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09:火事場泥棒lv100

 ヒョの舞台である惑星ウィナンシェの北半球に位置する、世界最大の大陸『エンウィードゥ』。とにかく広大なその地の、とある北方の山の中腹に、一つの小さなアトリエが存在していた。

 『ネリネのアトリエ』と書かれた看板が掲げられているそのアトリエは、深い雪に埋もれている。辛うじて扉や窓の周囲は雪が除けられているが、徒歩でここを訪ねるのは不可能に近いだろう。

 そんなアトリエに、アージェンはネリネに呼びつけられて訪問していた。木造の質素な内装の工房は、薪ストーブによる暖房が効いている。応接用の小さな机に、彼女はネリネと向かい合って座っていた。

 ギルド何処何処設立の際に初めて会ってから、早四ヶ月。なんやかんやで二人は打ち解け、敬語の抜けた口調で気安く会話を交わす程度に仲良くなっていた。


「それで、今回わたしを呼びつけたのって?」

「ちょっとお裾分け。沢山作って余っちゃったものが有るんだ。──コノハズク!」


 そう彼女が奥の部屋に向かって呼びかけると、やや有って一人の長身の男が大きな籠を持って二人の元にやって来た。コノハズクと呼ばれたこの男は、ネリネの手下のNPCである。

 種族は竜人。プレイヤーではポピュラーな種族だが、NPCの竜人は絶対数が少なく、かなりのレア種族になっている。絶滅済みのII型ドロイドには負けるだろうが。

 灰色の肌に、黒いおかっぱ頭。目の色は常に閉じられているので分からない。耳の辺りに三つずつ計六つの細長い結晶のような物が生えていて、時々何かに呼応するように変色したり震えたりしている。

 シンプルな黒のローブを靡かせながら、籠を机の上に置くと、ネリネの半歩後ろに下がって影のように控える。そうして微動だにせず仁王立ちしていると、いつの間にか彼の存在は意識の外側に行ってしまう。あんなにも印象的な見た目をしているのに、恐ろしいまでに影が薄いのだ。


「……その籠は?」

「火炎瓶一スタック。で、倉庫にはこれが後98スタック程有るんだよね。全部ジェンさんにあげます。ただで」

「一スタックは何個なの……?」

「99個だったかな。〆て、9801火炎瓶になりまーす」

「なにそれこわい。これから毎日家でも焼くの?」


 五桁にも届かんとする大量の火炎瓶を、一体どう使えと言うのだ。そもそも何故そんなに火炎瓶を作ったのか、とアージェンは苦笑いをしながら火炎瓶一スタックを眺める。


「錬金術系スキルの中でさ、『爆発物製造』ってのが有るのよね。そのレベル上げに、この火炎瓶を量産するのがとってもコスパが良いのよ。

 んで、ちょっと調子に乗って作り過ぎちゃって……他の錬金術やってる人も皆揃って火炎瓶作るもんだからさ、市場に飽和しちゃって二束三文でも売れないし、いっその事あげちゃえって」

「ただで貰えるなら貰っちゃうけど……生産職の闇を見た」


 生産系、特に消費アイテムを製造するスキルを中心に上げているネリネは、時折アージェンやルシフェルに余り物を格安で売ったりしてくれるが、この規模は初めてだ。メニューを開き、課金で拡張しまくったインベントリに99個分の空きが有る事を確認する。


「よっしゃ! いや~、火炎瓶めっちゃ倉庫圧迫してて困ってたんだよね。じゃあ付いて来て、ブツを渡すから」

「ウィッス」


 ネリネが良い笑顔で言いながら立ち上がり、アージェンもそれに追随する。倉庫に空きが出来たなら、また別の物を量産するのだろう、等と邪推しながら、机の上の火炎瓶一スタックをインベントリの中に収納した。




「というわけで、何か燃やす依頼無いかなー」

「いつの間に放火魔になったんですか……」


 計9801個の火炎瓶をどう消費するか考えながら、アージェンはフュールと晴嵐を伴い、エンウィードゥのとある街のクエストオフィスにやって来ていた。

 クエストオフィスとは、冒険者向けに様々な依頼を紹介してくれる施設だ。しかし、有る程度身分が保証されている者でないと利用は出来ない。具体的には、プレイヤーの場合ギルドに所属していないとまず駄目だ。

