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 ”虹の門”と隣接した宇宙にある、地球に酷似したもう一つの惑星。

 それを、仮に”他球アリア・テール”と呼ぶことにしよう。

 今現在、”他球”の住民は、すでに滅亡している。

 そもそも”虹の門”を創造したのは彼らだった。”他球”は、地球と酷似した世界ながら、科学技術はほんの少しだけ地球よりも進んでいた。

 次元炉の基本概念から派生した高次元振動波を動力源とする重力子反応による暗輻射光発振によってタゲットのエクストスするコスム対するペルフォリィヴォルフィニンパンチャによってアナザディメズをジペンダウ後、バイトイトスカンし、サンドモンニグが発生させる。

 この最先端技術によって、どんな宇宙にも確実に到来する”冷たい死”を逃れることが、理論上では可能であった。

 ”他球”を含む宇宙は、避けることのできない、”熱的死”に瀕していたのだ。

 わずかな残存エネルギーのほとんどを投じ、数十年後に終焉を迎える宇宙を賦活すべく敢行された一大プロジェクト、”天地再創造レクレオ”は、しかし、無残な失敗に終わった。

 結果、速成された”大きな燃料マルチェファイ”である、地球を含む新たな宇宙と、点火装置となる”小さな爆弾プリマリオ”、”虹の門”が残滓として残されたのみとなった。

 いわば地球を含む宇宙は、”他球”から見れば、ほんの数年前、人工的に発生させた宇宙の粗雑なレプリカでしかなかった。

 故郷の再生を断念した”他球”人は、ひとまず隣接した”虹の門”へと移住を始めた。

 しかし、ごく少数の人間が居を移した時点で、資源の尽きた”他球”はあえなく終焉を迎えることとなった。

 母星からの通信は、別れの挨拶を最後に途絶し、残されたものは貧弱な設備と、改造された己の肉体のみ。

 ”虹の門”に残された人々は、進退きわまった末に、やむなく土着の道を選ばざるを得なかった。

 その間多くの諍いと殺戮が起こり、人口はたちまち激減した。

 第二の絶滅に直面した”他球”人たちは、もはや意識を統一することもならず、細かな派閥に分裂し、やがて孤立していった。

 ”半神”は衰退した”他球”人の末裔だった。

 彼らは故郷の追憶から逃れるために、自らの記憶を封印し、自分だけのささやかな王国をつくり、余生をおくる道を選んだ。

 記憶は微小機械によって、隠匿された。

 ぼくが感染した微小機械は、記憶を隠す機能を持った微小機械を、破壊する機能を持っていたのだった。

 そして、ぼくのこの肉体は、”他球”人のものだった。

 地球人が開拓ロボットとしてコピーした体には、”他球”人の記憶が残っていたのだ。

 見えなくなっていた記憶がよみがえり、ぼくはついに自分が”他球”人そのものであることを知ったのだった。

 

 

 「そうか。キミは……いや、エンカラも、”他球”人の遺志を継いだんだな。彼らが生き返らせようとして挫折した故郷を、新たに作ろうとしているのか」

 ”虹のかなた”は得たりとうなずいた。

 その双眸は明るい光を浮かべている。ぼくが初めて見る、奴の親密な表情だった。

 「当然だ。おれたちは本当は地球とは何の関係もない人間なんだからな。やるべきことは一つ。故郷の再興だ。まあ、あんたとはいろいろあったけど、こうなっちまったら、協力するしかないだろ?」

 これまでの緊迫した戦いはいずこ、”虹のかなた”はこちらへと無防備に歩いてくる。

 ぼくは思わず身構えていた。

 「どうして、そんなに一途に思い込めるんだい? だって、キミはぼくとエンカラの間に生まれた子供でもある。いまさら”他球”に何の関係があるんだ?」

 怪訝そうに、”虹のかなた”はぼくをねめつけた。足取りがぴたりと止まる。

 「おかしいな? なんか、そんな質問が出るとは思わなかった。じゃあ、あんたは”他球”のことなんかどうでもいいってのか?」

 「どうでもよくはない。ぼくの中にも、もう一人の記憶が埋もれていた……不思議な気分だよ。ぼくがもう一人に増えたような、いや、ぼくは自分が思っていたようなぼくではなかったことを知らされたような、変な感じだ」

