48:風雲の手記
『《HYO》はリアルだ。とても、これ以上無い程に。ゲームとしては非効率極まる程に、作り込まれている。
普通に作ったとして、このレベルのリアルを完成させるのに一体どれ程のリソースが掛かるだろう? ……少なくとも、基本無料アイテム課金のサービスで回収出来る規模ではない筈だ。
だが、これも最初から惑星ウィナンシェが“本当に存在する異世界”だったら、全て解決する話だ。実際、「リアルに作られたゲームの世界」というより、「元々存在する世界にゲーム的なシステム(メニューとか)を導入してる」って形容した方がしっくり来る。
これも相当荒唐無稽な説だと思うけど、ここから先それ関連の疑問符は全て無視するスタイルで行く。円滑な記述の進行の為に、ね。
となると、VRマシンか《HYO》のプログラムかに、この世界に接続する為の何かが仕込まれていた筈だ。けど、現状他のVRゲームにウィナンシェ程作り込まれた世界は存在しない。
他のゲームは普通に、データ上に作られた仮想空間に魂の一部を接続している、って具合なのだろう。だから、異世界への接続云々は《HYO》のプログラムである筈だ。
だけど最初からある程度それを想定してマシンを作らないと、異世界と接続するなんて出来ないんじゃ? 有明は最初からそのつもりだった? 何の為に?
そういえば、何かのゴシップ記事で、《HYO》には秘密裏に有明哲也も関わっていた、って見た気がする。最初からVRマシンに仕込んでいた異世界接続機構のアンロックキーこそが、《HYO》のプログラム?
……となると、何故、有明含む《HYO》の開発陣が、地球のゲーマーたちを惑星ウィナンシェに飛ばしたがったか、という疑問が湧く。
単に面白いゲームを提供する為? そうだったら何も考えなくてよくなるんだけど、それだと続かないから「それ以外の何らかの目的が有る」と仮定する。
ならばその目的とは? このログアウト不可バグにも関係が有るのだろうか?』
どうやらこのノートは、件のバグ発生以降に書かれたものであるらしい。ページをめくる。
『こっちの世界にボクたちを呼び込んで、それでどうするか。ボクたちは何を持っている? 何をこちらに持ち込めている?
……現代知識、メタ視点、魂。この辺りが鍵か?
そもそも《HYO》はネトゲだ。ウィナンシェ接続プログラムをネットゲームとしてリリースし、ネットゲームのようなインターフェースを用意したという事は、プレイヤーたちに“ネットゲーム”をして貰う事が目的なのだろう。
ならその目的の真意は? ……敵を倒して、レベルを上げて、アイテムを集めて、それを自慢する。それがネットゲームの本質だ。
敵を倒す。プレイヤー──“使者”がこの世界に現れるようになってから、魔物の被害は目に見えて減ったという。敵を倒してこの世界を平和にさせるのが、《HYO》の本当の目的?
いや、もう一捻り有るんじゃないか? レベルを上げさせる事とか? 新ダンジョンにはレベルでの入場制限が有るらしいし、本当の目的はこちらなのでは?
魂。ダンジョン入場の合い言葉だというロジバンにも、「我ら全ての命と魂とを貴方に捧げよう」という文言が有った。《HYO》は……ウィナンシェの外から魂を呼び寄せ、そのレベルを上げさせるプログラム?
異世界との接続機構の作成。こちらの世界での肉体の用意。ゲーム的なインターフェースの製作。プレイヤーたちに疑いを持たせない為の世界の整備。ここまで多くの面倒な前準備をしてまで異界の魂を求めた理由は、一体?
……答えは最初から出ていたじゃないか。世界樹を再生する為だ。《HYO》を計画した何者かは、ユガタルファの世界樹伝説を成就させるつもりなんだ。
一体どのようにして? その具体的な所は流石のボクでも分からない。危険かもしれないけど、実際に赴かなければ──』
相当無理の有る前提の上に成り立つ推察だというのに、この風雲の考えは妙にすとんとアージェンの胸に入って来た。心の何処かに『この世界は現実だ』と確信したい気持ちが有るからだろうか。
『さて、一つの結論まで至った所で、別の切り口から考えていこう。何故有明はVRマシンを作り、《HYO》を実行しようとしたのか、という事を。
ボクは有明と直接──といえるかは微妙かもだけど、とにかく会った事が有る。詳しくは別の、ボクの生い立ちについてのノートに纏めてあるから、そっちも参照してほしい。
閑話休題、その時にVRマシンを作る目的も聞いたんだけど、彼は単に「面白いゲームを提供する為」としか言わなかった。秘密にしたかった?
