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08:マイノリティの宿命


 正式サービスの開始から、約二ヶ月が経過した。当初は『知る人ぞ知る良作』といった評価でしかなかった《HYO》は、口コミ等でじわじわと広まってゆき、いつしか『新鋭神ゲー』とまで評されるようになっていた。

 著名人に名前を出されたり、ゲームの紹介サイトで大々的に取り上げられたりして、今もプレイヤー数は増加し続ける一方だ。一時期あまりにも凄まじい増え方をしたので、サーバー落ちが懸念されたりもしたが、ヒョは業者等も含めたそれらのプレイヤー達を、一度も落ちる事無く受け入れ切った。

 そうしてプレイヤーが増えれば、ゲームの攻略もそれだけ活発になる。攻略wikiは毎日更新が繰り返され、編集合戦が勃発するページも現れた。しかしそんな中でも、良く言えば平和、悪く言えば不人気な分野が有った。


「……NPC関連、増えないなぁ」


 カチリ、と編集確定ボタンをクリックしつつ、五条あけみは呟く。NPCを仲間にする方法や、彼らとの交流のコツが記述されたそのページは、その大半が彼女によって編集された物だ。

 強調文字で書かれた『NPCに関する情報を募集しています』という文言が、虚しくページの先頭で踊っている。時折コメント欄に情報が提供される事は有るが、それでも他のページの活発さと比べると見劣りしてしまう。


(ま……良いけどさ。地道に地道に、道を整備していきましょ)


 普通のプレイヤーより数は少ないとはいえ、情報が提供されている以上、彼女と同じ道を歩んでいる者は確かに存在しているのだ。その事実を励みとしながら、PCをスリープさせてヒョにログインする。

 一瞬感覚の断絶が有って、前回ログアウトした場所の風景が広がる。同時に、傍らに浮かぶ閉じたメニューが、メールが届いている事を知らせるSEを放っている事に気付く。誰からだろう、と疑問に思いながらメニューを開き、彼女はメールをチェックした。

 件名、『初めまして』。差出人名は『風雲』。見た事も聞いた事も無い名前に、彼女は無数の疑問符を浮かべる。


『初めまして、自分は風雲と言います。突然の事に驚かれているかと思います、申し訳有りません。

 実は私、ロールプレイヤーの為のギルドを設立しようと思って、貴方に声を掛けました。詳しい事は直接お話しますので、ゲーム内時間で瑪瑙の月15日の午前7時に、エジャの世界樹広場に来て頂けませんか?』


 メニュー画面の現実時間の隣に並んでいる、ゲーム内時間の日付を見る。今は瑪瑙の月14日。くき、とアージェンは一人首を傾げる。


(……ギルド、か。そういや、ヘイゼルさんが何か立てたって言ってたっけ。『バタフライエフェクト』だっけか)


 このまま特に何も無ければ、彼女のギルドに入ろうかな、程度には考えていたが、この風雲と名乗る謎の人物の話にも興味が湧いて来た。話を聞く位は良いだろう、と返答のメールを打ち始める。


『了解しました。とりあえず、お話は聞かさせて頂きたいと思います』




 ゲーム内時間で、翌日。アージェンは、指定された時間の10分前に、世界樹広場へと転移して来ていた。

 課金アバターで固めた彼女が、初期装備の初心者たちに混ざると、もの凄く浮く。微妙に居心地の悪さを感じながら、彼女は辺りを見回した。すると、他にも二人程初期装備でないプレイヤーが居たのに気付いた。

 一人は、翼人の青年。暗い赤紫の髪をオールバックにしている彼の目は、右が緑で左が青のオッドアイになっていた。腰の後ろ辺りから生えている猛禽の如き翼の色は漆黒で、ヴィジュアル系バンドの様な服装をしている。そして顔の左側に、カッコイイ謎の紋様が刺青されていた。

 もう一人は、アージェンの腰程までしかない背丈の、ハーフリングの少女。サーモンピンクの長い外套を纏った彼女の双眸は露草色、瞳と似た色の飾りでツインテールに纏められている髪は桃色だ。


