Lesson1 満月が綺麗ですね
リクエスト企画で素敵な原案を頂き執筆。完結させると心の中で思ったので、スデに全部書き終わっています。
◯清坂正吾 さま
→ローファンタジーの異能バトル
◯みぃ さま
→ジョジョモチーフのお話(4〜6部が特に好き)
太陽が沈んだ空の下に風の音だけが聞こえる。
それは、ぽっかりと空いた心の空洞を吹き抜ける寂しさの音だった。
満月。
欠けることのない真円の月が、ルーマニアの空に浮かんでいた。
人間は暗闇では視覚を制限される。
数多の怪物と戦う異能をもつ聖職者であってもそれは例外でない。
だから、たとえあえかな月明かりであっても、あるとないでは夜間戦闘における戦いやすさは雲泥の差となる。
そういう意味で言うのなら、今夜はいい夜だった。
しかし――。
「最悪の夜ですね」
清坂ぺルラは珍しく悪態を吐いた。
東ヨーロッパ聖職者教会のエースには珍しい言動だった。
しかし、それも無理ないことだろう。
おおよそ考えうる限り、最悪の条件の揃った夜だったのだから。
月の満ち欠けは人間の視覚だけでなく、時に闇の怪物の力にも影響を及ぼす。
そして、闇の怪物の中には月の力を味方につけることに特化した種族もいるのだ。
――吸血鬼。
それは、元々が極めて強力な力と不死性を持つ上に、月の満ちた夜ほどその能力が増幅される種族である。
異界よりブラン城に吸血鬼が転移してきたとの報があった。
城への道はすぐに封鎖され、教会の先遣部隊により大規模な封魔結界が張られている。
しかし放置すれば結界はすぐに破壊され、民間人にも多大な被害が出るだろう。
ゆえに、最悪の化け物に最悪の力を与えてしまう最悪の月が昇る中、齢17にしてルーマニア最強の特級聖職者であるペルラは戦わねばならなかった。
「本当、最悪……ミイさんもそう思いませんか?」
気分直しに軽口でも交わしてみようと思った相手は、ぺルラのフォロー要員として同行しているアジア系の二級聖職者。
つい最近、ルーマニア教会に雇われた日系人で、20代後半に見えるが年齢は不詳。『回転』という特殊な技術をもっていると噂になっていたがペルラは本日が初対面だった。
正直期待はしていない。さほど興味もない。せめて自分の足手纏いにはなってくれるなと願うばかりだ。
「いいえ、大したことはないんじゃないかしら。」
予想外の返答に驚いたぺルラは、初めて彼女の方をまじまじと見た。そこでぺルラはミイに歴戦の強者特有の雰囲気を見てとり、彼女に対する評価を上方修正する。
命がけの戦闘で大切なのは術師のランクや単純な力の大きさよりもむしろ、覚悟や機転や経験だと知っているからだ。
「だって、今夜は、私と貴女の二人掛かりなのだから」
絶対の自信を伺わせるミイの力強い言葉にペルラは微笑んだ。
少なくとも足手纏いではなさそうだ。結界に足を踏み入れながら呟く。
「そうですね......いい夜になりそうです。」
★★★
結界の中は、その色が本当に血によって染められているのかと錯覚するほどに、赤く濃厚な瘴気が渦巻いていた。
(これは……相当大物の吸血鬼みたいですね。)
元人間や一般吸血鬼とは明らかに異なるプレッシャーを感じる。それは、以前一度だけ戦ったことのある『貴族階級』の吸血鬼すら上回っていた。ならばおそらく敵はーー
「よりにもよって、『純血種』のお出ましですか」
それは異界の魔王が一角である吸血鬼の『始祖』から直接血を受けたという、現世に現れた記録にある中で最も強力な吸血鬼の称。
かって一度だけこの地に顕在化した時には数万人を虐殺し、『串刺し公』と呼ばれ恐れられたという。
そしてもし、自分の最悪の予想が当たっているならばーー
「配下がいる。伝承通りね」
ミイの言葉をした方に目をやると、はるか奥の方に明らかに難敵だとわかる吸血鬼。
そしてその前には、従えられたらしき狼男がダース単位でこちらを睨め付けていた。
狼男。
吸血鬼には一歩劣るが、それでも充分に強大な種族だ。
動きの速さは人間の比ではなく、毛皮に守られ刃も通さぬ程に頑丈な身体。爪は鋭く、顎の力は強靭で、おまけに生命力まで高い。
「私が吸血鬼を打ち取るまでの間、狼男たちの足止めをお任せしていいですか」
「もちろん」
狼男というのは本来、並の二級術師では一体でも手に余る相手だ。ペルラの言葉は、ミイを死地に送るのと同義であった。
僅かな罪悪感を感じる。しかし、今から自分が対峙する相手も、またかつてない難敵だ。配下に割くリソースはない。
ミイが殺され狼男が加勢してくる前に吸血鬼を撃破せねばと、ペルラの内心に僅かな焦りが生まれる。
しかし、そのとき隣から力強い声が聞こえた。ねえ、別にーー
「全て倒してしまっても構わないのでしょう?」
生命の瀬戸際に立つ身でありながら、傍らでミイが悪戯っぽく笑うのをぺルラは視界の隅に捉える。
彼女の表情に、焦燥や絶望感といったものは全く無かった。彼女に釣られ、ぺルラも笑う。
「――ええ、そうして頂けると助かります!」
狼男達の上げる咆哮が、戦闘開始の合図となった。こちらに猛スピードで向かってくる轟音は気が弱い者なら卒倒するような迫力を持っていたが、強者たる二人には単なるそよ風のように吹き抜けるだけだった。
★★★
突撃してきた狼男の壁を抜け、ペルラは吸血鬼と対峙した。聖職者は「生命エネルギー」という霊的な力を用いて異形と戦う。
一般人には見えないその霊的エネルギーを物質世界に影響を及ぼすまで増幅・コントロールして自らの身体に纏わせることができれば一人前の証である『二級』、銃弾や剣と言った武器にまで纏わせることができればエリートである『一級』の称号が与えられる。そしてーー
「『銀の戦士』!!」
「むう!この人間、やりおる!」
体外にまで放出し『パワーを持った像』として具現化させ、持ち主の個性に応じた異能を発揮できるごく一部の者が『特級』である。
ぺルラの『異能像』は銀色の甲冑を身につけた騎士のような姿をしている。それは目の前で両親を吸血鬼に殺された生い立ちと、過日の恐怖を克服した不屈の精神の影響だった。
その特徴は吸血鬼に対抗できる素早く精密な動き、高いパワー、硬い装甲そしてーー
「しかも装備は、銀製か!」
吸血鬼をはじめとした一部の闇の存在に特効となる、銀の特性をもった白剣である。
眼前の吸血鬼は傲慢で、驕り高ぶった強者の典型だった。種族の特性である強大な腕力を使った攻撃は、恐るべき速さと威力ではあったが、技術を伴わない大振り。
ぺルラはそれを冷静に『銀の戦士』の剣と甲冑で受け流した。
「なにィ!」
そして、バランスを崩しながら驚愕する吸血鬼の身体を、カウンターの一撃が深々と切り裂いた。
To be continued...