いや、いや、これは意味の無い事実だ。それよりも真実に近い情報が有る。
まず、地球の科学は以前は「有明理論」なんて物が登場出来るレベルじゃなかった。これは断言出来る。ボクだって自分の見ている夢を、有明に出会うまでは死後の世界だと思っていたんだ。
ニュートンだって「リンゴが落ちる」という事象を目にしたからこそ重力に至れたわけで、魂の理論だってもっと魂の観測技術が発達してからじゃないと出て来ない筈だった。だのに現実として、有明は正しい魂の理論を発表し、人工明晰夢装置を完成させた。
有明が過程をすっ飛ばして結論に至れる、前代未聞レベルの天才だった? ……ボクが見た限り、有明はそんなレベルの天才には見えなかった。馬鹿にしているわけじゃないけど、そのレベルはキュリオスみたいな紙一重っぽく見える筈なんだ。
そこでボクが唱える仮説は、「有明は魂の理論発表以前から、《HYO》の事を知って動いていた」という物だ。
彼が人工明晰夢装置を作ったのも、それを元にしたVRマシンを世に流通させたのも、《HYO》という“ゲーム”を作り上げたのも、全てウィナンシェの、世界樹の為だったのだとしたら。そうだとすると、色々と納得がいく。
ああ、どこまでも荒唐無稽な仮説だというのに、まるで欠けていたピースが次々とはまって行く様な気分だ。これこそが正解だというのか』
段々と確信めいてゆく文体に、アージェンは急かされるように目を走らせる。風雲がこのノートに残し、誰かに伝えたかった彼なりの正解を、確と受け止めねば。
『──有明哲也は悪魔に魂を売ったのか、それとも奪われたのか。恐らく彼は、ウィナンシェと何らかの形で接触したのだ。そして、魂の理論をこちらに持ち込んだ。
ウィナンシェの魂の理論は、少なくとも古代文明のそれは、有明理論以前の地球よりずっと進歩していた筈だ。ドロイドは──少なくともIII型のドロイドの精巧さは、それ故の賜物である筈だから。
ドロイドといえば、彼ら関連でもちょっと突っ込みたい所があるんだけど、趣旨と離れ過ぎるから別のノートにしよう。
ということは、《HYO》を最初に企てたのはウィナンシェの古代人? 有明は被害者? プレイヤーもろとも、ウィナンシェに利用されている?
有明はウィナンシェの魂の理論を地球式に翻訳したのだと思う。いくら宇宙レベルで見れば似通っている世界だからといっても、異世界は異世界なのだ。そのままでは上手く行かない可能性の方が高い。だから彼はボクに協力を仰いだんだ。
ああ、また疑問符が。何故異世界に接続する技術を隠していたのか。万が一にも《HYO》のプレイヤーが減る事を嫌った?
寧ろ客寄せになりそうだけれど……他の人に利用されたくなかったのかな? そう考えるのが一番自然かもしれない』
手記はそこで途切れている。完全にヒョが本物の異世界であると確信しきった論説だった。同時に、その確信を読む者に伝染させる文章でもあった。
異世界との接続、だなんて、確かに無理の有る話かもしれない。だがこのヒョの世界を一からプログラムした、という話と比べればどうだろうか。アージェンは前者の方がまだ現実的だと思えた。
次に、彼女はもう一つのノート、『lo nu pensi le senta』と銘打たれている方を手に取る。日本語に訳すると、『層に関する考え事』といった具合だろうか。
『このノートは、ドロイドの詠唱から感じた疑問を分析した結果を書き留めた物だ。
追記:読む人は、出来れば「現実的解釈」のノートを読んだ後、その内容を踏まえてこれを読んで欲しい。
あ、それと、ロジバンの専門用語もバンバン使うから。
ドロイドたちは魔法を使う時、決まってとある奇妙な単語を使う。それが[senta]だ。「x1はx2(素材)・x3(構造)の層、レイヤー」というPSを持つ、gismuの一つだ。
大体BY類を[zei]でくっ付けて使われてるけど、これは一体どういう意味を持つのか? 幾つか例文を並べて考えてみよう。
ボクの友人の魔法使いドロイド(勿論NPC)に協力してもらって、色々な魔法を使ってもらった。彼女の詠唱はいつもはすごい早口なんだけど、今回は聞き取れるようにゆっくり唱えてもらった。
まず、回復魔法の詠唱。実行文のみだ。
[zi'e'ai mi lo po mi ny zei senta nejni lo po do ry zei senta cu galfi gi'e dunda]……早速問題の単語が出て来た。
この詠唱をボク式に日本語訳すると、「私は自分のNセンタエネルギーを貴方のRセンタに変換し、与えます」といった具合になる。[senta]をどう訳すのが正解か分からないから、とりあえず「センタ」としておく。
ここから考えるに、恐らく「Nセンタ」は魔力の事。「Rセンタ」はHP、生命エネルギーか?