 全く、奇妙だとしか言いようがない。

 もう一人の”他球”人の記憶は、無数の細かな断片がとめどもなく広がりながらも、数えきれない破片がそれぞれ四方八方に接続し、やがて大きな潮流を形成しているのだった。

 ぼくはその流れをすべて把握しているわけではないけど、一息呼吸するたびに、何か思い起こすたびに、そんな小さな出来事が契機となって、ぼく自身と、”他球”人の記憶を呼び覚ます。そして、その記憶の小片がきっかけとなり、次々と関連する記憶が引っ張られては、脳裏を去来するのだ。

 懐かしいことのように初めて知る記憶を眺める……どうも、混乱する体験だ。自分が自分でなくなっていくようだ。何の疑いもなく自分自身であったことが、突然、根底からひっくりかえってしまった。

 ”虹のかなた”は失望したように眉をひそめた。

 「そんな、つまんねーことを聞いているんじゃないんだよな~。なあ、あんた本当にやる気あんの?」

 「なんの……だ? どうなってるんだ、なんだか自分がしっくりと来ない……」

 ダメだ。ほんの少し話すのも、もう一人の記憶が混じり出して、戸惑ってしまう。

 ぼくの抱え込んだ”他球”人の記憶は、穏やかで常識的な、真面目で前向きな、まっとうそのものだった。もしかするとラランニャが地球で送っている人生のように。

 その中で、わずかにアウナを垣間見ることができる。

 アウナは、移民団の中でも富裕な階層の出身で、新たな故郷の再建に燃える理想家として、凛としたその横顔を、この”他球”人の目に焼き付けていた。

 そうか、彼女もそんな時があったんだな……。

 ほのかな憧れと、大いなる畏怖を持って彼女の横顔を仰ぎ見たこの”他球”人を、ぼくは温かな気持ちで迎え入れることができる。

 すでにこの縁もゆかりもなかったはずの、脳内への闖入者である”他球”人のことが他人とは思えなくなっていた。

 きっと、ぼくと”他球”人の記憶は、少しずつ混じっていくものなんだろうな。

 そして、どちらでもない性格に落ち着く、そんな気がする。

 思ったより劇的なものじゃなかった。少なくともぼくにとっては。

 というのは、不思議なことに、ぼくの中でたった一つの思いが、まだ消えない。決して絶えようとしない。

 アウナ。

 彼女の思い出が、そして、ぼくの気持ちが、常に燃え続けている。

 新しく加わった膨大な記憶さえ、そしてぼくの彼女に邂逅する以前の記憶すら、色あせてしまうほどに。

 もう、誰のせいだとも問うことさえするまい、アウナの死がぼくの責任であっても、そうでなくとも、ぼくだって、これから消えてしまうんだから。

 どうしようもないことだ。終わりはすべて決まっているのだから、なら、途中経過で何をするかが大切なんじゃないか。

 それは、ぼくにとっては己が消えてなくなるまで、アウナと生きることに他ならない。

 そのために選んだ道が、ぼくには必然であるなら、誰に何があろうと目指さなければならないんだ。

 周囲のことなど真に理解できないまま、ひとりひとりが思い思いの道をたどり続ける。

 地球人であったぼくも、”他球”人となったぼくも、それは同じだった。

 だから、ようやく、ぼくは迷いを捨てる。

 ぼくは”虹のかなた”に警告を発した。

 「来るな! それ以上近づくと、ぼくはキミを殺す」

 仰天したような面持ちで、”虹のかなた”は七色の長剣を構える。

 「バカな! どうかしちまったのかよ? 頼むぜ、おい」

 動揺する”虹のかなた”からは、混乱と幻滅が伝わってくる。

 かわいそうな奴だ。

 いきなり外部から、たとえどんな感動的な記憶や物語を持ってきたからと言って、おいそれと人は変わりはしない。どうしたって、同じところに戻ってきてしまう。少なくとも、ぼくはそうだ。

