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 消え去る刹那、”虹の門”は抱え持っていた時間のすべてを、ぼくの前におびただしく展開していった。

 曙光とともに始まる宇宙。

 その中で生きるおびただしい人々。

 ほんのわずかな選択で大きく変化し、かくあるはずだった無限に異なる光景。

 やがて迎えるたった一つの終焉。

 

 なにもかも、あまさず目にしたぼくは、そのほとんどを忘れて目を覚ましたのだった。

 

 

 赤い色が視界を包んでいる……。

 まぶたが上がり、青みを帯びた暗い空が見えた。

 頭上にまたがる広大な天空の端が、バラ色にそまりつつある。

 朝か。

 なんだか、前にも似たような景色を見たことがあるような気がする。

 ふと、困惑が、まだ意識のはっきりしないぼくをとらえた。

 ……え?

 どういうことだ?

 ぼくは死んでいるはずだろう?

 これが死というものなのか?

 もしそうなら、死後の世界というのは、生きているのと全く変わらないじゃないか。

 妙な憤りを感じながら、ぼくは体を起こした。

 背筋が凍った。

 ぼくは、小さな貯水槽のような四角い建物の上に寝そべっていた。さらに、周囲には壁一つなく、どこまでも薄闇につつまれた空が広がっていたのだ。

 ぼくの居る建物は、大きな円形の床に乗っかっている。

 仰天しながら、おそるおそる視線を下へと移す。

 すごい……朝日の紅色に染まった雲海が絨毯のように見える。

 この絶景を、ぼくは覚えていた。

 忘れるはずもない、たった一晩しかいなかったけど、ぼくのその後を決定してしまった、ここ。

 プレーテの塔。

 アウナと二人っきりで過ごした場所だ。

 結局、”虹の門”は消えなかったのか。だからぼくが生きているのか。

 ”虹のかなた”を破壊するという、ぼくの独りよがりでしかない罪業の償いとして、命を捨てたつもりだったけど……。

 せっかくの鮮烈な光景も見えなくなるほどに、ぼくは落胆してしまった。

 世界相手に、自分の意地なんか、そうそう通せるわけもないよな。

 でも、必死になってたぼくが、これが結果じゃ、まるでバカみたいじゃないか。それとも、これは夢なのかな?

 夢なら……もしかして……彼女も……。

 ぼくは思わずその名を口にしていた。

 「アウナ」

 すると、背後から声が聞こえた。

 「何じゃ?」

 ウソ???!!!

 飛び上がるように、振り向いた。

 ぼくのすぐ後ろには……信じられない、信じられないけど……彼女が、アウナが、本物が、いた。

 風にそよぐ細い金色の髪、白磁のようなまばゆい滑らかな肌、澄んだつぶらな瞳。

 見間違いようもない。本当に、アウナだ!

 言いたいことがありすぎて、逆にぼくは何も言えなくなる。

 顔が熱くなった。ぼくの顔は真っ赤になっていることだろう。体中から汗が流れる。

 一方、相対する彼女の表情は、恐ろしく冷ややかだった。

 可愛らしい唇を曲げ、ぼくに怪訝なまなざしを向ける。

 「わしを呼び捨てにするとは、おぬしいったい何者じゃ? わしの祖父母、両親以外にそれができる者は、天上天下いずこにもおらぬはずじゃ!」

 うわぁ、すごいや……超~上から。ここだってすでに雲の上なのに、さらにどんだけ高みから来るんだよ……。

 まあ、とにかく自分に都合がいい話になりがちな夢にしてはちょっとおかしい。アウナはぼくのことを覚えていないのか? それに、祖父母、両親と言ったな。つまり、彼女には家族がいる? ぼくが聞いた話では、アウナは天涯孤独で、昔の記憶もないってことだったけど……。

 アウナは不思議そうに首をかしげ、黙っているぼくをまじまじと見つめる。

 ああ、ぼくの心臓は今にも壊れてしまいそうだ。

 焦れたように、アウナは言葉を継いだ。

 「……まあよい。他にも聞きたいことはある。どのようにして、ここまで入ってきた? ここは、”他球”人と言えども由緒ある家柄に属する者のみが入れる場所、それとても、誰でもというわけではない極めて私的な区域じゃ。それをおぬしのような見知らぬものが、なぜ来ることができた?」

 咎めるようなまなざしでぼくを見るアウナに、ぼくはしどろもどろで答える。

 「いや、その……よくわからないんだ。気が付いたら、ここで眠っていたから……」

 「ふん。その言葉、まことか? 一時しのぎの言い逃れなど通用せぬぞ? 一見したところ、ウソをついている様子ではないが、あまりにいい加減すぎる内容じゃな。素直に信じてはやれぬ」

