23
場所は現実に戻り、旧王都から少し離れた高台の上。
そこには『ガンド帝国』の兵士二百人が集結していた。
「よし、防御魔法は破壊されたにゃ! 皆準備はいいかにゃ?」
無表情で、しかしポーズだけはぶりっ子のそれでミリアは声を張り上げる。
呼応するように兵士たちは声を上げる。
「「「おう――ッ!!」」」
威勢と元気でみなぎるその声は、先ほどまで高祖の登場に絶望していた物とは全く異なっていた。
気分を良くさせたミリアはニッと笑うと「それじゃあ……」と大きく息を吸いこむみ――。
「突撃にゃあぁぁああ――ッ!!」
声とともに走り出したミリアに続き、兵たちも雄たけびを上げながら走り出す。
青髪の青年、エドワードも迷いなく走り出していた。
そんな中、一人だけ走りつつも列から抜けてこっそりと戻る少女の姿がある。
彼女の名はメア・ニーズヘッグ。茶髪の髪に翠色の瞳を持つ少女だ。
齢は十七でミリアの今作戦に数合わせで自分が入れられたと言う事は百も承知であった。
それほど彼女は新米で、深い知識もない。
だが、彼女には他の誰にも――は、言い過ぎかもしれないが、少なくともミリアに着いて行った兵士たちは持っていない物を持っていた。
「……こ、高祖さん。だ、だだ大丈夫、なの?」
その口調は緊張もあるが、彼女は普段から人と接することを苦手としていたため、どうしてもドモってしまう。
その言葉に、四肢をへし折られたナイト・バロンは薄眼を開き呟いた。
「皆行ったみたいだな」
「そ、そうですね。はは、こ、こんなことして、私どうなっちゃうのかな」
「少なくとも敵を助けている時点で国家反逆罪とかじゃないか? よくは知らんが」
「あぁー、じ、人生終わったって感じですね……」
「まぁ、そんなことは俺には関係ない。では頼むぞ」
「は、ははは、はい!」
言われて彼女は高祖の体に肉体強化魔法を付与する。次いで彼自身も同じように魔法でその体を強化させた。
すると彼は反対に曲がった腕を地面に叩きつけ、無理やり元の方向に戻す。両方とも終えると足も同様のやり方で正しい方向に曲げ直した。
「あいつら俺の体をぐちゃぐちゃにしやがって……っ! 腹立つが、殺すのはまたの機会にしよう。お前との約束だからな」
「は、はい! ありがとうございます」
「いや、一人の肉体強化では無理だが二人なら、と提案してくれたお前には感謝してもし足りない。おかげで不格好だが何とか歩くことは出来るからな。では、俺はこれで」
一度目を伏せて感謝を表すと、ナイトは折れてほとんどいうことを聞かないであろう足を酷使し、化け物である筋力に任せて大きく跳躍し、その跳躍でミリアの軍勢を追い越して旧王都の中へと消えていく。
――何故、敵であったはずのメアがナイト・バロンに協力しているのか。
それは遡ること数分前――。
ミリアと他の兵士たちが突撃の作戦を組み立て直している間のことであった。
メアは四肢をへし折られたナイト・バロンが少しばかり可愛そうになり、彼の近くに近付いた。
すると、てっきり気絶していたと思われた彼の目がいきなり開き、メアを捉える。
「なぁ、お前……」
「ひっ、ひぃぃ……。わ、私ですか?」
「そうだよ。お前からは敵意を感じない。だから一つ頼みがあるんだが……」
「む、むむ無理ですよ。確かに敵意は無いですし、可愛そうだと思いますが……それでも私は『ガンド帝国』の兵士で、貴方の敵で……」
「ふむ……。だったら傷が治り次第お前を殺すとしよう」
「え、えぇ!?」
思わず大きな声を上げたメアに、周囲の兵が視線を向けてくる。
「どうした? 何かあったのか!?」
「い、いえ……。こ、ここに、でっかい、ゴ、ゴキブリが居て……ッ! 『え、えぇ!? こんなに大きいの!?』と、驚いた、だ、だけですっ!」
少し苦しいか? とも思ったが日頃からメアは嘘を吐く性格ではなく、付け加えると余計な面倒を増やしたくないと言う彼らの意思もあったのだろう。
何事もなかったかのように、作戦について語り始める兵たちを横目に、ナイトバロンはぼそりと呟いた。
「世界最強の生物である高祖をゴキブリ……お前、なかなか大した度胸を持っているな」
「す、すいません……」
消え入りそうな声で謝罪するメアを見て、ナイトは口角を歪める。
「なら、頼みを聞いてくれるな?」
「わ、私にできることなら……た、ただし一つだけですからっ!」
「わかっている。その頼みとは――」
そうして先ほどの取引が成立した。メアは少し早計過ぎたかな、と若干後悔しながらも心はどうして晴れやかだった。
いくら敵とはいえ、さすがにあの待遇は間違っていると、心のどこかで思っていたのだ。
その性格は昔からだった。
