第12話 デリーとのダンス
何度もまばたきをしていると、デリーが私に微笑む。
すると周囲から黄色い声があがった。どうやら彼は人気があるようだ。
まぁ、美形だもんね。
いや、そうじゃない。
今あの王族の列にいるということは、彼が王族ということだ。
まさか……。
「まさか、第一王子じゃないよね……」
私の小さな呟きに、隣のウェスタ兄さまが驚いた顔をしている。
え? どういうこと?
「今宵は、隣国アジェスティ王国との戦いを終えた祝いの宴だ。常に前線で戦い、常勝軍と言われ続けた我らが英雄であるエーグル辺境伯家に、栄光を」
国王陛下がそう言って、ワイングラスを掲げた。
どうにも、コイツがあのクソ男か、という目で見てしまう。あからさまに表情には流石に出さないけど。出したら不敬罪とか言われたら困るし。
皆が乾杯をした後、国王陛下は尚も言葉を続けた。
「さて、今日はもう一つ良い知らせがある。──デルピニオ」
「はい」
デリーが前に出る。へぇ。デリーってデルピニオっていうんだ。
デルピニオ……デルピニオ……。
まってまって! デルピニオって第一王子の名前じゃないのおおおおお!
ということは、この流れは。
「第一王子デルピニオの婚約を発表する」
陛下のその言葉に、会場がざわめく。
なるほどね。だからこのパーティの前に、私の婚約が決まったというわけか。
いや、あのその。
これもう、逃げられない状況じゃない?
「イリス」
デリーが私を呼ぶ。ほら、ってウェスタ兄さまが私の背をそっと押す。
ここまできたら、腹をくくるしかない。
ゆっくりと歩き出し、前に向かう。
前からは、デリーが階段を降りて迎えに来た。
彼の手を取る。
そうして一緒に階段を上がりきると、大きな拍手が起きた。
「イリス・エーグル辺境伯令嬢だ。これは王家と辺境伯家の強い繋がりの始まりとなるであろう」
国王陛下の言葉の後に、デリーと私が礼をする。
それにあわせて、楽団が音楽をかけ始めた。
「今日はデルピニオ達が最初にダンスを踊りなさい」
「ご配慮、ありがとうございます、陛下。──さ、イリス」
彼に誘われ、フロアに降りていく。
そうして、ゆったりと流れる音楽にあわせて、彼と踊り始めた。
これでようやくデリーと会話ができる。
私は、小さな声で話しかけた。
「デリーって……第一王子だったのね」
「イリスは忘れてたの?」
「え?」
忘れてた?
私、教えて貰っていたってことなの?
くるり。
音楽に合わせてターンする。
「ご、ごめん。じゃない。申し訳ありません」
「いいよ、言葉遣いは今まで通りで。婚約者だろ」
「こ……婚約……しちゃったのよね、私たち」
「嫌だった?」
デリーが悲しそうな顔をするから、慌ててしまう。
「違う、違うの。デリーが嫌なわけじゃないの。その……デリーなのはどっちかというと……嬉しいんだけど」
「嬉しいんだ」
「にまにましないでよ」
ぐいっと引き寄せられたので、そのまますぐ近くでもう一度ターン。
ふふん。
領地の野山を駆けまわってるから、足腰は強いしバランス感覚もあるのよ。
「初めて会ったときに、自己紹介したんだ。ただまぁ、身分をおおっぴらにはできなかったから、エーグル辺境伯家の皆さんと使用人までにしか、第一王子ということはバラしてない」
「つまり」
「そう。つまり、イリスには伝えていたんだ。まぁ、五歳の少女じゃ忘れてても仕方ないよね」
そう言われてみれば、ウェスタ兄さまに第一王子のことを聞いたときに変な顔をしていた。
あれは「今更何を言ってるんだ?」ということだったのね。
「イリス」
二曲目になる。周りに、他の貴族も入り始めた。
「あと二曲いけるか?」
三曲踊るのは、婚約者か夫婦だけ。
王族との婚約だ。今の段階で拒否はもうできない。
それに、第一王子であることは嫌だけど、デリーが嫌なわけじゃないのだ。
「うん。デリーこそ、大丈夫なの? 疲れない?」
「僕だって、一緒に野山を走り回ってたんだ」
あ。
今の笑顔、柔らかい。
優しい。
「三曲踊ったら、ゆっくり話をしましょ」
「ああ」
デリーのピアスが、シャンデリアの光で煌めく。
それは、私の瞳の色。
赤い、ルビー。
たったそれだけのことなのに、なんだか私の心は、軽くなったのだった。
***
月明かりの下。
パーティ会場のテラスに二人。
もちろん周りには警備の人間が適切な距離で立っている。
「イリスは、僕が第一王子だってことを忘れてたんだよね」
「実はそうなの……。だから驚いちゃって」
あの後、家族に聞いてみたら私が知らなかったことに、全員驚いていた。
わざと隠されていたわけじゃないなら、それは私が悪いな!
どこの家の方か、って、相手のこと分かってなかったら聞くもんね。普通……。
私、乙女ゲーム通りにならないように、ってことばっかり気にしちゃってた。反省。
「ねぇ。イリスは僕が第一王子だとしたら、婚約はしたくない?」
テラスの下には、綺麗に整えられた庭が見える。真っ直ぐ先には大きな噴水。
夜で人がいないというのに、水が大きく跳ねていた。
あの庭、じっくり見てみたいな。
うちの庭も、ああいう刈り込みをしてみるのもいいかもしれない。
そんなことばかりが頭を過ぎる。逃げるような思考に、自分を叱咤する。
「私は……」
冷静に考えてみよう。
神さまは乙女ゲームのことを言ってたけど、今の私は、その乙女ゲームのイリス・エーグルとは違う。
前世の記憶ももっているから、ヒロインだかなんだかが出てきたとして、対処のしようだってある。
それに、そもそも悪役令嬢になんてなるつもりもないし、興味もない。
で、あれば。
「デリー。いえ、デルピニオ殿下」
そう名前を言い直すと、デリーは少し緊張した表情を浮かべる。
私よりもほんの少し背の高い彼の頬に手を伸ばした。
伝わる体温は少し冷たい。
それだけ、彼が緊張していることが伝わってきた。
「私はあなたの婚約者になれたこと、嬉しく思っているわ。ただ」
「ただ?」
「自分がゆくゆく、妃と名のつく何者かになりたいかと言われると」
そこで曖昧に笑えば、彼は一つ頷いた。
「ありがとう。イリスの気持ちは良くわかったよ。大丈夫」
「大丈夫?」
「僕は、イリスがいてくれればそれで十分ってこと」
そうして、そっと私の頭頂部に唇を落とした。
「ちょっ、デッ」
「婚約者だもん。いいでしょ?」
いたずらっ子のような顔で笑う。
そうだ。
彼のこの表情。
私たちが領地で一緒に過ごしてきた数年間。
ずっとこのいたずらっ子の笑顔を、見続けてきたんだった。
「さぁ、そろそろ中に戻ろうか。今度は僕が、領地に遊びに行くから」
「ほんと? だったら、デリーが来るまでに見せたいものの準備をしておくわ」
今庭で作っている作物を、領地でうまく流行らせる。
それを、自慢しないとね。