(……翼人は、やや物理寄りのステータスで、自力で空を飛ぶ事が出来る種族。で、ハーフリングは、器用さや素早さがずば抜けて高くて、他は低め、だったっけか)


 彼らもまたアージェンと同様、風雲と名乗る人物に呼び寄せられた者なのだろうか、それともどちらかが風雲本人なのだろうか。そんな事を考えながら待っていると、やがて四人目の非初期装備が出現した。

 先ほどのハーフリングと同程度の身長のそいつは、ふわふわの長い白髪を靡かせながら、地面すれすれを滑る様に浮遊して移動していた。ああいう移動の仕方が出来るのは、確か精霊という種族だけだった筈だ。小さな青い布をいくつもいくつも継ぎ合わせた様な服を着た彼は、ふと立ち止まり白い手を挙げながら声を上げる。


「こんにちは、ボクが風雲かざぐもです」


 良く通るその声に、アージェンはハッと顔を上げた。同時に、初心者ではなさそうだった翼人とハーフリングも、彼へと視線を向ける。

 どうしようか、とアージェンは困惑する。すると、まずハーフリングの少女が彼の元に近寄り、甲高いアニメ声でこう言い出した。


「どうもこんにちは、あたしはネリネ。メール送って来たのはおまえ……じゃない、あなたなのね?」

「どうも、ネリネさん。そうです、ボクがメールを送りました。ご足労頂きありがとうございます」


 敬語が抜けかける少女に対し、風雲は礼儀正しく対応する。次いで、翼人の青年がネリネに倣って近寄り、自己紹介をした。


「あー、コホン、……えー、私は、る、ルシフェル、です」

「『†堕落の熾天使†ルシフェル』さんで間違いないですか?」

「そうですけど、オフの時にフルネームで呼ぶのは止めてください……」


 見た目と名前に反して、かなりローテンションだ。まぁ、ハイテンション過ぎる奴よりは好感が持てる。そんな彼に続いて、アージェンも名乗り出た。


「わ、わたしがアージェンです。初めまして、風雲さん」

「はい、初めまして、アージェンさん。……と、返事貰えた人は揃ったかな」


 白髪の中に疎らに混じる水色の房を手でくるくると弄りながら、風雲は空色のつぶらな瞳を細める。そしてふわりと少し高く浮き上がると、眩しい笑顔を浮かべながら両手を広げてみせた。


「では、場所を移しましょう。付いて来てください」


 スィーと滑る様に動き出す風雲に、アージェンは戸惑いながらも追随する。一体何処に行くのだろう、と思いながら他の二人に視線を移すと、彼らも同様の困惑を浮かべた顔をしていた。




 エジャの大通りの一つに面した所に有る、何ともオシャレな喫茶店。風雲はその中に躊躇無く入ってゆきながら、アージェンたちを手招きした。

 三人はおっかなびっくり、風雲に追随する。装備や消費アイテムを売っている店には良く入るけれど、こうしたゲームには直接関係なさそうな施設に入るのは初めてだからだ。


「だ、大丈夫なのです? 入っちゃったけど、大丈夫なのです?」

「珍しがられはするけれど、こういう所も普通に利用出来るんですよ。wikiにも書いてあります」


 ルシフェルの不安げな問いかけに、風雲は鷹揚に笑って答える。四人がけのテーブル席に付くと、風雲は慣れた様に注文をした後、話を切り出し始めた。


「さて、と。ヒョのプレイヤーたちの間で、『ゲームプレイヤー』と『ロールプレイヤー』という分類が生まれつつ有る事はご存知ですか?」


 アージェンは静かに頷く。残り二人も知っているらしく、同様に首を縦に振った。何処からともなく発生したその言葉は、いつしかwikiの用語集にも載せられる様になった代物だ。

