5話目 白髪のハーピー
光の板のようなメニューは、視界の中央に静かに浮かんでいた。触れている感覚はないのに、視線を向けるだけで、内容が自然と頭に入ってくる。
その中で、真っ先に目に飛び込んできた項目があった。
【ダンジョン名を決定してください】
「……名前、か」
思ってもみなかった問いだった。
いや、管理する以上、名前が必要なのは当たり前なのかもしれない。
でも、頭の中に浮かんだ名前は、一つしかなかった。
理由は、単純だった。
カレンを助けたい。
そして、ここは円頓寺家の裏山だ。
この場所と、このダンジョンを、他の何かにしたくなかった。
「円頓寺ダンジョン」
声に出した瞬間、メニューが淡く光る。
――名称を確認。
――ダンジョン名【円頓寺ダンジョン】を登録しました。
どこかで、歯車が噛み合ったような感覚があった。
次の瞬間、文字が一気に更新される。
【ダンジョン生成ポイント:1000】
「……千」
多いのか、少ないのか分からない。それでも、“ゼロではない”という事実だけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。
さらに、画面が切り替わる。
【初期ボーナスセットを付与します】
【特典確認中……】
一拍、間が空いた。
そして。
【特典:人類初のダンジョン作成者】
【報酬:モンスターガチャ(金)×1】
思わず、目を見開いた。
「……人類、初?」
つまり、俺が最初に“作った”ということなのか。あの日、世界中にダンジョンは現れた。それでも、誰かが意図して作った例は、まだ存在していない。
偶然でしかなかったはずの出来事が、また一つ、特別な意味を持ってしまう。
モンスターガチャ(金)。
金、という言葉が、妙に現実的で、同時に不安を煽る。普通に考えれば、良いものが出るのだろう。けれど、それが本当に“制御できる存在”なのかは分からない。
俺は、メニューを見つめたまま、しばらく動けなかった。
ここで引くべきか。
それとも、もっと理解してからか。
円頓寺ダンジョンは、今、確かに生まれた。
そして、その最初の選択が、これからのすべてを決める気がしていた。
迷っていても、仕方ない。
考えれば考えるほど、不安ばかりが膨らんでいく。だったら、まずは一歩踏み出して、その結果を見てから考えればいい。
「……とりあえず、引いてみるか」
俺は、そう呟いた。
円頓寺ダンジョンは、まだ何も始まっていない。壁も、通路も、モンスターも。全部、これから作る。
なら、最初の一枚は、運に任せてもいい。
視界のメニューに、【モンスターガチャ(金)】の項目が浮かび上がる。意識を向けるだけで、選択できるのが分かった。
不思議と、怖さはなかった。
それどころか。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
幼い頃、裏山で秘密基地を作ろうとした時の感覚が、蘇ってきた。何もない場所に、自分たちだけの空間を作る。大人には見つからない、特別な場所。
完成するかどうかなんて、考えていなかった。
ただ、作ること自体が楽しかった。
今の感覚は、それに近い。
このダンジョンは、誰かを傷つけるためのものじゃない。
誰かを守るための場所にする。
そう思えたからか、自然と口元が緩んだ。
「……ちょっと、ワクワクしてきたな」
メニューに手を伸ばすような感覚で、俺は選択を確定する。
【モンスターガチャ(金)を実行します】
その表示が現れた瞬間、洞穴の奥で、何かが動いた気がした。
円頓寺ダンジョンの、最初の一歩。
それは、秘密基地作りの続きを始める合図でもあった。
俺が何かを選ぶ前に、ガチャは答えを出した。
ゴウン、という低い音が止まり、次の瞬間、内部で何かが弾けるような感覚が走る。金色の筐体が、ひときわ強く光った。
【モンスターガチャ(金)結果を確定】
「え、ちょっ――」
言い終わる前に、ガチャの正面が開く。
中から溢れ出したのは、羽だった。
白でも黒でもない、わずかに銀色を帯びた羽毛が、空中に舞う。風が吹いたわけでもないのに、自然と広がり、洞穴の中を静かに漂った。
そして、その中心から、一人の白髪の女性が姿を現す。
人型。
だが、背中には大きな翼。
黒を基調としたスーツをきっちりと着こなし、無駄のない動きで地面に降り立つ。その仕草は洗練されていて、まるで長年仕えてきた秘書のようだった。
冷静そうな目元。
整った顔立ち。
感情をあまり表に出さない、クールな雰囲気。
ただし。
着地の瞬間、わずかにバランスを崩し、コツン、と額を壁にぶつけた。
「……失礼しました」
何事もなかったかのように姿勢を正すが、少しだけ赤くなった額が、完全には隠しきれていない。
「……」
俺は、しばらく言葉を失っていた。
視界に、メニューが重なる。
【召喚完了】
【種族:ハーピー】
【役割:ダンジョン秘書】
【ランク:A】
続けて、能力一覧が表示される。
【眠りの唄】
【活性の唄】
【死の唄】
【守護の唄】
「……唄、系なんだな」
呟くと、ハーピーは一礼した。
「はい。私の唄は、ダンジョンとその管理者を補佐するためのものです」
声は落ち着いていて、よく通る。感情の起伏は少ないが、言葉遣いは丁寧だった。
「私は、円頓寺ダンジョン所属、秘書型ハーピーです。以後、管理補助を担当いたします」
完璧な自己紹介。
なのに。
一歩下がった拍子に、翼が壁に引っかかり、ガサッと大きな音がした。
「……」
「……申し訳ありません。空間把握に、やや難があります」
淡々と言うが、明らかにドジだった。
それでも、不思議と安心感があった。
強そうだ。
危険そうでもある。
けれど、無闇に暴れる存在ではない。
最初のモンスターが、彼女でよかったと思いながらもドジっぽいのはもしかしたら、、、
不安になった。
しかし円頓寺ダンジョンは、今、確かに動き出した。
そして俺の隣には、スーツを着た秘書ハーピーが、静かに立っていた。
ここから始めるんだ。円頓寺ダンジョンを。
「唄を聞かせてほしい」
「分かりました。ではお聴きください」
「zzzグぅ、、、」
間違えて眠りの唄を歌うドジなハーピーであった。
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