 その分依頼の裏は取られており、報酬未払い等のトラブルも発生し難い。何処何処設立は、こういう恩恵も彼女に齎していた。


「燃やす依頼、でありますか……」

「貰った火炎瓶消費したいからさー。火に弱そうなモンスターの討伐でも良いよー」

「ふーむ……具体的に、どれくらい有るんです?」

「四桁」

「えっ」

「9801。sobinopa」

「なにそれこわい。.iicai」


 とりあえず、掲示板に張り出されている物の内、モンスター討伐系の依頼から、良さそうな依頼を探しまわる。植物系の大規模討伐が有ると美味しいかな、と考えながら片っ端から熟読していると、晴嵐が声を上げた。


「ねぇ、司令官殿。この依頼はどうでありますか?」

「ん、どれどれ?」


 彼が手に取っている依頼書は、比較的新しい物のようだ。見ると、『吸血鬼討伐依頼』とある。

 その内容は、山間部の村を一つ丸ごと支配してしまった吸血鬼の討伐のようだ。殆ど外部との交流が無い村で、それ故に旅商人が訪れた時には既に村人全員がグールになっていた、との事だ。

 このままでは吸血鬼の魔の手が周辺の村等にも及びかねないとの事で、早急な駆除が求められているらしい。晴嵐はぱたぱたと頭のコードをはしゃぐように振りながら、にこやかにその依頼を選んだ理由を述べる。


「吸血鬼は暗所だと恐ろしい強敵でありますが、日光の元に引きずり出せれば勝手に死ぬのであります。この村の条件次第では、晴れた日の午前中に放火すれば楽に討伐出来るのではないか、と思いまして」

「ほう、中々ナイスなアイデアだな、晴嵐。なら、この依頼の委細を聞きにいってみようか」

「……フュールです。仲間の二人が怖いとです」


 受付の居る窓口に行き、件の依頼の紙を見せ、「これの詳細を知りたい」という旨を伝える。そして渡された、数枚の紙からなる書類を眺めながら、アージェンたちはいくつかの質問をぶつけ、必要な情報を手に入れた。

 まず、天候については問題無い。雨が降り続けていたりする風土でもなく、普通に晴れる日が有るようだ。

 次に建物の材質。こちらも、村の全ての家々は木造建築らしく、大量の火炎瓶を使えば簡単に燃え上がってくれるだろう。同時に、どうせ生き残りは居ても少数だろうし、山火事にならない程度になら家を焼いてしまっても良い、という許しが出た。


「よし、なら決まりだな。この依頼を受けるよ、受付さん」

「了解しました、ではこちらの契約書にサインを」


 差し出された契約書にざっと目を通し、妙な文言が無い事を確認した後、さらさらとサインする。目的の村に向かう日程や、討伐の手順を組み立て始めながら、三人は一先ずその場を後にした。




 ゲーム内時間で、数日後。アージェンたち三人は、高所から問題の村を見下ろしていた。

 その日は、雲一つ無い快晴であった。空気も良い具合に乾いており、絶好の放火日和である。そんな良い天気の朝だというのに、村では人っ子一人表に出ていない。皆吸血鬼に殺され、ゾンビ系のアンデッド・グールになってしまったからだろう。


「……皆、作戦通りに行くよ。フュールは、村に火とアンデッドを遮断する結界を張る。晴嵐はその護衛。で、わたしが村を焼く。良いね?」

「イエスマム、であります!」

「了解です」

「オーケイ、んじゃ、レッツゴーパァーリィーッ!!」


 二人の淀みない返事を聞くや否や、アージェンは素早く飛び出し、麓へと駆け降り始めた。険しい山肌を半ば飛び降りるように、魔法を使って怪我を防ぎながら一直線に駆け抜けて、インベントリから火炎瓶を取り出す。


「ma'u'ei .uisai binxo lo selsa'a fa mi

 .i .iuvu'e fe la'e di'u cu traji gleki ma'u'oi!

 zi'e'ai .u'icai lo selsa'a mi lo fagri cu bandu .ei!」


 上がる息で詠唱し、そして魔法を発動させる。火炎瓶の炎から自身を守る、防御魔法の一種だ。アージェンの身体を一瞬朱色の光が覆い、そしてステータス画面に『熱耐性L7』という文字が現れる。


「さぁ、アンデッドは消毒だァーッ!!」


 誰に言うでもなく宣言しながら、彼女は手に持った火炎瓶を手近な家へと放り投げた。がしゃん、と音を立てて瓶が割れ、中の液体が混ざり一気に燃え上がる。上がった炎はぼろい木造の家に燃え移り、火の手はあっという間に隣家にまで広がっていった。


