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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
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1

 退廃した街を風が吹いた。

 すると、どこからか潮の香りが漂ってくる。

 近くに海があるのだろう。

 ふと、潮の香りと共に一人の少女の声が流れてきた。


「何をそんなに驚いてるんですか? まさか大切な妹の顔を忘れたと言うんじゃないですよね?」


 突然現れ、妹と名乗ったロア。

「私のことを忘れたのか?」と聞いてくる彼女に、少年は迷いなく告げる。


「忘れた。と言うか思い出せない。悪いけど俺、記憶喪失っぽいんだわ」


 ロアは少年の言葉を聞くと、一瞬だけ固まり、次に俯き、かと思うとパッと顔を上げて苦笑を浮かべた。


「えぇ、わかっていました。ごめんなさい。兄さんは記憶喪失ですよね。知ってます。今のは確認的な奴です」


 その言葉を聞くに、ロアは少年が記憶を失っていると言う事を知っているようだ。


 もしかすればその原因も知っているかもしれない、と言う結論に行きつくやいなや少年は鼻息を荒くし近付いて――。


「な、なぁ、俺の記憶が無くなった原因を知らないか? それがわからなかったら何で俺がここに居るのか、俺の名前は何で、どういう人物なのかを教えてくれないか? ――妹だったらそれくらいはわかるだろ?」


 一気に捲し立てる少年に対し、ロアは少々困り顔を浮かべた。


「一度に言わないでください! ……えっと、まず記憶が無くなった原因ですが、言えません。言うと兄さんは死にます」


「し、死ぬ!?」


 死ぬと言う言葉に、少年は驚愕に大きな声を出した。

 しかし、ロアは淡々とした様子で「安心してください。私は兄さんにその原因を言わないので、兄さんは死にません」と宥める。


「何故ここに居るかについては、単純に住んでいたからです。あなたの名前はゴーシュ。ゴーシュ・ランペルージュ。私の兄です」


 彼女の言葉に、少年ゴーシュ・ランペルージュは少しの安堵感をその顔に表した。


 まだまだ記憶のことなどが判らないが、それでも記憶を無くす前の知り合い……それも妹と再会できたことがたまらなく嬉しかったのだ。

 自分の名前を聞いて、だが、それはまったく聞き覚えのない名前だった。

 長年一緒に歩いて来たであろう名前を、ゴーシュ自身が違和感を覚えるほどに記憶喪失は酷い物だった。


「にしても、良かった。キミは俺を知っているんだね?」


「キミじゃなくてロアです。ロア・ランペルージュ。知っているも何も妹ですからねっ! 私がここに来たのは記憶を無くした兄さんのお世話をしてあげるためですっ!」


 えっへん、と彼女は無い胸を張った。


「お世話……お世話ねぇ」


 ゴーシュはそう呟きながらロアを見つめる。


「な、何ですか?」


「いや、お世話するとか言ってる相手の頭を握りつぶす勢いで掴み続けるのは、いかがなものかと思っただけだよ」


 そう、彼女の説明を受けている間も、ゴーシュはずっと頭を握られたままだった。

 現在進行形でミシミシと頭蓋は悲鳴を上げている。

 ゴーシュが「そろそろ離してよ」と告げるも、むしろ逆効果で親指をこめかみに突き刺し、新たな攻撃を始めた。


「兄さん。私だって本当はこんなことはしたくないんですよ」


「じゃあやめろよ!」


「でも、兄さんがあまりにも馬鹿で、だから私は罰を与えなきゃダメなんです」


 ゴーシュの言葉を華麗に無視して、彼女は言葉を続ける。


「兄さん。今、兄さんは何の服を着ていますか?」


 言われて自分の服に視線を落とすと、そこにあるのは黒い清潔な神官服。


「あれ? もしかして俺って神官だったりするの……?」


「そうですね。神官だったりします。まぁ、記憶を無くしてからなので以前は違いましたが……と、今回は初犯だったのでこれくらいで許しますが、次は無いので気を付けてくださいねっ!」


 ロアは人差し指を立て、ウインクをする。その姿は最初に彼女を見た時の印象と大きく異なっていた。天使とは正反対、まるで小悪魔だ。


 整った顔立ちに、美しい髪。それでいて中身は悪魔とくるのだからなんと個性豊かな妹か。

 付け加えると、記憶を無くした兄に対してこの仕打ちである。


 ゴーシュはロアと言う少女に若干の恐怖と、精神的に優位に立たなければ彼女の言いなりになってしまう、と軽い脅迫概念を植え付けられた。


「じゃ、行きますよ」


「行くってどこに?」


 踵を返して本屋を後にするロアの後を追いながら、尋ねると。


「どこって、その服着ているのですから、行く場所なんて決まっているでしょうが? 兄さんはどうしてそんなに馬鹿なんですか?」


 「はぁ……」と溜息を吐くロアに若干の怒りを覚える。

 どうやら彼女はいちいち兄を馬鹿にしないといられない性格の様だ。


 ロアには見えない様に拳を握っていると、彼女は不意に立ち止まって遠くの建物を指さした。


 いくつもの建築物の間を越えて、僅かに姿を見せる白い十字架の付いた建物。


「神官服着ているのですから、教会以外ないでしょう?」


 彼女が指さしていたのは大きな教会だった。


「確かに……でも、まずは俺たちの家に連れて行ってくれないか? この街に住んでたんだろ?」


 教会に連れていかれるのは構わない。

 だが、どうして初めに教会に向かうのかが解らなかった。この街に住んでいたのなら、先に家へ案内してくれるのが普通だろう。


「あぁ……、それなのですが……」


 ロアは思い出したようにポンと手を叩くと。


「街がこの有様で分かっていると思いますが、もう使えない建物もいくつかあります。そして私たちの家はすでに壊れています。ですので、今日からは教会で寝泊まりと言う事で……。だ、大丈夫です! 私が家事などは行いますから!」


 ゴーシュは、思う。


 ……さっきまでエロ本見ながら煩悩まき散らしてた自分が、今日から神様に祈る神聖な場所で寝泊まりって、なんとも心苦しいな、と。


 しかし、だからと言って行く当てはない。

「煩悩退散」と心に刻み込むゴーシュ。だが、そこではたと気が付く。


 ……よく考えれば、今日からロアと一緒に一つ屋根の下、と言う事になるのだな。


 つい先ほど出会った少女ロア。

 彼女曰く、自分たちは兄妹で、互いの特徴からもそれは明らかだ。


 だがゴーシュからすればロアが妹と言う感覚は無いわけで……無意識に生唾を飲み込んだ。

 そんな彼が、これが煩悩だったと気が付き、節操の無い自分に溜息を吐いたのはそれから五分後のことだった。


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