 普通の──と言うと語弊が有りそうだが、要するに必要以上にNPCと関わったりせず、プレイヤーの間だけで殆ど完結する遊び方をしている者をゲームプレイヤー、アージェンの様にNPCと深く関わりながら楽しむやり方をする者をロールプレイヤーと呼ぶ。

 この分別法に則って数えると、ヒョのプレイヤーの八割以上がゲームプレイヤーという事になる。ロールプレイヤーは本当に数が少なく、そしてマイノリティの宿命故に、彼らは何となく軽視されがちだ。


「まぁ、ロールプレイヤーは蔑称みたく使われたりしますけどね……」

「少数派はいつも多数派にバカにされるのさ、ポイズン」


 ルシフェルの呟きに、ネリネは形のない憤りを吐き出す。アージェンはヘイゼル以外のプレイヤーとは全くと言って良い程接触していないので実感が湧かないが、彼らはそうでないのだろう。ロールプレイヤーに対する風当たりの強さを、彼らの顔色は物語っていた。


「その通りです。我々ロールプレイヤーの地位は、あまり高くはありません。マジョリティであるゲームプレイヤーとは、見る世界が大きく異なりますからね。

 だから、ゲームプレイヤーとは相容れられないロールプレイヤーたちの為に、ポータルとなり得るギルドをボクは立ち上げたいと思うのです」


 強い意志の籠った声で、風雲は熱弁する。と、同時に、最初に彼が注文した四人分の紅茶が到着した。それぞれの前に並べられるカップに、風雲以外の三人はどう処したものかと逡巡する。

 その様子を見て、風雲は微笑みながらストレートのまま紅茶を口にした。一口飲んだ後、三人に向けて解説する。


「このゲーム、飲み物や食べ物も味わう事が出来るんですよ。他でも、料理とかがメインのゲームだと出来たりしますけど、ネトゲだとボクが知ってる中ではヒョくらいのものです」

「……ヒョの開発陣、やっぱ変態ですね」


 VRゲームでの感覚は、基本的に視覚と聴覚、それと触覚や痛覚くらいしか再現されない。味覚や嗅覚も技術自体は実用化されているが、容量を節約する為に普通のゲームでは重要度の低いそれらは切り捨てられるのだ。だというのに五感全てを実装しているヒョは、やっぱり凄いゲームだ。

 アージェンは恐る恐るカップを持ち上げ、口をつける。紅茶の芳醇な香りが広がり、同時に熱さに舌が焼け、彼女は「あぢっ」と小さく悲鳴を上げた。


「と、閑話休題。ロールプレイヤーのギルドを立ち上げたい、って所までお話しましたよね」

「ですね。一体どんな感じに?」

「まぁ、特に変わった事をやろうってわけじゃないんです。ただ、ロールプレイヤー同士で生きた情報のやりとりをしたり、プレイヤーの力を借りたい時に借りられるようにしたり、そんな感じで」


 風雲の言う『ロールプレイヤーの為のギルド』は、アージェンには中々に魅力的に思えた。wikiを通して伝えられる知識には、どうしたって限界が有る。だが、ギルドという繋がりからチャット等で直接話せれば、もっと色々な事を伝えられるだろう。


「その為に、ロールプレイヤーとしての道を往く皆さんの知恵と力をお借りしたく、こうして話を聞いて頂いた次第です」

「そりゃ良いんだけどさ、おまっ……ゴホン、あなたとあたしって全く接点無かったよね? どうやって目を付けたのさ」

「情報収集です。プレイヤーの間だとそうでもないですけど、NPCの方に耳を傾けると、すぐに皆さんの名前は聞こえて来ますよ。

 “ねりきんじゅつし”ネリネ、“自称堕天使”ルシフェル、“白銀の壁”アージェン、って具合に」

「ブッ」

「ガボッ」

「ゲボバッ」


 三者三様に吹き出し、赤面して顔を逸らした。何だ“白銀の壁”って、アージェンはその名を広めた奴に対する殺意を芽生えさせる。ネリネもルシフェルもその呼び名は初耳だったようで、ぶつぶつと文句を呟いた。