「ハーッハッハッハッハ、燃えろ燃えろォ! もっと燃えるが良いや!!」


 アージェンは高笑いと共に、次から次へと火炎瓶を投擲する。ねぐらが焼け落ち、日光を浴びて呻き声を上げ始めたグールにも、容赦なく火炎瓶をぶつける。グールはゾンビ系の中では強い方だが、太陽の下でなら動きも鈍くただの案山子でしかない。

 やがて火炎瓶をたっぷり500個程消費した所で、炎が村の全てを覆い尽くした。時折彼女目がけて向かって来るグールに火炎瓶を投げつけたりしながら、アージェンは本命である親の吸血鬼の出現を待つ。

 日光から隠れられる場所が全て焼け落ちれば、奴とて出て来ざるを得なくなる筈だ。村の外に逃げられない様フュールに結界を張ってもらっているし、逃げられないと分かれば相手は放火犯であるアージェンに向かって来るだろう。地下室等が有ったらそれまでだが。

 と、無意味に火炎瓶を炎の中に放って遊んでいた所で、グールのそれとは違う名状し難き叫び声が聞こえて来た。その声の方に目を向けると、火だるまになった一つの人影が彼女の元に突撃してきているのが捉えられた。あんぐりと大きく開けられた口からは、立派な牙が覗いている。


「漸くお出ましか、親玉さんよォ!」


 アージェンは素早く盾を構え、突貫しようとした相手の腕を受け流す。同時にメイスで敵の頭を横殴りにした後、素早く得物を火炎瓶に持ち替え、半ば殴りつけるようにしてぶつけた。すると火炎瓶は丁度吸血鬼の口にジャストフィットし、そして砕けて燃え上がる。


「ぎぃぃぃあああぁぁぁぁぁっ!!」

「おらっ、さっさと死に晒せやオラァッ!!」


 慌てて地面に転がり消火しようとする吸血鬼に、アージェンは駄目押しと言わんばかりに火炎瓶を追加した。ついでに火傷が重傷化している部分をげしげしと蹴り、ダメージを蓄積させる。


「痛いっ、痛いっ! やめっ、止めろ! 止めろください!!」

「そう言われて止める奴が何処に居る?」


 とは言っても、このまま焼け死ぬまで待つのも面倒なので、アージェンは徐にナイフを取り出す。刃渡りの短いそれを右手に持つと、全身大火傷と日光で息も絶え絶えの吸血鬼の首に宛てがった。


「ま、そろそろ終わりにはしてやるよ。貴様の命ごとなァ!!」

「ぎぐぁっ! がっ! ごっ……ぐ、ぎ、き……あ……」


 如何せん刃が短いから、大人の男の首を切り落とすのには時間がかかったが、無事作業を終える事が出来た。もの言わぬ生首となった吸血鬼を軽く振り回して血を抜いた後、インベントリから用意しておいた麻袋を取り出し、その中に首を放り込む。これが討伐証明になるのだ。

 他に吸血鬼が出て来る気配は無い。下手人は先ほど生首にした奴だけなのだろう。グールは放っとけば間もなく全滅するだろうし、と放置する事に決めて、彼女は生首入り麻袋をインベントリに仕舞う。そして、一旦PTを解散した後フュールたちの元へ転移し、その後再びPTを組み直した。


「大将首、獲って来たよー」

「お疲れ様なのであります、司令官殿!」

「随分とあっけなかったですね……日光下だと、こんなにも弱体化するんですね……」

「後はー、自然鎮火を待って帰るだけかな。フュール、結界維持は大丈夫?」

「現状、問題有りません」

「ん。何か有ったらすぐわたしに言うように」


 大体可燃物は燃え尽くしたから、その内炎は止むだろう。その頃にはグールも粗方片付いているだろうし、残っていたら適当に処分すれば良い。

 メニューからマップ画面を開き、村に有る敵対モンスターの反応が次から次へと消えていくのを眺める。ぼんやりと見ていると、彼女は村の中に奇妙な反応が有るのを認めた。

 ヒョのマップは、自身の現在位置だけではなく、モンスターやNPCの位置や属性も表示される仕様だ。属性は『友好』『中立』『敵対』程度の区別しかされないが、それでも分かる事は多い。


「……?」


 自身のすぐ隣に、二つの友好NPC反応。これはフュールと晴嵐の物だ、問題無い。村の中をうろちょろする、いくつかの敵対モンスター反応。これはグールの物だ、一つまた一つと消えていっている。しかし、敵対反応の中に混ざっている、微動だにしない中立反応の正体は、一体何なのだろうか。