困っている人や、一方的に蹂躙されているのは見ていられない。
だが、だからと言って何かをすることもできない。
そんな度胸も実力も、自分は持っていないのだから。
いつも傍観者として、心の中では負けている方を応援してしまう。
その癖で負けた高祖に近付けば、どうにも可笑しな関係が出来てしまった。
メアは苦笑を浮かべながら頬を掻き、薄明るい陽光に照らされる退廃した旧王都に向かって走り出した――。
★
記憶の中の月日は流れる――。
イーリアと過ごす日々は楽しく、夢のような時間だ。
何しろ、ゴーシュからすれば可愛い妹が増えたと言う事で、ロアからすれば親友が出来たのだ。幸せ、という言葉以外は見つからなかった。
けれど、幸せは……いや、幸せ以外にも変わらないものなどこの世には存在しない。
どれだけ自然に取り繕うとも。どれだけ変わりたくないと望もうとも。どれだけ今が続けばいいと思っていても。
幸せはいずれ壊れ、不幸が訪れる。
だが、不幸もまた終わり、いずれ幸せがやってくる。
そうして嬉であるプラスと、悲喜であるマイナスが交互に訪れることで世界はゼロを――均衡を保つ。
――イーリアがやって来て半年が経過した。
王都――いや、王国は前代未聞の大騒動となっていた。
それはゴーシュの目から見ても明らか。
街に赴いても以前のような人々の笑顔は無く、皆不安や恐怖に怯えている。
理由は明白で、以前ハイリの街が一夜でゴーストタウンとなったが、次いで数十と言う街が後を追う様に死滅して行っている。
どの街も一瞬のうちに。誰も、何も残らない廃墟へと姿を変える。
すると、残った街の住人達は怯え、他国への亡命を始める物も増えてきた。
亡命先には王国の北に位置する大国『商業連合国レア』が選ばれる。
レアは基本的に差別をしない。国民にとって他人とは『客』か『客でない』かのどちらかでしかない。
『天の地』以外の国とは貿易関係を築き、基本的に差別対象とされる亜人種すらもレアでは人権を得ることが出来る。
そんな国だからこそ、亡命にはもってこいだ。
事実ゴーシュたちの近所の人でも、レアへ逃げる準備をしている者は多いが、もちろん、ゴーシュたちにそんなことは出来ない。
両親が国からお金を受けとり、『現人神計画』を進めている以上、亡命など許されることではないのだ。
「戦争って怖いなぁ」
「そんな感情も籠めずに何をいきなり……。実際国が危ないのでもう少し危機感を持ってくれませんか?」
ギャルゲーをやりながらぼやくゴーシュにロアが鋭い突っ込みを入れた。
「そうですよ、お兄さん! 何事も命あっての物種。命の危険があるかもしれない戦争については真剣に向き合ってくださいっ!」
話しを聞いていたイーリアもゴーシュの態度に口をへの字に曲げる。
頬を膨らまし、腰に手を当てながら説教する姿に『いきなりどうしたんだ?』と思い、すぐに思いだす。
……そうか、イーリアは、いや、『現人神計画』自体、彼女を戦争に投入させて戦わせるためのものだ。
しかし戦争に参加の表明を示していない以上、この研究は国の中枢、一部の者しか知らない。
もしこんなことが世間に知れたら、他国からは『戦争の意思があるのではないのか?』と言われ、国民からは『女の子の体を使った人体実験をするなんて――!』と批判殺到だろう。
故に計画についての情報漏洩は銃殺刑だ。
ゴーシュはギャルゲーから視線を外し、ロアと一緒に昼食の用意をしていたイーリアに移す。
どこからどう見ても普通の女の子。そして、大切な妹。そんな彼女が戦争へ……。
考えると苛立ちが蜂起し、口の奥で鉄の味がした。
「……ん? お兄さん、私の顔に何か付いてますか?」
「可愛らしい目と鼻と口が黄金比で付いてるよ」
「か、かわ……っ!」
顔を真っ赤にするイーリアを見て、隣に居たロアはこちらに視線を飛ばして叫ぶ。
「兄さん! あんまりイーリアにそう言うセリフは言わないでください! この子は恥ずかしがり屋なんですから、真っ赤になって固まるんですよ!」
「いやいや、その反応が見たいから言っているんじゃないか。それに第一に可愛いのは事実だし、固まろうと別に困ることもないだろ?」
「困りますよ! 現在進行形で私が! イーリアが固まっている間は私が一人で料理するんですよ?」
「なんだよ、イーリアが来る前はずっと一人で……あ、そうか。俺が手伝ってたか」
イーリアにいろいろ経験させる、と言う事でロアの手伝いは彼女がすることとなっていた。半年の間それを続けていれば、だんだんその状況に慣れが生じ始め……。
「うしっ! じゃあここはいっちょお前らのお兄ちゃんが料理をふるまってやろう!」
「え? 私の手伝いとかではなく?」
