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一回目の射撃から数分後、何度か防御魔法に攻撃が届いたが、破壊には至らない。
ロア達からは見えないが、射撃地点で何かが起こっているのだろう。
だが、それも直に終わりを迎える。それは勘なのか、何なのか。
『ロア、来るよ。私に合わせて』
「わかった」
肺一杯に空気を吸い込むと、二人の声が重なる。
「魔法――『タクティカル・ガード』」
奉納無しの高速魔法展開。さらに今使ったのは防御魔法の中でも最上位に位置する魔法だ。
通常防御魔法とは一枚層の壁であるが、この魔法に関して言えば違う。
二十の壁が一瞬で顕現する。
何より、この魔法が使えるのは魔法のシステムに干渉することが出来る現人神イーリアだけである。
あまりにも高位に位置する魔法は、その対価に何人もの命……つまりは生贄を必要とするのだ。
イーリアがこの魔法を選択したのは、単純に敵の武器が未知数であったから。
油断なんてしていては、いずれ虚を突かれる。そして、敵の射撃を見て確信する。
『やっぱり……相手は神聖兵器の使い手……っ!』
さすがに困った、と焦りの声のイーリア。
「どうするのですか?」
『どうしようもない、って感じだよ。だって相手は本物の神様からもらった武器を持ってるんだよ? 勝ち目なんてない』
「えぇ……」
無責任な彼女の言葉に、あからさま困った顔を見せるロア。
『相手の残弾がどれくらいかわからないから、どうしようもないね。まぁ、わかっていようといなかろうと、やることに変わりはないね』
「この防御魔法を、守るってことだよね?」
『そうだね。まだお兄さんが失われた記憶のすべてを『受け入れられる』ほど、大人になれていないから、ここは絶対に死守しなくちゃいけないッ!』
「ごめんなさい。私が甘やかしてきたばっかりに」
『別にロアを攻めているわけじゃないよ? 私も一緒になってずっと楽しんできていたんだし……』
イーリアの言葉に、ロアは救われる。
このすべての権化であった彼女が、一緒に責任を感じてくれたと言う事に。
『私たち二人とも、幸せな夢に溺れていたんだよ。――もう、戻ることの出来ない生活の再来に、浮かれていたんだよ……』
「イーリア……」
それは事のすべてを起こした少女の、心の底からの反省だった。
――記憶のない兄――異常なまでの防御魔法――イーリアの体に住みつくロアの意識。そして――崩壊した旧王都。
そのすべてには、イーリアと言う一人の現人神が関係していたのだ。
『ロア、お兄さんは今のままじゃ失われた記憶は絶対に受け入れられない。苦しんで苦しんで、狂乱の果てに死んでしまう……』
「…………」
ロアは否定しない。彼女の言うことが正しいとわかっているからだ。
自分の兄が、記憶を取り戻せばきっと自殺してしまう。
だから自分たち二人でその記憶を奪い、人間として成長させようと企んだのだ。
現人神の力で防御魔法を張り、他者の侵入を除外。
その後、ゴーシュを苦しめる記憶に関連することすべてを記憶から消した。
「最初は、最初はちゃんとやるつもりでした、でも――あまりにも、楽しすぎました」
『だね……と、感傷に浸るのはそこまでだね。第二波来るよッ!』
イーリアの声に顔を上げると、目の前で光が弾けた。ちょうど射出されたのだろう。その衝撃波は一瞬ロアの頬をビリッと撫でる。
……わかる。神聖兵器に対し無知な自分であってもわかった。
この攻撃は今までのとは段違いの破壊力を持ち……きっと、受け止めきれないだろう、と。でも、諦める理由は無い。
終れない。中途半端にもほどがある。
……こんなところで、終わるわけにはいかないッ!