 マップ上にそれが存在する辺りの光景を眺めてみても、そこには焼け落ちた家の残骸が有るだけだ。生き残りが居たとして、あの炎の中無事で居られるわけが無い。バグか、それとも地下室が有ったのか、とアージェンは見当を付ける。地下室が有ったなら、何故あの吸血鬼はそこを利用しなかったのか、という疑問が出てくるが。


「どうされたのですか、司令官殿?」

「ん~……予定変更。鎮火したら、帰る前に村を探索するよ」

「何ですか、火事場泥棒でもするんですか」

「ははっ、それも良いかもね。焼け残ったので良いのが有れば、ちょっとネコババしていきましょ。

 まぁ一番の目的は、生き残りくさい謎の反応が有ったから、そいつへの対処だよ。了解?」

「生き残りって……今出て来ますか。了解しましたけど」


 表示バグだったらそれまでだが、もし本当に生き残りだったらどうしようか。面倒だし、グールだったという事にして殺してしまおうか。

 そんな事を考えているうちに、やがて30分が経つ。グールも炎も殆ど消え去った所で、三人は麓に転移し探索を始めた。




「司令官殿、ここに宝飾品が有るのであります。ほら、こんなにいっぱい」

「ワオ、でかしたぞ晴嵐。根こそぎ持ってくか」


 村を焼き討ちにした後、その残骸から金目の物をせしめていく。ここが吸血鬼に支配された村だったという事実が無ければ、火事場泥棒lv100としか言い様の無い所業だ。

 無差別に放火した所為で、換金出来そうな物の半分くらいは無惨な姿になってしまっていたが、それでも金属製品等は残っていた。宝石のネックレスや指輪、鉄で出来た農耕具や武器を片っ端からインベントリに突っ込む。


「……さて、こんなもんかね。いや~、全部売り払えばきっと凄い金額になるよな、ぐひょひょ」

「司令官殿、自分は新しい弓が欲しいのであります!」

「ああ……本当、この場面だけ切り取ると、完全に僕たち鬼畜ですよ……」

「正義はこっちに有るから良いんだよ、なんせ村人は全員グールだったんだしな。じゃ、本命の目的の方行くぞ」


 敵対反応の消えたマップに依然として存在している、謎の中立反応。めぼしい物を漁り終えた所で、三人はそれが有る辺りの家だった物の元に訪れ、それらしい物を探し始めた。

 だが有るのは黒こげの木材と、同じく黒こげのグールの遺骸だけだ。不可視の存在を感知する魔法を使っても、反応は返って来ない。首を傾げながらうろうろと歩いていると、ふと足音が妙に反響している事に気が付いた。


(……地下室か? それにしては、出入り口が見当たらないが)


 焼けて崩れた柱を退かしてみても、地下へと続く階段や梯子は見当たらない。一体どういう事なのだろう、と四つん這いになりながら床を念入りに調べる。

 すると、家の片隅のタンスらしき物の残骸の下に、厳重に打ち付けられた板が有る事に気付いた。ちょっとやそっとでは剥がせそうのないそれに、彼女は立ち上がって仲間に声をかける。


「フュール、こっちに。この板、ちょっと魔法でぶち抜いてくんね?」

「何ですかこの如何にもな板は……分かりました、ちょっと離れていてください」


 アージェンは晴嵐ともども、フュールと問題の板から距離を取る。二人が十分に離れた事を確認すると、フュールは魔法書を開き朗々と詠唱し始めた。


「えー、コホン。じゃあ、やりますよ。

 ma'u'ei doi makfa ko frati

 .i .iaru'e mi ga'i me lo termakfa

 .i lonu pacna lo vimcu be lo dicra cu tersazri lo makfa mi ma'u'oi

 zi'e'ai .uo lo fagri tunga'axa'i cu kevna tunta!」


 彼の言葉と共に巨大な炎の槍が出現し、そして周囲の床もろとも問題の板を焼き貫いた。必要以上に燃え広がる前に魔法を消し、フュールは二人の方に振り返る。


「上手に焼けました。見てください、地下室が有りましたよ」

「っし、お疲れさん。どれどれ……」


 三人して穴を覗き込む。ぽっかりと黒く開いた穴の先には、確かに地下室が有るらしく、剥き出しの土の床が見えた。どうするか少し考えて、ここまで来たら進むしか無いだろうと結論付ける。

 アージェンは魔法で光の球を作りつつ、無用な怪我をしない様慎重に飛び降りた。フュール、晴嵐の両名もそれに続く。そして澱んだ空気の地下室の闇を照らし、見回した。

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