「おう! 俺が一人で作ってやんよ。ロアもイーリアも席について待ってな。この俺、ゴーシュシェフの華麗なディナーに酔いしれるがいい」
「兄さん、今はランチです」
「……そんなことはどうでもいいのさっ! ほれほれ、さっさと兄ちゃんのキッチンを明け渡しな」
その言葉に二人はキッチンを出て、リビングの椅子に座る。ぱっと彼女らが今まで準備をしていた物を見て何を作ろうとしていたかを予想……しようとしたがわからない。
「よしっ、俺のチャーハンを御馳走してやるぜ!」
「ちょっと待ってください! 私たちが準備していた物は!? チャーハンとはまったく無関係ですよね!?」
「まぁいいじゃねえの。……と、まずフライパンを用意して、火をつけて、材料は……」
呟きながら冷蔵庫を覗いたゴーシュは、その中である物を見つけた。
「このキムチ……賞味期限が今日までじゃないか! よし、混ぜよう」
「え!?」
ロアの驚く声が聞こえたが、無視。
「おわっ、これも、これもじゃないか!」
ふと、ゴーシュはロアが特売日に物を買う癖があったことを思い出す。
いろんなお店でもよくサービスもしてもらっているようだし、ただ一つの商品を買うだけでサービスされるはずがない。
つまり一度の買い物で彼女はまとめ買いをしている。
以前ゴーシュが手伝っていた時も、賞味期限切れや消費期限切れの物が出ない様にやりくりするのは大変だった。
そのゴーシュが今日までキッチンを離れてい居たと言う事はもちろん期限切れの物もいっぱいあって……。
「もう全部入れてやるぅ!」
「おわー! だめ、だめです兄さん!」
「何がだめだ! もとはと言えばお前がまとめ買いばっかするからだろ!?」
「だって安いんですもん!」
「いっぱい買っても食いきれなかったら意味ないだろ!? ったく、お前はいつもは冷静なくせにこういうところで抜けてんだから」
「う、うう、うるさいですよ! 兄さんだって自分は賢いとかよく言うくせに、基本ただの馬鹿じゃないですか!」
「何だと!」
「何ですか!」
睨み合い、二人の目と目の間で火花が散る。
すると不意に第三者の笑い声が聞こえてきた。
「あははっ! いっつも思ってたけど、ロアもお兄さんもほんと仲良しだよねっ!」
言われて、ゴーシュとロアは互いを見つめ合い、数秒。
ハッとして顔を真っ赤にして照れながら否定を始めた。
「いやいや、違うから!」
「そうそう、兄さんとは全然仲良くなんかないからっ! こんな気持ちの悪い人……」
「だから気持ち悪いとか言うなよ! 傷つくんだぞ!」
「勝手に傷ついてればいいんですよ。……って、あーもう! これじゃあお昼がいつまでたっても完成しないじゃないですか! まったく……」
ぶつくさと文句を言いながらロアはキッチンへとやって来て手伝いを始める。
「何だよ、手伝ってくれるのか?」
「まぁ、ダメな兄を持つ妹としては当然の義務ですよ」
「あ、じゃあ私も手伝うー!」
イーリアも乱入し、結局三人で食事を作ることとなった。
――平和。
そう、これを平和と言うのだろう。とゴーシュは思う同時に、いつまでもこの時が続けばいいのに、とも思った。
けれど、世界はプラスだけを与えない。
マイナスが、やがて訪れる。最悪の形で――。
月日は流れ、それは両親が仕事で商業連合国レアに行っていた間のことだ。
季節はようやく春を越えたくらいだ。まだまだ気温は上がらず、外に出て息を吐くと白くなる。
寒い時期特有のカラッと晴れた早朝の街は、しかしどんよりと空気が重い。
理由は明白で、旧王国においてすでにゴーストタウンになっていない街が、ここ旧王都しか残っていなかったからだ。
そう遠くないうちにこの街も襲われる。
未だに正体もつかめていない『何か』によって消されるのだ。
よって、国から逃げ出そうとして荷物をまとめている者は多い。事実、旧王都の中心をまっすぐに割る大通りは、逃げるための馬車で混雑しっぱなしだ。
しかしゴーシュたちはのんびりとしたものだ。
その理由は、もしもの場合は地下実験室に逃げるよう両親に告げられているから。
家から続く隠し通路。しばらく進んだ先にその部屋はある。
『現人神計画』に関わっている人が何人か現在進行形で作業しているため、もしものときはそこを頼ればいいと。
だから、余裕を持っていたのだが……。
「何だ……あれ」
晴れた空を眺めて伸びをしていたゴーシュは、大空を一筋の光が走るのを目視した。
それは目で追うのも精一杯で、突然急上昇したかと思うと一気に急降下。
あまりの速さに、視界から消え去り、次の瞬間――嵐が巻き起こる。
その日、大気を揺らす暴風と、恐ろしい衝撃波が街を襲った。




