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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
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 美少女二人に囲まれての買い物。しかも片方とは常に手を繋ぎっぱなし。


 ……悪くない。むしろ最高、と言うべきだ。特に男たちからの羨むような視線。


 常日頃から周囲のリア充相手に殺意をまき散らし、恋人たちが手を繋いで歩いていればその間をスライディングしながら抜けると言う行為を繰り返していた自分が、こんなヘブンタイムを味わえるとは……。妹様様である。


 しかし、店内に入るとなると、イーリアは商品を見るためにゴーシュの下を離れる。


「うーん、うーん……。お兄さんはどちらがいいと思いますか?」


 二つの服を持ち、どちらが自分に似合う? と尋ねてくるイーリアにゴーシュは迷わず答えた。


「んー? 大丈夫イーリアは超絶美少女だから何着ても似合うって! もちろんロアもだぞー。あぁ、二人ともほんと可愛いなぁ。お兄ちゃん、もう妹さえいればそれでいいかも……」


「に、兄さん!? 何気持ちの悪いことを……ってイーリアは顔を赤くしないでください!」


 「き、気持ちの悪い!?」とゴーシュがショックを受け、イーリアの方は「へっ!? べ、べべ、別に!? そ、そんなことないもん!」と何故かロアの言葉に反抗している。


 実際はこれでもかと言うくらい真っ赤だ。ゴーシュはゴーシュでイーリアの反応を見て楽しむ余裕がないほど、ロアに気持ちの悪いと言われたことがショックを受けていた。


「何だよ『気持ちの悪い』って……。おかしいな。俺の好きなギャルゲー『妹キッス』通称『いもキス』の中じゃイーリアの反応こそが正しく、ロアの反応なんてなかったぞ? 何だよ、何だよ『気持ちの悪い』って……そんな言葉、お兄ちゃんに言うセリフじゃないだろ?」


 よほどショックだったのか、遂には立っていることもままならなくなり、四つん這いになってうなだれる。


「くそうっ、くそうっ! こんなはずじゃ……」


 その反応には顔を真っ赤にしていたイーリアも少しだけ引き気味だ。いや、逆によくこれで恋が冷めないものだ。


 好きな人がいきなり街中でうなだれて泣きだし、さらにその理由はゲームと現実の違いに気が付いたショック、だなんて……普通なら百年の恋も冷めてしまうだろう。 


「い、イーリア。試着して決めましょうか」


「そ、そうだねロアっ!」


 ゴーシュを無視……いや、他人のように扱い始めた二人に、さらに胸の傷を深くしてしぶしぶ立ち上がり、一人で店外へ。


 先ほどまで居たのは女性服専門店。男一人ではどれだけメンタルが強かろうと辛い物だ。

 外に出たものの女子二人の買い物など、まるで永遠に等しい長さだ。


 道行くカップルたちに、『セックス中に親が帰ってきて気まずくなれ!!』と呪詛を送る作業にも飽きてきた頃……その声は聞こえた。


 短い悲鳴のような小さなそれは、近くの路地からだ。

 店内に視線をやると二人はまだ和気あいあいと服を選んでいるようだったので、一人で声のした方へ。


 するとそこには――天使が居た。


 大きな翼を路地裏一杯に広げて、しかし綺麗な顔には泥がついている。

 露出度の多い服は局部を覆うにすぎず、美しいプロポーションを前にはむしろ邪魔なくらいだ。


 神秘的で幻想的な光景を前に呆けてしまったゴーシュの頬をそよ風が撫で、彼女の艶やかなエメラルドの髪が舞う。


 ゴーシュのアメジストの瞳と、彼女のサファイアのように蒼い瞳が交じり合った。


「て……んし……?」


「……ッ!」


 遅れて二人の表情が引きつった。天使は現在戦争を起こしている『天の地』に住む種族。

 ゴーシュの居る王国は戦争に参加の表明こそしていないが、周りの国からすれば表的な事に変わりは無い。

 付け加えると、天使は人を見下し、戦闘が好きだと言うのは常識だ……。


「て――」


 天使が居るぞ! と叫ぼうとしたゴーシュの口を一瞬で距離を詰めた天使が塞ぐ。


「んん! んぐぅ!」


「お願い! 叫ばないで……」


 涙を見せて懇願する少女は、ゴーシュの知る天使とは大きくかけ離れていた。

 ゴーシュは暴れるのを止めて、ゆっくりと彼女の手を自分の口から話す。


「……わかった。でもキミは? なんで天使がこんな王都のど真ん中に?」


「んー、羽休めって言うのかな? さっきまで空を飛んでいたんだけどちょっと疲れたから羽をとじて歩こうかなって……」


 言いながら彼女はその両翼を消失させる。


「驚いた……天使はそんなこともできるのか」


「まぁ天使は神に一番近いからね」


 そう言ってクスクスと笑う彼女は猫の様だ。


「で、目的はわかったけど、正体を知ってしまった俺をキミはどうするんだ? ……って、おわ! 怪我してるじゃないか! ちょいと待ってなさいな御嬢さん……えっと、ここにイーリアにもしもの時があった用の救急箱が……」