 なのに、そんな後付けの記憶にすがってしまう、キミやエンカラは、自らを支える何物をも、きっと持たなかったのだろう。記憶をなくしたアウナだって、そうだ。

 だから、ぼくは一つ賭けをしようと思う。

 これまで共に戦ってきた”死の種子”を、宙に高く投げ上げ、ぼくは地面にどっかりと胡坐をかいた。

 攻撃を躊躇する”虹のかなた”に、笑いかける。

 「もし、剣がぼくにケガを負わせたら、それは運命がぼくを望んでいないということだ。もし、傷つかなければ、その逆だ。そうじゃないか?」

 ”虹のかなた”はすっかり呆れた様子だった。

 「あんた、やっぱり、つくづく頭がおかしいわ。”死の種子”なんかちょっと傷ができただけで、致命傷になっちまうじゃねーかよ。それに、仮にあんたが無傷だろうが、おれは容赦しないぜ?」

 「いつでも、好きに斬っていいよ。それも運命だと、摂理なんだと、ぼくは受け入れるつもりだから」

 音もなく回転する剣が頭上に迫った。

 

 

 

 重い衝撃が肩を襲った。

 同時に、焼け付く痛みがぼくを責めさいなむ。

 ……ガ、ガチか。

 魔剣は刀身を肩からすっぽりとぼくの体内に埋めていた。

 まさに、大凶。運試し(セービングロール)の自動的失敗。

 やはり、摂理はぼくを嫌っているようだ……。

 

 

 

 そう、だからこそ!

 だからこそ、その障壁、不運こそが、ぼくが一体何者に反抗しなければならないかを、教えてくれる!

 

 

 

 電光石火の動きで、ぼくは肩から”死の種子”引き抜いた。

 血しぶきをまき散らし、”虹のかなた”に渾身の一撃をお見舞いする。

 ”虹のかなた”から弱々しい声が漏れた。

 「なぜだ? めちゃくちゃだよ、あんたは……こんなことして、後悔するぜ、絶対……」

 気が緩んでいたのだろうか、”虹のかなた”はまともにぼくの斬撃を胴体に浴びてしまった。

 腹部に開いた大きな口から、吐しゃ物のように内臓がなだれ落ちる。

 が、ぼくに有利なのはほんの一瞬だけだ。

 ぼくは狂ったように剣を振り上げ、”虹のかなた”を乱打した。

 腕が飛び、頭が割れ、人の形を失い、放出した血潮が霧となって立ち込めるまで、ぼくは何度も何度も剣を叩き付ける。

 ”虹のかなた”が、何度も復活しようとするたびに、ぼくは致命傷をくれてやった。

 やがて、奴の動きが完全に止まった。

 ”虹のかなた”は死んだ。

 どうしてこいつが、微小機械がぼくを支配するまで待ったか、やっとわかった。

 ”虹のかなた”の時間軸は、まだせいぜい数日程度しかない。傷を治すためにさかのぼることができる時間軸の余裕が尽きたんだ。

 壊し合いでは、自分が不利だと悟っていたんだろう。

 目的のためには卑劣な手段をさえ恐れない、健気な奴だった……。

 

 

 

 ぼくは骸のそばに落ちている虹色の剣を取った。

 刀身に深いダメージを負い、かすり傷で敵を死に至らしめるという機能を失った”死の種子”を捨てる。

 長剣の柄を握った途端、ぼくの中にさらなる”魔力”が流れ込んできた。

 これで、今度はぼくが”虹のかなた”になった。

 過去へと時間をさかのぼる。

 七つだった”龍脈”は刻々とその位置を変え、ついにひとつの巨大な白い光へと集束した。

 これが、”虹の門”の始原なのか!

 元の姿を取り戻し、莫大なエネルギーにたぎる”龍脈”と呼応し、満身にあふれ出る強大な力を、一刀に込める。

 ぼくの体が炎を発した。

 ついに、”虹の門”を破壊する時がきた。

 肉体が耐え切れないほどの狂猛な力とともに、ぼくは”龍脈”に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激甚な力の奔流が全身を微塵に粉砕し、ぼくの意識は虚空に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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