「……誰だよ、“自称堕天使”とか言い出したの。……それで、風雲さん、具体的に私は何をすれば良いのでしょうか」

「単刀直入に言うと、ギルドの設立及び維持の為の資金提供と、創始メンバーになる事。それから、後進の子たちに色々な知恵を授ける事。報酬は、すぐには支払えませんけど……」

「必要な資金の具体的な金額は?」

「イーアイレアに後ろ盾になってもらう予定だから、設立に50万リグ掛かって、維持するのにランク0だとゲーム内で一ヶ月──現実時間で30時間ごとに5万リグ必要です。

 一人で負担すると大変ですが、四人で折半すればなんとかなるかな、って」


 ふむ、とアージェンはメニューを開き、自身の所持金を見る。端数切り捨てで54万リグだ。この場に居る全員が話に乗るならば、設立に12.5万、その後30時間ごとに12500リグ支払う計算になる。財布へのダメージは無視出来ない。そのリスクを負ってでも彼の話に乗る価値は、有るのだろうか。


「どうでしょう。協力して頂けますでしょうか」


 ううん、と唸り声が上がる。彼の語る理想は輝いて見えるが、設立した後メンバーが増えず、そのまま潰れてしまう可能性もあるのだ。叶うかどうか分からない夢に六桁の金額を出すのは、どうしても躊躇われる。

 暫く頭を悩ませた後、アージェンはふとヘイゼルのギルドの事を想起した。このまま風雲の計画が潰れたなら、恐らくアージェンは彼女のギルドに入るだろう。しかし、それで本当に良いのだろうか?

 ロールプレイヤーと類されるアージェンが、ゲームプレイヤーの中に混ざったら、何らかの不和の種になるかもしれない。そのしわ寄せは、少なからずマスターであるヘイゼルも受けるだろう。他の者が嫌な思いをするのは無視出来るが、彼女に負担をかけるのはどうあっても避けたい。

 それに、と彼女は自身に畳み掛ける。このまま風雲を見捨てるような、薄情で志の低い人間が、あのヘイゼルの友人を名乗れるだろうか──アージェンは深く鼻息を吐いた後、顔を上げて風雲に向き直る。


「オーケー、乗りましょう。中々面白そうですし」


 その承諾の返事に、風雲の顔に歓喜が浮かぶ。金銭的な負担は正直キツいが、何とかしてみせようという決意をする。ランクが上がれば維持費は軽減されるし、それを期待しておく。


「……うん、なら、私も参加してみます」

「あたしもやってやりますよ、精々利用させてもらいますわ」

「あ、あ、ありがとうございますっ!」


 安堵の色を強くしながら、風雲は感謝の言葉を述べた。心底嬉しそうなその表情に、アージェンもついつられて微笑んでしまった。




 そして、ヒョの世界に一つの新たなギルドが設立された。

 その名は『何処何処どこいずこ』、所属国家はイーアイレア。マスターは風雲、創始メンバーにアージェン、ルシフェル、ネリネの三名を迎え、たった四人の小規模ギルドとして誕生した。

 ロールプレイヤーによる、ロールプレイヤーの為のギルド──そう銘打たれた何処何処は、ギルドに所属していなかったり、渋々普通のギルドに所属していたロールプレイヤーたちを集め、あっという間に中規模にまで膨れ上がった。

 今までバラバラだった彼らが集結した事により、マジョリティであるゲームプレイヤーも、彼らの存在を強く認知するようになった。同時に、ギルドチャット等を通して密に接し合える環境が整った事で、NPCに関する事等ロールプレイヤーにとって役に立つ情報が集積され共有されるようになった。

 そして、ゲームプレイヤーの視点からだけではなく、ロールプレイヤーの視座からの攻略も盛んに行われ始めた。wikiのNPC関連のページ等も充実し、後進の者がやり方が分からなくて挫折する、だとかいうケースも減ったのである。

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