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最後の”龍脈”を鎮護する塔は、無残にも崩壊した。
全高一万メートルにも及んだ塔を支えていた膨大な建材が、”龍脈”の上に山と化して積みあがっている。
そして、その下にはおびただしいプレイヤーキャラクターが、押しつぶされ、眠っているのだ。
ぼくたちは早朝の淡い光の下、見上げるばかりの山と化した塔の残骸を眺めていた。
塔から外部へ続く地下通路から出た途端、すさまじい轟音と地震と共に瓦礫と化した塔は、その周囲を水も漏らさぬばかりに取り巻いていた多数の兵団をことごとく飲み込んでいた。
”龍脈”は巨大な岩の下に埋まり、近いうちに封鎖することは不可能だろう。”龍脈”という、おびただしい”魔力”をほとばしらせる地点の動きを止めるには、専用の不格好な機械や、煩雑な手続きが必要なのだ。
包囲した軍勢の目を盗んで逃亡してきた地下通路も、猛然と土埃を吐き出しながら、埋まってしまった。
ぼくたちはここから離れなければならない。
しかし、眼前の光景に心を奪われ、ぼくたちはしばらく動けなかった。
数キロは離れているはずの地下通路出口の近辺にまで、塔の残骸は高々と積み上がり、あわやぼくたちもその下に飲み込まれる寸前だったのだ。
そして、穏やかな草原にそびえたつ奇怪な塔という神秘的な景色は一変し、そこは破壊の爪痕が傲然と積みあがった荒涼たる場所へと変貌してしまっていた。
自分たちが助かるために、”虹の門”を傷つけているのはぼくもおなじだ。
重苦しい罪悪感が胸にまといついた。
「危ないところだったぜ~、もうちょっと余裕持たせらんなかったのかよ」
沈黙ののち、エンカラが口を開いた。
「まだ運が良かったほうじゃ。塔に自爆装置がついておったわけではないのだぞ。わしが操作できる施設の機能を暴走させ、破壊するようにしただけじゃ。下手をすれば破損にすら至らなかったもしれんし、すぐさま崩壊してしまった可能性さえあった」
疲れたように、がれきの山に見入っていたカナが目を剥いた。
「信じらんない! 結局、運しだいだったってことじゃん……もうちょっと余裕のあることができないわけぇ? いっつもギリギリなのはもう嫌だよぉ」
泣き声を上げた。ヒステリックに叫ぶ。
「ゲームから戻れなくなってから、眠れないし、気晴らしにお酒も飲めない、もうこんなの嫌だよぉ! なんのためにこんな退屈なことを延々つづけなきゃなんないの! もうやめたい」
エンカラは戸惑ったように言う。
「え……お前酒とか飲むのかよ……いや、あんた、お酒飲むんすか。つか、大人なんすか?」
「カンケーねーよ!」
腹に据えかねたようにカナはエンカラを怒鳴りつける。
ぼくは心配顔のラランニャにつぶやきを漏らす。
「そりゃそうかもな、いくらゲームが楽しいからって、ずっとやってたら飽きるよ。ぼくだって、”最終戦争”のころからずーっとプレイしてる。自分の体はどうなってるんだ? とか心配だし、正直、うんざりしてるってのはあるさ」
「確かに彼女の言うことには一理ありますね。なら、もう”組合”に投降しますか……?」
気遣うようにラランニャはぼくに尋ねる。ぼくは言下に否定した。
「それはできない。”虹の門”がなくなったら、ぼくたちだってどうなるかわからないんだから。それより、塔を壊してしまったことが、なんか悪いことしたなってカンジさ」
ラランニャは黙っていた。
アウナが口をはさむ。
「まあ、気にすることもあるまい。ああも大勢で包囲されてはな……しかも、早朝から攻撃してきたのじゃ。破城鎚までもちだしてな。とりつくしまもないとはこのことじゃ。今後は交渉で状況を改善するつもりだったのに、問答無用で攻めてこられてはどうしようもない。連中の自業自得よ」
「そうだね……しょせん、あの軍隊は、ゲームキャラクターの集まりなんだ。死んだって、どうってことないんだろうね、きっと」
ぼくは釈然としない思いを飲み下すように、言い切った。
”燃える剣”、ヴェルメーリを殺害した翌朝、塔は突如として大軍に包囲されたのだった。
もっとも彼らは、ヴェルメーリが率いていた軍隊のように、突如として奇襲してきたわけではない。整然と隊列を組み、巨大な攻城兵器を携えて、粛々と行進してきたのだった。そしてその人数も、”燃える剣”の軍勢をはるかに上回る大軍だった。
まだプレーテの部下やヴェルメーリの兵が死体となって転がっているような状態で、敵を迎え撃つ準備などができているはずもない。
途方に暮れたぼくたちは地下道から脱出し、同時に大軍を壊滅させるために塔を破壊したのだった。
その結果が、うずたかくそびえたつがれきの山というわけだった。
ふとぼくはつぶやいた。
「ぼくたちは、いつ現実に戻れるのかな……?」
「すぐに戻れるよ」
穏やかな男の声が答えた。
ぼくたちは仰天して、声の方向を注視した。
がれきの山から、声は聞こえていた。
ぼくたちの間に緊張感が走り、それぞれにがれきから距離を取った。
ぼくはみんなをかばうように、前へと踏み出した。
「誰だ?」
大小の礫岩が積み重なった山のふもとに声をかける。
と、巨大な岩が左右に揺らぎ、細かい石が転がった。
ぼくは魔剣を構える。
象ほどもある岩が、ゆっくりと浮上する。
砂を振り落しながら、真新しい断面をあらわにした巨石は数メートルほどの高さへと持ち上がった。
まるでヘリウムガスを詰めた風船のようだ。
岩の下に、黒っぽい恰好の地味な男が立っていた。
ぼくは息をのんで、体を固くした。
この男は知っている。そして、いずれぼくの前に出現するだろうこともわかりきっていた。
しかし、いざ顔を合わせると、たとえ事前に覚悟を決めていたとしても、緊張を抑えることはできなかった。
この地味なキャラこそ、”最終戦争の四戦士”の一人、”闇の旅団”本人なのだった。




