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ロアと共に歩き始めて三十分ほどが経過したが、教会は遠い。
ロア曰く、教会は街の反対方向にあるらしく、現在地からは一時間ほどかかるそうだ。
故にその遠さに少なからず苛立ちを覚え、次いでそもそも何故神官服なのだ。何故教会なのだ。と、関係のないことにまで苛立ちを抱き始め、ゴーシュの胸中は愚痴で溢れる。
「なぁ、ロア。どうして俺は神官服なんだ? さっきの会話とかを聞くかぎり記憶を無くす前は別に神官じゃなかったんだろ?」
「そうですね。兄さんが神官服を着ているのは……」
彼女は顎に手を当て、一瞬悩む素振りをしながら瞑目。やがて「強いて言うなら」と口にしてから。
「兄さんも、私もですが。私たち兄妹は『流転神イーリア』に感謝をしなくてはならないのです」
「『流転神イーリア』、か」
――世界で信仰されている七神の一人『流転神イーリア』。生と死を司り、その名の通り魂の流転を受け持つと言われる神だ。
ゴーシュにその記憶は残っていた。
消えた記憶は、本当に人に関してだけだったようだ。
神のこと以外にも世界が二十年後に終末を迎えることも、覚えていた。
一般常識はなんとかあるようで、安堵の息を吐く。
「俺達は、流転神イーリアを信仰していたのか?」
「信仰……えぇ、そうでしたね。まぁ実際のところ面倒くさいとか言って二人揃ってほとんど教会にお祈りに行ったことなんてありませんでした」
「それが一体全体、何で感謝をするためにわざわざ自分の兄を生贄にすることになったんだ?」
「生贄って……まぁそれは聞かなかったことにして。それに対する答えは、私たちが流転神イーリア様に救われたからです」
――この街を見てください。と、彼女が両手を広げて周囲を示す。
「見てわかるとおり、この街ではある事件が起こりました。そのせいで、この街では多くの人が死にましたが、流転神イーリア様のご厚意によって、私たちは生きながらえることが出来たのです。まぁ、事件の前に逃げたり、偶然生き延びたりと他にも生存者はいるのですが……」
彼女の言葉を聞いて、ゴーシュはいくつか得心が行く。
どうしてこの街が崩壊寸前なのか。
何故神様に感謝をしなければならないのか。
答えを知って、少しだけ心が軽くなった。
いや、実際に人が死んでいる状況なので、決して喜ぶべきではないのだが、神様のご厚意で助かったなど本当に運がよかった、とゴーシュは心から安心する。
「なるほどね。それで感謝、か。そうとなれば俺もしっかり感謝、と言うかお祈り? どっちでもいいか。とにかく教会で誠心誠意しないとな!」
意気込んでサムズアップして見せるゴーシュ。
しかし、ロアに向けた視線の先で、彼女はどこか寂しそうな表情を見せた。
けれどそれも一瞬で無くなり、彼女は顔面に笑顔を張り付けると――。
「そうです! 頑張ってくださいね! 兄さん!」
と、応援のメッセージを送る。
彼女の笑みにドキリとしたゴーシュは、顔が熱くなってきたのを感じ先に歩き始めた。
「あ、待ってくださいよ。兄さん道わからないでしょう?」
「確かに」
よく考えなくてもわかることだが、自分はこの街についてあまりにも無知だ。
案内人のロアとはぐれたらその場でジ・エンド。
廃墟にお似合いの死体の完成であろう。
……そう言えば、これだけの廃墟なのに何で死体の一つもないんだろうか?
ロアは確かに多くの人が死んだと言っていたが、その死体は一つもない。
頭を悩ませるが、ゴーシュはその答えを出すことは出来ないと判断すると思考を中断した。
仕方なく街の構造でも覚えようとあたりに視線を向ける。
ふらふらとロアを見失わない様に気を付けながら歩き回るゴーシュは、不意に一枚の紙を拾い上げる。
そこには『男なら、モンスター倒して女を守れ! 来たれ冒険者!!』と言う文字と共に、格好の良い鎧に身を包む男たちの写真。
冒険者ギルドの配る、冒険者募集のチラシだ。
「ほわぁ~かっけぇー……」
一般的に男なら冒険者にあこがれる物である。
しかし、それと同時に冒険者は登録することが恥ずかしいと言われる職業でもあった。
理由は二つあるのだが、一つは冒険者が格好いい職業だと言う事だ。
例えるなら十八歳の男性が『俺、ヒーローになりたい!』と言っているのと同じなのだ。
けれど好都合ながら現在この街に人はいない。
つまりゴーシュは人目をはばかる必要が無いのだ。
安っぽい言葉を連ねただけのチラシにゴーシュは目を輝かせ、そして冒険者登録をしようと決意した。
★
キョロキョロと物珍しそうに街を眺めるゴーシュに生暖かい目を向けるロアは、ふと、足元に落ちている一枚のチラシに気が付いた。
少しの好奇心で拾い上げると、そこには『おいでませ、淫夜のギルド! 冒険者様の剣で私たちをレッツ・ハンティング!!』と言う文字と共に、露出の多い獣の服を着た女の人の写真が載っている。
「……」
……何が『レッツ・ハンティング!!』ですかっ! ただの風俗店じゃないですか!?
