだ。
鬼火さんのところに暮らすことになるけど、良いのですか? と時雨はそう尋ねれば、音羽はあの時動揺していただけで本当は良い人だってわかっていたから大丈夫だと、妖怪世界に迷い込んで来てから初めて綺麗に微笑みつつ、こう答えてくれたことに安心し、保護者となる本人が現れるまで人間世界と妖怪世界、そしてこの喫茶店の関係性について、幼い彼にも分かりやすく説明することにしたのだった。
時雨が説明し終わり、わからないところの説明をし終わった時のことだった。タイミングを見計らったのように現れた鬼火の手を取って、音羽はこれからよろしくお願いしますと顔を見てそう言った。その言葉に対して返事を聞いた後、時雨達の方へと振り返って、ありがとうシグさん、紀一さんとそう言って手を引かれるがまま、この喫茶店をあとにして行った。
妖怪達以外にお礼を言われることに慣れていない時雨は、照れるように微笑んでいたことは紀一は見逃しはしなかった。珍しくからかうような表情を浮かべながら、ほんのりと赤くなった時雨の頬を撫で、またまた珍しく強気な態度でこう宣言をした。
「あのさ、俺もお前の意見に妥協したんだから俺の意見も聞いてくれるよな?
俺、ここから写真について学べる専門学校に通うから……ああ、ちなみにこれは拒否権がないから!」
前々から知っていたが、そう言うことまでしてそうしたいと願うものがなかったため、今まで実行してきていなかっただけで、紀一は今回実行したこの作戦に時雨が抵抗出来なくなると知っていてそうした。
そう、最近の……と言っても紀一に心を許すようになってからの時雨は、押しに弱くなっている。だから、強気な態度でそう頼めば流されてしまうと言うことをわかりつつ、そう言う態度で言ったのだ。
「……それぐらいなら、良いですけど?」
――やっぱり素直じゃないね、時雨は。
そう考えながら、いつもの穏やかな表情、優しい声へと戻り、紀一はありがとうとお礼を言ったのだった。
喫茶店『狐火』〜変化編〜【完結】