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第1話 記憶を取り戻……させられた 01

 つい先ほどまで晴れていた空が、急に暗くなってきた。

 

「雨になるのかな」


 そんなことを思っていたら、ポツポツと落ちてきた雨粒が、一気に激しくなる。

 目の前に広がる畑も、遠くの小山に見える一本の糸杉の木も、雨が激しくて見えにくくなってきた。このままだと、ずぶ濡れどころか、服の中に入り込んだ雨で、体がふやけてしまいそう。


「イリス、あそこの小屋で雨宿りをしよう」

「うん。ウェスタ兄さま」

 

 私の栗毛とは違って、美しい青銀の髪を低い位置で一つに束ねているウェスタ兄さまは、すぐ近くにある丸太小屋を指さした。

 同意すると、すぐに私の手を強く引いてくれる。

 

 二つ年上のウェスタ兄さまは、私の速度を気にしながら歩く。十二歳にして、完璧な貴公子みたい。

 まぁ、エーグル辺境伯家の四男だから、貴公子といえば貴公子なんだけど。ちなみに私は、辺境伯家の末っ子。

 

「おじゃまします……」

 

 丸太小屋のドアには鍵が掛かっておらず、中に入ることができた。


「あれ、ここって」

「覚えてたか? 前に領地に遊びに来ていたデリーと一緒に、かくれんぼで使ったことがあるよな」


 ウェスタ兄さまの言葉に、デリーを思い出す。

 王都から、数年間遊びに来ていた貴族の息子。詳しいことは良く知らないけど、ウェスタ兄さまと同じ年で、私たちは一緒に遊んでいた。

 戦争が始まるから、というので、王都に戻っていってからは、どうしているのかは知らない。


「けほっ」

「大丈夫か?」

「ん。埃くさいね」

 

 あの頃から、誰も使っていないのか。

 中は埃が舞っている。


「雨が止むまでの辛抱だ」

「うん」

 

 小屋の中は薄暗くてよく見えないけど、たしか奥にベンチがあるはず。

 そこに座ろう、と奥に向かった。ベンチの高さを確認しようと、手を置いたそのとき。

 

「痛いっ」

「イリス?」

 

 何かが私の手を噛んだ。指先がズキズキと痛む。とっさに、手を振ったら何かが離れた感覚がしたから、虫か何かなんだと思う。

 

「何かに噛まれた。まだ痛い」

「虫か? 素手で触っちゃったんだな?」

 

 ウェスタ兄さまの問いかけにこくこくと頷きながら、噛まれた指先を目の高さに上げようとすると、痛さがどんどんと増してきた。

 

「兄さまぁ。痛い。痛いよぉ」

 

 私の前にしゃがんで、指を確認すると、ウェスタ兄さまは自分のシャツをビリッと破いて私の噛まれた指先の少し下をきつく縛る。そうして周りを目をこらして見た後、小さく「ムグイナ虫だ……」と口にした。

 

「ムグイ……」

 

 そう口にしたところで、ウェスタ兄さまの顔がぼやけ記憶が途切れた。


    *****


 テレレレッテレ~!

 ご機嫌なメロディが、頭に流れる。

 

「おめでとうございます! 乙女ゲーム『ローズガーデンの聖女』の悪役令嬢に生まれ変わりました」

 

 大音量で聞こえてきた声に、思わず目を見開いてしまった。

 

「なに?」

 

 薄暗い丸太小屋の中にいた筈なのに、明るくて真っ白な広間に、私一人がぽつんと立っている。それに、今の声は一体何だろう。ローズガーデン?