 刺すようなアウナの視線が、しかしぼくには快かった。

 これが夢なら、別に覚めなくてもいい。設定が少し変だけど、これはこれで、悪くないんじゃないか。

 不信感もあらわに、アウナがぼくを観察していた時、突如として、轟音が耳をつらぬいた。

 同時に、暴風が殺到した。

 とっさに、身を呈してアウナをかばう。

 かすかに胸が痛んだ。ぼくが彼女にしてあげられなかった多くのことの一つだ。

 吹き飛ばされないように、建物の縁につかまる。

 意外にも、握力が異常に強まっているようだ。必死につかんだ屋上と壁の角が、ひしゃげてしまった。

 駆け抜けた激しい風の残滓にはためく大気を透し、飛翔する異形が見えた。

 おおむねひし形に近い形の物体が、三つ、それぞれが三角形の頂点となる編隊を組んでいる。

 それらは、灰色の腹を見せながら、あっという間に遠ざかって行った。

 後には、白い飛行機雲が、航跡のように青い空に浮かんでいた。

 あれは確か、昔テレビで見たぞ。成層圏に浮遊する空中空母に搭載された無人戦闘攻撃機かなんかだ。エフろくじゅう何とかとか、確かそんな奴だよ。

 でもそれは、地球の兵器だ。なぜ”虹の門”に?

 いつの間にかぼくの背中にしがみついていたアウナが、つぶやいた。

 「”融合ファンダード”以来、騒がしくていかん。地球人どもめが、我らが私邸にまでのさばってきよって……わしは、実に不愉快じゃ」

 飛行物体は超音速でひとまず姿を消した。ぼくはアウナに尋ねる。

 「何か、世界にとんでもない異常が起こったようだね? ぼくはついさっきまで”虹の門”にいたんだけど、ここの状況がよくわからないんだ。教えてくれないか」

 鼻白んだようにアウナは答えた。

 「”虹の門”にいたじゃと? たわけたことを言う。”天地再創造”計画は失敗したじゃろうが。”虹の門”の生成に失敗したおかげで、わしらの宇宙とレプリカ宇宙が衝突し、混じり合ってしまったのよ。もう一か月ほど経つが、まだそんなことも知らんのか?」

 なんだか、怒られてしまった……。アウナは今、機嫌が悪いようだ。

 それはともかく、”虹の門”が無くなったことは間違いがないようだ。ただ、思ってもみなかったことは、”虹の門”がなくなってしまったことによって、二つの宇宙が混じってしまったということだ。”融合”? 何が起こったんだろう?

 ぼくはさらにアウナに質問する。アウナはぼくを怪しんでいるのか、眉をひそめつつも、答えてくれた。

 「胡乱な奴じゃ。じゃが、ついさっき、わしをかばってくれたことの借りもある……かいつまんで説明してやろう。宇宙が”融合”してしまったことで、”他球”とレプリカが一緒くたになってしまったのじゃ。具体的には、わしらがおるこの惑星の人口が倍になった。そして今、あらゆるところでわしらとレプリカ人の衝突が起きておる。今のわしも、そのまっただなかにあるというわけじゃ」

 「え……まっただなかって? あの飛行機も関係あるのかい?」

 「そうじゃ。ここからは雲が邪魔して見えぬが、地上は武装したレプリカ人の軍隊がこの塔を包囲しておる。昨日、順調に進んでおるはずじゃった和平交渉が、突然に決裂してしまってな。わしはここへ遊びに来ておったのじゃが、まさに青天の霹靂よ。父上と合流しようにも、包囲されておっては外にも出れぬし、さりとて敵を蹴散らすにも、この塔の戦力では不可能。戦争状態になるとは思っておらなんだのでな、全く油断大敵じゃ」

 「”虹の門”に移住はしなかったの?」

 「だから”虹の門”は生成に失敗したというておるじゃろうが! レプリカ宇宙との緩衝材が突如として消えてしもうたがゆえの、この大混乱よ。”天地再創生”が開始した数年前には、まさかこんなことになるとは思ってもみなんだわ。レプリカがつつがなく完成して、いよいよ残すは点火のみになった時のお祭り状態が三か月前のことじゃから、全く世の中、何がどう転ぶかわからぬものよ……おぬしはそれすら知らんのか?」

 驚きに目を丸くして聞いているぼくに、アウナは呆れたようだった。

 でも、だいたいの状況は分かったよ。

 ぼくが”虹の門”を破壊したことで、二つの宇宙は”融合”した。

 それも、”虹の門”の存在のみならず、”虹の門”が発生して以降の出来事は、宇宙から消えてしまった状態でだ。

 そんな世界になぜぼくだけが出現したのかは定かではない。

 しかし、宇宙には数限りない始まり可能性と同時に、その終局を必ず内包するものとするならば、”虹の門”が存続するという可能性が衰亡し、終焉したという結果そのものとしてぼくが残されたのかもしれない。

