Lesson2 騎士の瞳に完敗
ペルラが吸血鬼の身体を深々と切り裂いてから五分。彼女の現状はというとーー終わることのない持久戦を強いられていた。
(拙い。いかに『純血種』とはいえ、まかさここまでの再生力を持っているなんて……)
吸血鬼の男は傲慢で、驕り高ぶった強者の典型だったが、それに見合うだけの実力を兼ね備えていた。
そして何よりも環境が悪い。
満月の下での『純血種』の不死性には凄まじいものがあった。今までに数多の吸血鬼を屠り、先ほどから戦い続けているぺルラだからこそ、その厄介さが実感出来た。
断面から一瞬煙が上がっているのをみるに、『銀の戦士』の特性は吸血鬼特有の弱点を突き、確かに効果をあげている。
にもかかわらず腕や足はもちろん、頭を吹き飛ばされても再生してしまう。眼前の敵の生命力は月の光に直結しているかのようだ。
一切の防御を省みず続く猛攻に、ぺルラは持久戦を強いられていた。
人狼すら即死させる程の『銀の戦士』の攻撃を受け、その箇所を抉り取られながら、しかし吸血鬼は余裕の笑みすら浮かべて再生させてしまう。
「ははは、どうやら手詰まりの様だなあ!」
吸血鬼の腕力を使った大振りな反撃は、恐るべき速さと威力ではあるが、冷静に受け流すペルラにはかすらせる程度ーーしかし、彼女は一撃でも直撃を喰らえば死ぬのだ。
そして、吸血鬼の力は何も純粋な腕力だけではなかった。
時に全身を蝙蝠の群れに変えて翻弄し、四方から囲い込んで少しずつ削り取るように彼女を傷つける。
そして今度はペルラの背後へと再び集まり実体化。その死角から素早く不意を打ってきた。『銀の戦士』でガードするが、甲冑の一部が破損。
「どうした、自慢の甲冑がボロボロではないか?そろそろ兜を脱いで楽になったらどうだァ!」
勝ち誇る吸血鬼。
しかし、一連の攻防と言動は、ペルラにある秘策を閃かせていた。
「そうですね、その通り……その手があるじゃなあないですか。貴方の言う通り『兜を脱ぎましょう』!!」
ぺルラの宣言と同時に。『銀の戦士』が防御甲冑を吹き飛ばす様に脱ぎ捨てた。瞳に鋭い眼光を宿し、刺突の連撃を繰り出す。
防御力を犠牲に軽量化された分さらに速度が増した剣撃は、目にも留まらぬどころか分身しているようにも見える。
ドドドドドドド「オグぁあ」ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド「ぶげあああっ」ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
剣先が空気の壁を突き破る轟音の合間に、再生速度を上回られた吸血鬼の断末魔が響いた。
★★★
「はあ、はあ……ごほ、はあ、はあ……」
一瞬たりとも気を抜けない六分を超える激闘、そして初のボディパージに無酸素運動のラッシュまで行った結果、ぺルラは激しく消耗していた。
(いけない、戦っているうちに大分距離が離れてしまった……まだ戦闘は続いている。早くミイさんの援護に戻らなくては)
パチパチパチパチパチパチ
不意に拍手の音が響き渡った。
その音に向けて視線を走らせれば、拍手をしている相手は満月の中に佇んでいた。
「なん……ですって……?」
ペルラは戦慄した。
全く予想だに出来なかった。
まさか、本来群れることのない吸血鬼の同族が、もう一体いるとは思わなかったからだ。しかも、先程の個体よりも明らかに強い。
「素晴らしい、まさかジャンを斃すとは。碌に戦えるものなどいない辺境と侮っていたが、なかなか楽しませてくれる」
吸血鬼とは本来その強大な力に比例した自尊心を持つ怪物である。そして、弱者を見下す側であり、他者に遜るような存在ではない。先程斃した吸血鬼は間違いなく『純血種』だった。つまり、今眼前にいるのは、
「初めましてお嬢さん、私はポリンキー伯爵。吸血鬼の最上位『始祖』だ。」
To be continued...