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「……どうして?」
じろりとぼくを見上げるラランニャ=めりんたからは、いつもの穏やかな空気も、昔の無邪気な雰囲気も消えていた。
心臓がぎくりとけつまずく。
自分の小心をののしりつつ、ぼくは毅然とした態度を装って答えた。
「ぼくがきめたことだから」
ふふん、とラランニャ=めりんたは鼻で笑った。
「自分でって言うけどさ、自分だけで決めていいことじゃなくね? ご両親やお友達の気持ちはどうなるの?」
両親……それがぼくが一番、罪悪感を感じる相手だ。
受験に失敗、とはいうけど、そうなることは高校を卒業する前からわかりきってたことだ。だって、勉強全然しなかったんだから。ぼくだって人並みに大学生にはなりたかったけど、どうしてもそれができなかった。
なぜ?
将来、人並みに大学生や、社会人になってやっていけるとは到底思えなかったから。
だから、何もかもに手がつかなかった。
でも、時間を無為に過ごし切るほどには、ぼくは腹は座っていない。だから、ゲームで気を紛らわせていただけだ。でも、それがただの欺瞞だっていう意識はあったから、現実に戻らないといけないという気分が常に付きまとっていたんだな。
それにしても、8年間も時間があったわりに、ぼくの思考や性格は高校生の時と全然変わってないような気がする。ラランニャ=めりんたなんかは、見違えるほどに変化しているのに、ぼくだけはいつまでも幼稚なままで、恥ずかしかった。
でも、恥ずかしいのは、どうしようもない。これが、ぼくなんだから。
そして、本当に、親や友達、めりんたには申し訳ない、と心底から思う。
だからといって、彼らの望むままに自分を装うこともできない。
きっと、だからぼくは将来をつかもうと思えなかったんだ。
ぼくはいずれ、期待してくれていた人たちをすべて失望させてしまう。
その不吉な予想が、自分自身を縛っていた、そんな気がする。
だけど、元のぼくは、”フニちゃん”は死んでしまったんだろう?
今のぼくは、アーツェルだ。
前のぼくとたったひとつだけ、違うところがある。
それは、愛してくれた人たちに、否を唱えることができることだ。
自分でもバカみたいだと呆れるけれど、それでも自分のふざけた望みを捨てずにいる、それが、今のぼくなんだ!
「悪いとは思ってるよ。でも、ぼくの自由にしたい」
「勝手だよ、フニちゃんは。みんなフニちゃんのことを大事に思ってくれてるのに、フニちゃんはそれを裏切っちゃうんだね」
裏切り。
その言葉はぼくの心臓を深くえぐった。
ぼくはアウナだけでなく、関わる全ての人たちを傷つけてしまうのか。
自分が人の意向に添えないときの、激しい焦燥。
居ても立っても居られない羞恥と恐怖が、血液を沸騰させるようだ。
でも、ここで自分を曲げてしまっては、ぼくという人間は、どこにも存在しなくなるじゃないか。
その滑稽とも言える安っぽい虚栄心だけが、ぼくをわずかに支えていた。
「好きに思えばいい。いいや、そうだよ、ぼくは裏切るよ、君たちを。ごめんね」
ラランニャ=めりんたは目を丸く見開いた。初めて見る奇妙な物体を見るように、まじまじとぼくを観察する。
「バァッッッッカじゃないの!!!」
怒りのこもった罵声が、ラランニャ=めりんたの口から飛び出した。
猛獣が、獲物に飛びつくような勢いで、ラランニャ=めりんたはぼくにいきなり抱きついた。
「バカ! バカ! バカバカバカバカバカ! バァカ! フニちゃんは、ほぉーんとに、バァァァッッカァ!」
ラランニャ=めりんたが顔を押し当てている場所から、生温かく湿った感触が伝わってくる。
ぼくは彼女の取り乱しように、困惑するしかなかった。
鼻声で、ラランニャ=めりんたは言った。
「帰ってきてよ、お願いだから、帰ってきて!」
「でも、ぼくは帰る気はないんだよ」
「イヤだぁ! これでお別れなんて、イヤだぁ!」
「ごめん。謝ることしかできないよ……」