ロアは声に出しそうだったが、何とか押し止めて胸中で叫ぶ。
見るからに頭の悪そうな広告。
場所は現在地から路地裏に少し行ったところにあるそうなので、元々路地裏で配っていた物が風で飛ばされてきたのだろう。
……とにかく兄さんには内緒にしておこう。
言う必要もないし、あの変態に見せたらなんと反応されるか。魅惑的な女性の体が写ったこのチラシを見て『はぁはぁ』と息を荒げる兄など見たくはない。
早々にチラシを捨てようとして――。
「なぁ、ロア。ギルドに行かないか?」
ゴーシュの声に、ロアは「え?」と何とも間抜けな声を漏らす。
ゆっくりと彼の方へと向くと、その手には一枚の紙が握られていた。
ロアは逡巡し、そして理解する。
自分の下に流れてきたのだ。もう数枚同じように流されて、ゴーシュが拾っていても何もおかしいことは無い。
最悪だ、と思いながら今一度ロアは自分の手の中にまだ握られてある『レッツ・ハンティング』の紙に目を落す。
ここは退廃した街。
もちろんこの店の女の子たちも逃げるか死んでしまったかのどちらかだろう。
と言う事は、現状このお店にはゴーシュの相手をできる者は居ない。
そんな状況下での彼の「行かないか?」と言う誘いから導き出される答えは――。
「に、ににに、兄さん!? 私たちは兄妹なんですよ!?」
近親相姦の四文字が頭に浮かんだ瞬間、ロアは顔を茹蛸のように真っ赤にして手をわたわたと振りまわした。
「え? 兄妹とか、関係あるの?」
「あ、あるに決まってるじゃないですかっ!」
兄妹での性交など許されるはずのない禁忌の行為である。
ロアはそのあたりの良識は持ち合わせていた。
「うーん、俺には何が問題なのかわからないけど……。でも、せっかく他に誰も居ないからやらないか?」
「だ、誰も居ないからヤらないか!? 正気なんですか!?」
「え……うん。それともロアは他に人が居る方が良いのか?」
「人前で!? 無理です無理です!!」
「だろ!? だから二人っきりの今しかないんだ、お前となら俺はやれる」
「や、ヤるって……。そんな、本気なんですか?」
「ああ! 確かに最初は不安かもしれない。でも、何とかなるさ!」
そう、満面の笑みで告げる実の兄に対し、ロアの胸中は荒れ狂っていた。
……いやいやいや、兄さんとは兄妹であってそんなことは絶対にしてはいけません。
確かに兄さんのことは好きです。
もちろん兄妹としてですが。
でも確かに兄さんからすれば、私は今日出会ったばかりの女、と言う事になるのでしょう。
しかし、それにしても早すぎると言うか、兄さんの頭の中はそんなにも性に乱れていたのでしょうか。
何と言うか軽蔑と言うか、でも悪い気はしないと言うか……。
「って、私は何を……!? ダメ、兄妹でそんなこと!!」
「何を困っているのかわからないけどさ、良いだろ?」
「だ、だから、わた、私たちは兄妹で……」
「そんなの関係ない!!」
本当に関係ない。ゴーシュは冒険者登録に誘っているだけなのだから。
だが、何か勘違いしているロアは依然顔を真っ赤にしながら――。
「……わ、わかりました。わかりましたよ! やればいいんでしょう!?」
何かが吹っ切れたように、しかしながらきちんと要望を飲んでくれた彼女に気分を良くしたゴーシュは、満面の笑みで感謝を告げる。
「ありがとう! じゃあ行こうか!」
そうして二人はまったくの正反対の方向に歩き出した。
「あれ? どこ行くんだロア」
「に、兄さんこそ、どこへ行くんですか?」
「どこってギルドに決まっているだろ?」
そう言われてゴーシュは手にしていたチラシをロアへと向ける。
彼の行動の意図が判って居なかったロアはチラシを目にして、そして目を見開いた。
「なぁ……ッ!?」
ゴーシュの手にあるのは、もちろん本当の冒険者ギルドのチラシ。
「いや、こういうのはちょっと恥ずかしいけど男なら憧れるって言うか……」
前述した通り、冒険者になるのは恥ずかしく、だが、それ以外に、恥ずかしさを覚えるのには理由があった。
それは冒険者登録の方法にある。
登録には『登録結晶』と呼ばれる道具を用いるのだが、端的に言うととても痛い。
手の上に置いて起動させると登録の証であるバーコードが手に焼き付けられるのだ。
「大男でも涙を見せると言うあの登録方法。人が居たらそんな無様な姿は恥ずかしいけど、お前だけなら別だ! なぁ、やろうぜ!」
別に登録したところで仕事内容であるモンスターを狩りに行く必要なんかはない。
バーコードは有るだけで格好いい。つまりはただ見た目が目的なのだ。
「……あ、あぁ! ギルド! 冒険者登録ですね! はいはい! 行きましょう!」
今まで兄から関係を迫られていたと思っていたロアは、多少取り乱しながらも何とか話に着いて行く。
後ろ手にチラシを隠すと、そのまま丸めて遠くに捨てたのは言うまでもないが……。
顔を赤くしたロアにゴーシュは首をかしげつつも、目の前にある大きな木造の建物、冒険者ギルドへとその歩みを進めた。




