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ぼくの回想は、しばし時をさかのぼる。
”めりんた”は、突然ぼくの家の近所にやってきた女の子だった。
彼女は……いささか問題のある家庭にいて……いろんな理由によって、お隣さんにひきとられたのだそうだ。
両親から聞いた話だ。とはいえ、それがぼくの生活に何か影響を及ぼすはずもなかった。
だけど、ある時から、”めりんた”はぼくの部屋に頻繁にやってくることになった。彼女はまだ中学生くらいだったと思うけど、学校に全然行かずに、家に引きこもっていたらしい。
で、きっかけはめりんたを心配した両親が、ぼくの家に招待したことだった。お隣さんはお子さんがいなかったから、子供が遊ぶようなものが一切なくて、ぼくの部屋のゲーム機を遊ばせてあげよう、そんな意図だったように思う。
もちろんぼくは大迷惑だったが、しかし、気の毒な女の子をむげに拒否するほど自己中でもない。
……もっとも両親にはあとで散々文句言ったけど。
そして、それで味を占めたか、めりんたはぼくの部屋に入り浸ることになったのです。
はじめはぼくの存在を空気と化して、無言でゲームをするだけだったかわいくないガキだったんだが、ゲームが進むに及んで、先輩たるぼくのアドバイスをもらう必要に抗うことはできなかった。はじめは片言みたいな会話だったが、ぼくとしゃべることを余儀なくされるにつれ、なんとなく友達になったわけだ。
「勇者の名前、”めりんた”なんだ?」
「ちっがぁーうよ。”めりんだ”だよ。バッカじゃなぁーいの? フニちゃん」
「家族でもないのに、その呼び方って……まあいいけど。でもさ、それなら、どうしてここに点々ついてないの?」
「はぁーあ? なにそれ? どゆこと?」
「ここだよ、ほら。”た”になってる」
「うおお。ガチ?」
「ヤバくない?」
「ヤバい」
「”めりんた”」
「わぁーざとだよ! フニちゃん、だまされたぁー!」
「”めりんた”」
「はぁーあ? しつこくね? どうせわざとなんだから、結局ムカつかないし」
「”めりんた”」
「……死ぃね!」
「ごめんなさい」
「いぃーよ、許ちゅ。師匠だもん」
いろんな心温まる、なんてことないエピソードはいくつかあるがここでは割愛しよう。
なぜなら、ぼくにとって彼女の存在はさして大きくなかったから。
実際、ぼくは今の今まで彼女のことなんて全く忘れていた。なのに、どうしてめりんたはぼくのことをこんなに心配してくれてるんだ?
びっくりしすぎて何も言えないぼくに、ラランニャ=めりんたは続けて話しかけてくる。
「思い出した? わたしはずっとフニちゃんってわかってたのに、全然気づいてくれなくて、どうしようかと思ったんだからね」
涙を流しながら、ラランニャは笑った。
「会いたかった……って言ってもずっと会ってたんだけどね。でも、忘れてたらどうしようかと思って、怖くてなかなか言えなかったの」
ラランニャの両手が、ぼくの手を握りしめた。
やわらかな感触が、心地よい温度でぼくの手を包み込む。
「あ……うん、忘れてないよ。覚えてる」
ぎくしゃくと返事する。突然、脳裏を駆け巡った懐かしい思い出の奔流に、頭がくらくらする。
「うれしい!」
はしゃぐラランニャ=めりんた。だがぼくはそれどころじゃなかった。ただただ、混乱しているだけだ。
「わからないことが山ほどある。でも、どれからきいていいかさえわからない」
「何でも好きにして! 全部答えてあげる」
にっこりと無邪気な笑顔を浮かべ、ぼくを見るラランニャは、昔のめりんたのようだった。
お言葉に甘えて、ぼくはとりあえずの疑問を挙げた。
「なんでぼくの身元を知ってるんだ? 個人情報なんかぼくはなに一つ公開していないんだぞ」
「わたし、”組合”の仕事をしてるから。”四戦士”選定するときに、候補者の調査をしたんだよ。百人くらいかな……当然、個人情報までチェックしたの。おかしな人間がまぎれこまないようにさ。それで、フニちゃんのことも知ったわけ」
「そうなのか……きみは”組合”の職員だったんだね。だからか……確かに、そう思えば納得するよ。軍団を組織したり運営する手並みはすごかったからなぁ。そういわれれば確かに納得だよ」
「だからこそ、心配してるんだからね。わかるでしょ? わたしは本当は地球がどうとかこうとかなんて、本音を言えばどうでもいいの。フニちゃんと一緒にまた地球で会いたいってだけ」
そうか、めりんたはもう働いているのか……結構、やるじゃないか、ついこの前まであんなに子供っぽい女の子だったのにな……いや、なんか変だぞ?
「……ちょっと待てよ、おかしいだろ。君がめりんたなはずがない。だって彼女は中学生なんだぞ? ”組合”の職員ってことは、キミ、大人だろう? 本当にめりんたなのか?」
ラランニャ=めりんたは困ったように眉をひそめた。ためらいながら口にする。
「フニちゃんは、自分がまだ高校生だと思ってるの?」
「どうして? 当たり前じゃないか。ぼくは高校二年だよ」
複雑な表情で、ラランニャ=めりんたはぼくと地面の間で視線を往復させた。
やがて、意を決したように顔を上げる。ついさっきまでのあどけなかった目つきは消え、鋭い目つきに変貌していた。
「びっくりしないでね、ハッキリ言うよ。……フニちゃんは、もう高校生じゃないんだけど」
なんだって? ぼくは高校生じゃないって、じゃあいったい今のぼくはなんなんだ? いや、今はアーツェルというキャラなんだけど、元の体、ぼくの本体は本当はなんなんだ? 違うな、もう死んだって聞いてるから、なんだったんだ?