取り乱して泣くラランニャ=めりんたの姿に、心がえぐられるように痛む。ぼくの脆弱な意志が強力な機械で捻じ曲げられてゆくような気がした。謝るだけで済ませるには、多大な忍耐が必要だった。
できることなら、全面的に受け入れてあげたい。
相手を喜ばせてやろう、というのはぼくにとって本能のようなものなのかもしれない。
でも、おめおめと地球に帰って、”虹の門”が爆砕されるのを容認することは、ぼくの中のアウナに対する裏切りでもあるんだ。
「そんなのダメ! 絶対に連れて帰るんだから! 絶対に!」
やにわにラランニャ=めりんたはぼくの体から身を離す。腰の後ろから、何かを引き抜いた。
冷水をかぶったように、ぼくの体がひきつった。
目の前には燐光を放つ白い剣が、その存在を誇示している。
その武器はかつて何度か目にしたことがある。だが、それをラランニャ=めりんたが持っているとは想像だにしなかった。
一切のものを破壊する光を放出する魔剣、”神眼”。
その持ち主は、”輝く虚空”だった、はず。
しかし、奴は”最終戦争”から中途退場した。いまここにいる塔を攻略する任務を負いながら、姿を現さなかった。だから、いまここは将軍のいない軍勢が漫然と包囲している状態だ。
ラランニャが率いる小勢が突入しているものの、塔を占拠している”モンスター”の姿もなく、現在は戦闘状態にはない。
いや、いまさらだが、エンカラはきっと”モンスター”側のキャラクターだったのかもしれない。何か気になることを言っていたような覚えがあるけど、死んでしまった今は、もう確かめるすべはない。
それはいいとして、”神眼”の疑問だ。
「どうしたんだい、その武器。”輝く虚空”から借りたのか?」
険悪な顔つきで、ラランニャ=めりんたは剣先を振った。
「これは元からわたしのモノだったの」
「え? じゃあ、”輝く虚空”に貸してたとか」
「察しが悪いね、フニちゃん。”輝く虚空”は、わたしなの」
なんだって? 信じられるわけがない。ぼくは奴に何度かあっているんだぞ? だいたい、あいつは男だ。
ていうか、そうか。
あいつも、この目の前のラランニャも、ノトゥのような管理者アカウント専用のキャラクターだったのか。
つまり、”輝く虚空”というのは、”神眼”を持っているキャラクターのことを言うんだな。
となると……かなりまずい……。
”輝く虚空”は”最終戦争の四戦士”のなかでは最強と目されているキャラだ。
果たしてぼくは太刀打ちできるのだろうか?
緊張のあまり、棒立ちになるぼくへ、ラランニャ=めりんたは低い声で言った。
「わたしは本気だから。そのキャラから両手両足をもぎとって、瞬間冷凍して、脳みそを引きずり出して、データを吸い出して、やっかいな記憶を削り取っちゃう。それから、イケメンの体にデータを突っ込んで、元の、ううん、前よりスペックの高い体でフニちゃんを復活させてあげる!」
ひとりでくすぐったそうに笑う。
ラランニャ=めりんたの異様な雰囲気にのまれ、ぼくは悪寒に震える。こわばった声で何とか答えた。
「そりゃ、ひどいな。なんでそこまでする?」
「ひどくないでしょ。フニちゃんは人生をやり直せるんだから。普通なら、もう絶対時間を戻すことなんかできないけど、フニちゃんだけに、奇跡が起こったんだね。もちろん、わたしにとっても奇跡だったんだから。ねぇ、一緒にやりなおそう」
「そうじゃなくて。ぼくがもういいって言ってるんだから、ほっておけばいいじゃないか。ぼくが聞きたいのは、立派に社会人やってるめりんたが、なんでぼくみたいなヒキコモリなんか相手に必死になってるのかってことだよ」
「そんなの、そんなの当り前じゃない! だってフニちゃんは昔から何一つ変わってなかったんだもん。キャラクター越しにでもわかったよ、フニちゃんはあの時の優しいフニちゃんのまま。それがわたしにはすごくうれしかった」
「どういうことなのか、さっぱりなんだけど……?」