「魔法――『タクティカル・ガード』ッ!!」
ロアの咆哮が廃墟の街をこだまする。途端、先ほどよりも数倍多い数の防御魔法が展開される。しかし、放たれた砲撃も先ほどとは比べ物にならない威力を孕んでいた。
打ち砕かれていく防御魔法。威力の落ちない砲撃。ロアの表情に絶望が浮かぶ。
……ダメだ、ダメだダメだ。ここで死んではいけない。
ここで死んでしまえば、防御魔法がすべて解除されて、兄に掛けていた魔法も解かれてしまう。そうなれば失っていた過去を思い出すこととなり……。
……違う、それだけじゃなく、単純に死が怖い。
「嫌だ……嫌だよ、兄さん……」
心がくじけそうになりながら涙をボロボロ零す。
その間も、砲撃は近づいてくる。防御魔法により到達までの時間は稼げているが、ロアが逃げようと意識を逸らせば一気に貫かれるだろう。
だからと言って防御魔法の追加発注は出来ない。重ね掛けできない魔法は追加で使用しようとすると、一瞬だけ以前の魔法が消失してしまうのだ。
街を覆う一番巨大な防御魔法に関しては、古代魔法と呼ばれる魔法を、時間をかけて展開したので何とか併用できるが、即席もいいところの『タクティカル・ガード』においては普通の魔法システムを使用している。
もし追加で使用し、一瞬でも魔法の障壁が眼前から消えたならば、砲撃のスピードから言ってロアは一瞬で貫らぬかれる。
――完全に詰みであった。
『ロア……ごめんね』
ふいに掛けられるイーリアの謝罪。
「な、んで?」
『私が判断を間違えたからだよ。神聖兵器が相手と分かった時点で敵対せずにお兄さんの下へ向かうべきだった。そうしたら魔法は砕けちゃうけど、お兄さんの記憶は消えたままだった』
記憶は何よりも優先すべきことである。
何しろ記憶が戻った時点でゴーシュは自殺する可能性があるからだ。
ゴーシュが自殺すればイーリアが、ロアが今まで過ごしてきた一年間が、その何もかもが水の泡となって消えてしまう。
イーリアが犯したのはたった一つの判断ミス。
そのミスで、何もかもが消えてしまう。
――いや、違う。本当はこの計画は穴だらけの失敗だらけであった。
ロアはゴーシュを成長させることを行わなかったし、イーリアも共に楽しんでいた。
だから二人のミスなのだ。
そんな中、イーリアが一人で責任を負おうとしていと言う事はロアにもわかった。
だからこそ今までの胸中を支配していた恐怖が薄らんで、代わりに彼女に対する思いやりが溢れてくる。
「……いえ、たぶん同じでしたよ」
『え?』
疑問符を浮かべるイーリアにロアは続ける。
「きっと逃げていても同じでしたよ。相手は神聖兵器の使い手です。防御魔法は使い手が死ねば自然に消失するので、きっと敵は逃げる私たちを撃ったことでしょう」
『……でもっ!』
「えぇ、これはあくまでも推測。ですが、現状を受け入れるのには一番の思い込みです」
結果は変わらない。そう言うことにしてしまえばいい。
イーリアの判断ミスではなく、変わることのない運命だったと受け入れてしまえば納得が……行くわけない。一人で抱えさせるなら、二人そろって投げだしたほうが良い。
逃げることは別に悪いことではない。全てを受け入れ、しかしそれでも死ぬのは嫌だ。
こんな運命に流されて死ぬなど絶対に嫌だ。
……でも、目の前の状況は変わらない。
止まらない砲撃は今も防御魔法を打ち砕き続ける。
待っているのは死のみ。
わかっている。
理解している。
その死を私たちは受け入れたはずなのに――涙が止まらなかった。
「バイバイですね、イーリア」
『そう、なっちゃうね』
二人で呟き合い、砲撃が体を貫くのをただひたすらに待つ。
死を待つのは気分が悪い。
足が震えて、脳が痙攣して、体中から汗が止まらない。
そしてまさに別れを告げ合い、目を閉じようとした瞬間……その少年は姿を現した。
白髪を振り乱し額に汗をかいて、肩で息をする少年。
彼が現れたことに驚愕に目を見開き、そして彼女らは告げる。
「――バイバイ、兄さん」
『――さようなら、お兄さん』
二人は意味合いこそ違えど、好きな少年の姿を最後に目にできたことに涙を流しながら優しく微笑んだ。
瞬間――少女の体を『灰燼に帰す陽砲』が貫く。
華奢な体の少女は、その腹部にぽっかりと穴をあけて、吐血。
貫通した砲撃は彼女の後方数メートルの所に直撃し、大地に突き刺さり、やがてすべてをひっくり返すほどの大爆発を引き起こす。
少年、ゴーシュ・ランペルージュは目の前の光景が呑み込めず、ただ立ち呆けるしかなかった――。