 持ってきていたカバンの中から救急箱を探すゴーシュ。

 救急箱と言っても絆創膏と消毒液を入れた小さなものだ。

 現人神であるイーリアが怪我をした時様に、と両親から渡されたのだ。


 普通に家で暮らしているが、彼女は国が開発した『生物兵器』。

 その事実に苛立ちを覚えながらも、ゴーシュにはどうすることもできない。


 ようやく見つけた救急箱から絆創膏を取り出して、怪我をしている足を見せるように言う。


「えっと……今更だけどこのくらいの怪我、何ともないわよ?」


「えっ……ほんと今更だな。まあ見つけたんだし張っとくぞ?」


「え、えぇ、ありがとう」


 感謝をのべる彼女に気分を良くしつつ、貼る作業に移りながら話題を投げ掛ける。


「どうせ休憩中は暇なんだろうし、街を見て回るんだろ? けど、終わったらすぐ出て行った方が良いぞ?」


「…………」


「何だよ、急に黙りこくって」


「いえ、何と言うか――。貴方、変わった人間ね」


「変わった? 何を言う。俺は超絶常識人の、超絶普通な超絶イケメンだ。変人と呼ばれるのは心外だな」


「普通の人は自分をそこまで褒めちぎらないと思うのだけれど……と、ありがとう」


 絆創膏を貼り終えた彼女は微笑んで礼を述べながら、まるで初めて見たかのような好奇心に満ちた目で絆創膏を眺め、ちょんちょんっと指で突っつく。


「あんまり触ってると外れるし、一度はずれたら粘着力が落ちるから気を付けろよ?」


「え、えぇ、わかったわ!」


 注意すると、触っていた手を止めてグッと我慢している。しかし、どうしても気になるようで、そわそわと絆創膏に視線をやっている。


 ……天使って、人間を見下しているんじゃなかったのか?


 思わずそんな疑念が脳裏をよぎり、やがて一度大きく溜息。

 ゴーシュは残りの絆創膏も全て差し出す。


「ほら、もしはずれたら貼り替えろよ。そして無駄使いもするなよ」


 まるで親の様に注意しながら絆創膏を差し出す姿に彼女は目を大きく開いて「いいの……?」と言って確認を取ってから受け取る。


「もっと欲しかったら自分で買えよ?」


「いや、この国の金は持っていないから、ええ! 大事にするわ!」


 金も持っていないのかよ、と呆れるゴーシュ。


 ……と、不意にゴーシュは背後から声を掛けられる。


「あ! お兄さんこんなところに居た!」


「兄さん! 勝手にいなくなったら心配するじゃないですか!」


 現れたのは頬を膨らませたロアとイーリア。


「やべっ、すっかりこってり忘れてた!」


「うむむー? 美少女二人を侍らすとんでもない男だったとは……優しい人かと思っていたけど、二股する鬼畜なの?」


「そんな訳無いだろ! 妹だよ!」


 言われて天使は微笑みを浮かべながら――。


「それはそれは……お兄さんにはお世話になりました、と。それじゃ私は行くね。いろいろありがとっ」


「おう、それじゃあ気を付けてな」


 告げると、彼女は手を振りながら路地裏を抜けて行く。抜けて、人ごみの中へ。

 ごった返した人間の間を縫って歩み、彼女は思う。


「本当に変わった子だった。それに……」


 思い出すのは彼の妹だと言われて現れた二人の少女のうちの白髪にアメジストの瞳の方。


「へぇ、なんかわけありって感じなのかな? 体に対して中身が、魂が幼すぎる――」


 今出会った三人の少年少女。疑問点や疑念の部分は多い。彼女は「けど」と続けて――


「今回ばっかりは借りがあるし、うん。見逃してあげる」


 膝に貼られた絆創膏を眺めて相好を崩し、鼻歌交じりにスキップをしながら移動し始める。

 スキップして、スキップして、次の目標を決める。


 ――次は、どの街を滅ぼそうかな?


 この街は駄目だ。今、あの少年に借りを作ってしまった。借りの分は優遇してあげないといけない。しばらく考え、答えを出す。


 ――まぁ、王都以外だったらどこでもいいか。人間なんて皆、価値のない存在なんだから。


 この天使……後に王国を一人で滅ぼす天使の顔をした悪魔は、スキップで街を抜けて行った。

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