「あぁーあ! やっぱり察しが悪いねぇー! わたしは前からフニちゃんが、ス、キ、なぁーの! 全部言わせんなよぉ、バァカ……」
ラランニャ=めりんたの顔が真っ赤になった。見開いた目は星が宿っているかのごとくまばゆく輝いている。
ぼくは逃げ出したい気持ちを抑えて、せめて時間稼ぎにと声をかけ続ける。
「好きって……なのに、バラバラにするのかい?」
「しょうがないの。フニちゃんがわたしの言うことを聞かないから。地球に帰れば全部、丸く収まるのに」
「だったら、キミもここに残ればいい。そうすれば、”虹の門”だって消えなくて済むし」
「絶対ムリ! だってここは、わたしたちにとって、ウソの世界だから」
「ぼくには、ウソじゃない。でも初めは確かにここはゲームだと思ってたよ。しばらく過ごしてみれば、キミだって、そう思えるかもしれないだろ」
「やっぱりわかってないねぇー、ぜぇんぜんダメ! わたしの住んでる世界がここをウソだと言ってる、どうしてフニちゃんはそれを無視するの? 百歩譲ってわたしがここを好きになったとしても、そんなこと地球で認められないなら、ただのマチガイなのに」
「自分だけでも納得してたら、それが正しいことだと思わないかい?」
「おもわなぁーい! だってそうでしょ? 正しいとか間違ってるっていうのは、たくさんの人の間で共有するための価値基準じゃないの? 自分の中だけだったら、好き嫌いくらいしか基準はないもん。でも、それじゃ、世の中成り立たないよね。人は一人で生きてるんじゃないんだから。誰かに支えられる分、自分も支えなくちゃいけないんだから。みんなに少しずつ助けられるかわりに、少しずつ我慢しないといけないんだから。それがイヤなの?」
「違う。我慢なんて今まで散々してきたよ。でも、これだけは譲れないってことがあるだろう? それが、ぼくにとってはここを消すってことなだけ」
「そんなのおかしい。譲れないなんてことがあるはずない。あったらダメなの! むしろ、世間の判断に任せようとすることそのものが我慢なんだからね! やっぱりフニちゃんは勝手。わがまま。全然我慢なんかしてないからね。そんなのずるい、みんな我慢してるのに、フニちゃんだけは何も犠牲を払おうとしないなんて」
「犠牲はもうたっぷり払った! アウナも死んだ、ぼくは片手を無くした! もう親や友達にも会えない! これ以上どうしろっていうんだ」
「だから、そんなのは地球に戻れば全部解決するもん! アウナのことだって、きっとすぐに忘れるのに」
「それがイヤだから、帰りたくないんだ!」
「そぉーなんだ! フニちゃん、本当におかしくなったよね、あのアウナとかいう化け物のせいで! あいつさえいなかったら、全部丸く収まってたのに。死んでもフニちゃんにとりついて、絶対許せない。あいつの痕跡だけは、塵ほども残さないから。”虹の門”は燃料にして、フニちゃんの記憶もきれいさっぱり掃除してあげないと」
「話し合いの余地は、もうないのかな」
「悪いけど、少しだけ我慢してもらうから!」
ラランニャ=めりんたは剣を構える。
が、一瞬早くぼくは超高速領域に突入した。
世界が鮮烈な青に輝く。
時間軸を並列化した。
十分に精神を集中させた甲斐があった。出現したぼくは、十一人もいた。
ラランニャはノトゥのような管理者アカウント専用キャラだから、倒しても中のヒトが死ぬ気づかいはない。だから思いっきりやれる。
手加減なしだ!
ぼくの集団が、凍りついたように動かないラランニャ=めりんたに殺到した。
かすり傷だけで相手を死に至らしめる凶器、”死の種子”を振り下ろす。
ラランニャのはねた髪型の穂先に、刃が切り込む。まとまった髪の先が宙に翻り、四方八方に散った。
ぼくが勝利を確信したその時、ぼくの腕はこなごなに吹き飛んだ。
”神眼”から、目を射る白光がひらめいた。
愕然と突っ立ったぼくの両足が、消失した。
土嚢のように地面に重々しい音と共に落下したぼくを、ラランニャ=めりんたは薄い笑いを張り付けた顔で、静かに見下ろした。