が、しかし、ぼくはこれまで自分に付きまとってきたわずかな不安を思い起こさずにはいられなかった。
ぼくが死んだと聞かされた時、ぼくはこのゲームを何か月もやり続けてきたことに気付かなかった。せいぜい、一週間程度だと思い込んでいた。しっかりと日付やログを調べればすぐにわかるはずなのに、完全に見逃していた。
ゲームをしている――本当はゲームではなかったわけだけど――その間、ぼくは果たしてまともな思考力や判断力を持っていたのか? いいや。これが一番恐ろしいことだけど、ぼくはそもそも人並みの理性を保てているのだろうか?
人として決定的に大事なものを欠いているのではないか?
冷や汗がにじむ。
もしかしてぼくは、前から頭がおかしかったのか? だから自分が高校生ではないことさえ、わからなかった。いや、自分勝手に記憶をねつ造してきたのではないか?
もしそうなら、ぼくの記憶では何が正しくて、何が間違っているのだろう。
足元がもろい砂と化したかのように、ぼくはよろめいた。
頭の奥にぼかりと暗い穴が生じたような恐怖に追い立てられ、ぼくは尋ねた。
「本当のぼくは、どんな奴だったんだ?」
ラランニャ=めりんたはあわててとりなすように言う。
「そんなに深刻になることはないのに。ごめんね、変に煽っちゃったかなあ? でも、こわくなったんなら、心して聞いてね」
「う、うん。わかった。結局、聞かなきゃいけないわけだよね」
なんとなく昔の小生意気な女の子の面影がよみがえってきた。ラランニャの普段のおとなしいけど、たまに頑固なところもあって、なんだかんだで甘やかしてくれるような感じは、なんだったんだろうな。
「フニちゃんは、25歳。無職のヒキコモリだよ」
ショックだ。
ぼくはまだ17歳くらいのつもりだったのに、もう25歳だって?
8年も違うじゃないか!
しかもヒキコモリって……。なんでそうなっちゃうんだ? いや、ぼくはあまり外出するのが好きではないし、友達だって多くはない。確かに何となくそうなるような気はちょっとしていた。でも、それにしたって年を取れば自然と大人の考えが身について、それなりになると思ってたのに、あまりにも順当すぎて腹が立つな。
現実と妄想の差をぼくはどうやって埋めてたんだ? いくらなんでも記憶のねつ造っぷりがひどすぎだ!
これでわかった。
ぼくはまともじゃない。頭が完全におかしいんだ。
ラランニャ=めりんたが初めに言ってたことは、偽らざる実感ってやつだったんだな。
ただの狂人、それがぼくだ。
全身からおびただしく力が抜けていく。とてつもないだるさにぼくは倒れてしまいそうだ。
つくづく、知りたくなかった……。ぼくは自分にとことん幻滅した。
「どうしてそんなことになっちゃんたんだろう?」
ぼくはため息とともに、つぶやいた。ラランニャ=めりんたが答える。
「わたしにも理由は詳しくはわからないんだけど、ご両親からうかがった限りでは、フニちゃんは受験に失敗したんだって。それも一回じゃなくて何回も。大学入学をあきらめてから、ほとんど家にこもりっ放しになったって言ってたよ」
そうか、やっぱりそうなったか。今でも全く勉強してないけど、将来もぼくは勉強しないんだな。バカな奴だ。
と、ぼくは大震災に被災したとのことだけど、両親は生きているのか?
「ぼくの親に会ったの? ぼくは死んだらしいけど、父さんと母さんはまだ生きてるの?」
「あったのは地震の前だけどね。でも、ご両親はご存命だよ。奇跡的にね」
「そうか、よかった」
”虹の門”ではほとんど思い浮かべたこともない両親だけど、ぼくは心底から安心した。
家族仲は悪いほうじゃない。うるさいときはあるけど、やっぱりぼくを愛情でもって育ててくれた大事な両親だ。
「だから、ねえ。フニちゃん、帰っておいでよ。みんな待ってるんだよ、ご両親も、お友達も、みんなフニちゃんがいなくなったことをとても悲しんでた」
突然、”虹の門”の外にある世界、つまり現実の記憶をたくさん思い出して、違和感と動揺で頭がぼーっとなっていた。
そこへ、ラランニャ=めりんたの言葉は、ぼくに強烈な打撃を与えた。
懐かしい家庭の思い出や、両親の温かさ、友人の優しさが一気に目の前に明滅する。
そう、そうだった。
間違いない、ラランニャ=めりんたの言うことは、本当だ。
ぼくは、記憶を完全に隠蔽していた、自分自身から。
それほどまでに、現在の自分を疎んじながら、高校時代を偲んでいたんだ。
全部、思い出した。
そして、ノトゥに現状認識の矛盾を指摘されたときに感じていた、自分自身への懐疑は、ようやく今この瞬間に氷塊した。無意識のうちにわかってはいたんだ、ぼくが記憶をねつ造していることは。だけど、それを直視する心の余裕はぼくには無かった。
でも、今となっては、自分のみっともなさを受け入れるだけの余裕はできていたってことなのかもしれない。
「わかったよ、めりんた。ぼくは、もう自分のことを君から教えてもらわなくても、大丈夫。みんな、わかったから」
ラランニャ=めりんたは感激に声を震わせた。
「フニちゃんは、きっとわかってくれると思ってた!」
ぼくに飛びつかんばかりに狂喜する。
口に出すことそのものが、おそろしくおっくうだ。いろんなことがありすぎて、あまりにもぼくは疲れている。
でも、言わなければ、始まりも終わりもない。
もう、宙ぶらりんだけはごめんだ。
「でも、ぼくはここに残るからね」