 

「はぁい。イリスちゃん」

「……どなたですか?」

 

 突然目の前に現れたのは、真っ白な長い髪を片側に流した、美女だった。まるで氷の女王のように肌も透き通るほど美しい。

 

「私はねぇ。神さまよ」

「かみさま」

 

 私の知っている神さまは、国教のギュルス教の父なる神ギュルスだけだ。でも、目の前の自称神さまの姿は、今まで見てきたどの神像や絵姿とも異なっている。

 

「私はギュルスではないわ」

 

 その言葉と共に、何故か脳内に、たくさんの神さまの名前が浮かんでくる。どうして浮かんでくる名前が神さまの名前だと思うのか不思議だけど、何故だかそう思った。

 

「ふふ。イリスちゃんはねぇ、転生者なの」

 

 何を言っているのか良くわからない。

 でも、その単語は知っている。

 

「転生者、って言葉は知ってるわ」

「今ここは、あなたの前世と現世を繋ぐ、生死の部屋。だから少しずつ前世の知識を思い出しているのよ」

「生死の部屋? 私、死んだの?」

「死にそう、ってところかしらね」

 

 神さま、と名乗った女性は、手のひらを上にすると、そこから小さな炎を生み出した。それがぶわりと大きく広がる。

 けれど、不思議なことに熱さを全然感じない。

 その炎の中に、私の部屋が見えた。

 

「ウェスタ兄さま? お母さま、お父さま……。アレ兄さまにメル兄さま、テミー兄さままで。どうして皆、私のベッドの周りに集まってるの?」

 

 私の部屋の、私のベッドの周りで、家族が心配そうな顔をして集まっているのだ。

 

「これは今の、エーグル辺境伯家の状況よ。あなたがムグイナ虫に刺されたと気付いたウェスタが、急いで屋敷まで連れ帰ったの」

「ムグイナ虫……って、毒虫だわ。私、素手で虫に触ってしまったの?」

 

 あのとき噛みついてきたのは、ムグイナ虫だったのだ。そういえば、ウェスタ兄さまがそう口にしていた気がする。

 

「まだ十歳のあなたには、あの虫の毒は危険だからね。それで今、ここにいるのよ」

「そんな……! 今すぐ家族の元に戻して……ください」

 

 彼女が自称神さまだとすれば、丁寧な言葉を使った方が良いのだろう。ここの場所から戻して貰えれば、死ぬことはないのではないか。漠然とそんな気になる。これも、前世の知識とやらなのだろうか。

 

「戻してはあげるから、安心して。ただ、その前に私がやらないといけないことがあってね」

「やらないといけないこと?」

 

 神さまは手のひらの炎を消すと、今度はこの白い部屋一面に、たくさんの絵姿を表示させた。絵姿──いいえ、違う。これは動画。動画というものの存在も、今の私にはわかる。

 その動画は、一気に動き出し声がわいわいと響く。それをきっかけに、私の脳内にものすごく大量の記憶が蘇った。

 

「……思い出した」

 

 私の前世を。ガーデナー、庭師として働いていた私は、公園の草木の整備や依頼のあった豪邸の庭のセッティング、果てはコンテストの審査員なんてものもやっていた。

 家のベランダではプランターでのガーデニングをして、犬を集めるゲーム、それに森や島に家を作り農作物を育てたりするゲームをすることが趣味だった。

 

「前世というからには、死んだ……んだよね。でもまぁ、天寿を全うしたのかな。後期高齢者になった記憶ないけど」

 

 脳内に復活した記憶は、三十歳の誕生日直前くらいだ。

 

「それがその、私の手違いで、亡くなってしまって」

「手違いで」

 

 そんな、ちょっと書類間違えました、みたいなノリで言わないで欲しい。

 

「それで申し訳ないと思って、前世のあなたの世界で人気だった乙女ゲームの世界に転生させてあげたんだけど、設定をミスったみたいで、イリスちゃんの前世の記憶が戻らなくてねぇ」

 

 肩をすくめる神さまを、思わず呆れた顔で見てしまった。

 

「私の前世の記憶が戻らないと、なにかダメなんですか?」

「せっかくだから、乙女ゲームの世界を堪能して貰いたいじゃない?」

「いや、その前に私、乙女ゲームってやったことないんですけど」


新しく連載始めました。


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