 未来を知り、過去を変えることによって、世界そのものが変化する。この宇宙は、決まった一つの形はなく、粘土のようにいかようにも姿を変えてゆくものなのだろうか? ひょっとすると今この瞬間にも、何かが変わっているのかもしれないな、ぼくにはわからないだけで。

 しかし、宇宙のしくみなんかを考えるのは、ぼくの手に余ることだ。それよりも、身近なことに目を向けよう。

 ぼくの目の前にいるアウナは、”虹の門”に来る前の、”他球”で生きていたアウナだ。

 つまり、”虹の門”のアウナとは、別人と言ってもおかしくないほどに、異なる存在だ。

 だが……だが、ぼくは落胆するでもなく、むしろ戦慄にとらわれたのだった。

 ”他球”の知識を得たぼくに、”虹の門”のアウナを取り戻す方法が天啓となって閃いたのだ。

 ぼくの体内には、記憶操作を解除する微小機械が満ちている。

 さらに、ぼくの体内にはアウナのしっぽが存在し、アウナが記憶を捨てるときに使用した微小機械が残っている。

 これらを混合することで、ぼくが殺したアウナの記憶を、まだ何も知らないこの女の子に注入することは可能だ。

 つまり、もう一度ぼくは、ぼくのアウナに会うことができる!

 しかし、湧き起る激しいためらいがぼくを押しとどめる。

 当然だ。ぼくはアウナを不幸に突き落とした張本人なのだから。

 だが、もう一度、今度こそやり直せるのではないかとの、一縷の望みがぼくを激しく揺さぶった。

 そんなぼくに、二つの疑問が、これ以上ないくらい重くのしかかる。

 

 

 

 まず一つ。

 他人のことを考慮せずに、自分の幸福だけを追及してもいいのか?

 

 

 そしてなにより、大事なこと。

 ぼくがアウナと再び邂逅することは許されるのか?

 

 

 

 自分の幸福を追求するためならば、障害となりそうな者たちを排除すべきなのだろうか。

 もちろん、今までそうしなかったとは言わない。

 でも、ぼくはあまりにも他人の言うことを重く考え、自分自身をおろそかにしてきたという気がしてならない。

 それが、アウナを殺す羽目に至ったのではないかと、いまだに心の片隅に引っ掛かっている。

 正直、ぼくも、アウナも、もっと自分に素直になれば、もう少しマシな方向へ転がったんじゃないかと後悔しているわけだ。

 そして、現在は不幸を知らないアウナに、もう一度ぼくとの悲愴な思い出を見せることは、果たして正しいことなのか。

 ぼくはアウナを不幸にするまいと考えるあまり、一つの宇宙を消すことさえした。

 にもかかわらず、いまだにアウナを目にすると、どうしようもなく心が揺れてしまう。

 要するに、ぼくはアウナに未練たらたらなんだ。

 今、ぼくには画然と分岐するいくつかの未来が、漠然と見える。

 ”虹の門”を破壊したときに、それが内包しているあらゆる可能性や展開、そして結果を見てしまったせいだろうか、なんとなく未来がうっすらとわかるような気がする。

 ただの気のせいかもしれないけど、ここでの選択が、ぼくの行く末を大きく変えるはずだ。

 

 

 

 と、ここで話をいったん止めよう。

 まずは、今まで話を聞いてくれた、あなたにお礼を言わなければならない。

 ぼくのつたない語りにずっと付き合ってくれて、本当にありがとう。

 あなたにとって何の義理も縁もないぼくの、冗長で退屈な物語に耳を貸してくれた優しさに対して、ぼくの胸はただただ感謝の念でいっぱいだ。

 でも、もう少しだけお手を煩わせていただくことを、ぜひとも許してほしい。

 ぼくが、長々と凡庸な体験を包み隠さず語ってきたのには、理由がある。

 実は、あなたの助言が聞きたいんだ。

 未来への分岐点という瀬戸際で、ぼくはうろたえ、迷っている。

 だから、一言だけでいい。

 あなたの言葉がほしい。

 ……ぼくは、どうすべきだろうか?

 

 

 

 ●知らね。好きにすれば?

 →”60-1”へ。

 

 ●もう、アウナにこだわるのは止めとけ……。

 →”60-2”へ。


 ●まずは、お前が殺したアウナに許しを乞うべき。

 →”60-3”へ。


 ●少しくらい自己中でも、二人で幸せになっちゃえよ!

 →”60-4”へ。

 


 

 ぼくたちの住まうこの宇宙は未来のみならず過去すら可塑的であり、あなたの判断やぼくの行動が、鏡のような湖水に落ちた羽毛が波紋を起こし、静かなさざめきで、陽光の下、湖の姿を一変させ得るように、宇宙の全貌をすら変えてしまうのだ、とぼくはそう信じている。

 



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