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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
20/30

19

 少年はひた走る。己が肉体の限界はすでに突破しているにもかかわらず、歯を噛み、荒い息を吐く。乾いた喉が張り付いて痛い。苦しい、苦しくて仕方がない。


 しかしそれでも走ることを止めなかったのは、一度目の砲撃でいつもと違うことが現在起こり得ているのだとわかったからだ。


 ……ロア、ロアッ!


 探し求めるのはただ一人の少女。だが、その少女のことを少年は何も知らない。

 唯一知っていることと言えば、彼女が優しいと言う事だけで、その他が真実かどうかなどは少年に確かめることなどできなかったし、怠ってきた。


 何もしてこなかった。彼女の為に、少年は何も、何一つしてこなかったのだ。


 ……だから。


「ロアッ!」


 少年、ゴーシュは駆ける。路地を曲がり、ただ一つの教会を目指す。

 そうしている間にも数度の砲撃が行われ、何度も防御魔法を穿とうとして来る。あと少し。

 道を曲がればそこには教会が……。


 曲がった先、そこに見えてきた光景に、ゴーシュの頭の中は真っ白になった。


「ろ、あ……?」


 目の前には一人の少女が居た。

 今にも泣きそうな程顔を恐怖に引きつらせながら、迫りくる砲撃に対して防御魔法を展開している。

 白髪を振り乱し、恐怖に染め上げられているその顔は……ゴーシュを捉えたことで緩み、優しく微笑む。


「……な、んで」


 違う。あれは優しい微笑みなどではない。


「どうして、そんな申し訳なさそうに……」


 彼女の表情が脳に焼き付いた刹那――迫っていた砲撃が彼女の肢体を撃ち抜いた。

 すると貫通した弾が膨大なエネルギーと共に大地を掘り起し、大きな爆発を生む。

 大きな地鳴りが周囲を襲い、ゴーシュは尻餅をついた。


 砂塵と粉塵が舞う中、ゴーシュは奇跡的にこちらへ飛んできたロアの肢体を受け止める。


「ぐっ、あッ!」


 キャッチの間際に何度か転がって建物の陰に隠れながら、クタッとしたロアに声を掛けた。


「ロアッ、ロアッ!」


「……ぁ、に、いさん?」


「ロアッ! 待ってろ! 今すぐ……」


 言った瞬間、身体が止まる。

 はたして今のゴーシュにいったい何が出来ると言うのだろうか?

 彼の、その何もできない手でいったい何が出来ると言うのだろうか。

 今まで何もしてこなかった彼に、いったい何が出来るのだろうか。


 答えは――何もできない。


 医療の技術は無い。

 大好きな物語の様に、超常的力を使うこともできない。

 魔法には、傷を癒すものは無いし、そもそもゴーシュは魔法の使い方すら知らない。

 それすらも怠ってきたからだ。

 今のゴーシュには、穴の開いたロアの身体から血が抜けて行くのをただ見ているしかないのだ。


「兄、さん……」


 ふと、彼女が吐血した血で溺れそうになりながら必死に口を開いた。


「な、何だ!?」


「『……お兄さん』」


 その言葉の後……ロアがロアではなくなった気がした。証拠はない。だが今の言葉で何かが、何かが大きく変化した。

 ゴーシュには知りえることの出来ない、何かが。


「――キミは」


 ――誰なのか。と告げようとして、しかし言葉は少女によって妨げられる。


 最初に感じたのは、甘い香りだった。

 血が出ていようとも、少女の髪から香るその臭いは負けてはいない。


 次に感じたのは熱い息遣い。

 苦しみながらも、何処か愛おしそうに見つめる少女に胸が痛かった。


 最後に感じたのは唇に触れる柔らかい物だった。

 少年は、少女に口付けされていた――。


「私が誰かなど、気にしないでください……。でも、これ、だけは……」


 その間も、血が流れ続けている。

 すでに生きているのが不思議なくらい血を失っている彼女は、眠そうにまばたきしながら荒い息で言葉を紡ぐ。


「お兄さん、生きてくださいね。


 ――私たち二人は、貴方のことが大好きです」


 ゴーシュの思考が停止する。活動を止める。だが、目の前の光景は止まらない。

 血は流れ続けるし、ロアの身体も冷たくなり始める。

 目の前の少女が『死』に向かって進み続けている。

 なのに、ゴーシュの脳は思考を再開させない。


 あまりにも多すぎる情報量により、混乱が生じているのだ。

 ロアがロアではないと言う事。


 今まで世話をしてくれていたのはロアではなく、イーリアと言う現人神だったのでは? と言う疑問。

 謎の敵による襲撃。

 ロアが負った致命傷。

 突如として現れた謎の少女からの告白。

 そして……ロアの死。


「……何だよ、これ」


 やがて、ようやくひねり出したのはそんな言葉。

 夢のような、まったく現実感のない現状を受け止めたくないと言う逃げの言葉。


 ……そうだよ、これは夢。夢に決まっている。


「は、はははっ、だってほら、あの防御魔法が壊れ始めてる」


 逃げるように空を見上げると、透明の防御魔法が、まるでガラスにひびが入ったように崩れ去って行く。

 現実味がない。

 こんなの悪い夢だ。悪い夢に決まっている。


「はははっ、あははははっ」


 だからゴーシュはこんな夢を見ている自分を嗤う。


 ……こんな悪夢を見るなんて、自分は馬鹿だなぁ。と。


 ――しかし、本当の悪夢はこれからだった。


 ロア――現人神イーリアの死により、ゴーシュに掛けられていた古代魔法が解除される。


 彼女たちが必死に隠そうとしてきた失われたゴーシュの記憶が、逆流を開始する。


「あ、うぅっ! 頭がッ!」


 強烈な頭痛は、先ほど記憶を取り戻した時とは比べ物にならない。


 割れるのではないか、と言うほどの激痛に目をギュッと閉じて耐えようとするが、やがて蹲り、呻き声を上げ始めた。


「アァぁぁぁああああ――ッ!」


 そして、目を見開いた瞬間、膨大な映像が高速で流れ始め、ゴーシュは己の失われた記憶の追体験が始まった――。

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