次に、攻撃魔法。
[ma'u'ei mi xlura lo fy zei senta lo ka gunta le ny zei nejni ma'u'oi zi'e'ai mi le makfa danti cu zbasu gi'e cecla]。こっちは詠唱文の方に問題の単語が出て来てる。
日本語訳すると、詠唱文は「私はFセンタに対し、攻撃性質になれとNエネルギーで影響します」。実行文は「私は魔法の弾丸を作り、飛ばします」といった具合か。
「Nエネルギー」はさっきの回復魔法に出て来た奴の略だろう。「Fセンタ」は……何だろう?』
そこから先も、ドロイドの詠唱とその日本語訳、そして『センタ』という単語に関しての考察が続いた。ずらりと並ぶロジバン文に痛くなって来る頭を撫でさすりながら、アージェンは読み進める。
他にも色々なタイプの攻撃魔法を使ってもらったらしいが、電気や炎での攻撃にはFセンタ、氷柱や土の礫での攻撃には『Sセンタ』なる単語が出たようだ。勿論Nセンタも出て来たが、言及するまでもないと思ったのか無視されている。
防御魔法にもSセンタが出て来たそうだ。Sは物理系のセンタなのだろうか。
付与魔法は大体Fセンタだったらしいが、催眠等の精神効果の魔法には『Uセンタ』なるモノが登場したようだ。また、MP共有魔法を試させた所、そこでだけ『Bセンタ』が出現したらしい。
そして汎用魔法。こちらには、FとSセンタが多く出て来た。
一通りの魔法についての考察がされた後、再び彼の推理が始まった。
『ここから考えるに、出て来たセンタの正体は大体こんな具合なんだと思う。
N:魔法、若しくは魔力。詠唱にはほぼ必ず出て来る。
S:恐らくは物質的な奴。肉体の欠損を治すタイプの回復魔法にも登場。もしかしたら空気とか、“物質”ならなんでもこれかもしれない。
F:一番よく分からない。頻出しているんだけど……カンだけど、「現象」とかだろうか?
U:出る頻度は少ないけど、だからこそ分かりやすい。多分「精神」。
R:「生命力」。回復魔法の他、HP吸収魔法にもこれが出て来た。
B:共有魔法の時だけ出て来た。共鳴? よく分からない。要検証。
ちなみに、協力してくれたドロイドの子に直接「どういう意図でsentaという単語を使っているのか」って訊いたりもしたんだけど、答えは「分からない」だった。何となく、それが効率が良い気がするからやっているらしい。
彼女はIII型。II型なら何か知ってるかも。後でアージェンにアポ取ろうかな。
さて、ここまで読んでくれた人なら大体思ってる事だろうけれど、システム的な魔法の分類が不自然過ぎるんだよね。分かりやすいっちゃ分かりやすいんだけど……。
世界観に寄り添うならば、「攻撃」「防御」なんて分別にするより、使用するセンタの種類で分けるべきな気がする。ゲーム的にする為の翻訳的なアレ?
それに、この設定は公式サイトのどこにも書かれていなかった。敷居が高まるのを懸念したのか? いや、それなら最初からロジバンなんて使うなって話だ。
センタについてプレイヤーに把握されたくなかった? これが一番濃厚な線かな。
なら、何故把握されたくなかったんだろう……うーん。ちょっと考えてみる必要があるかな』
中々に興味深い考察だ。後で晴嵐にも訊いてみよう、と思いながら、彼女はページを捲る。
『不自然といえば、そもそもロジバンが詠唱な時点で不自然なんだ。
ロジバンは工学言語だ。自然言語では殆ど有り得ない文法だし、語彙だって人為的に“文化的に中立”になるようにしたモノだ。
そんな言葉が魔法言語として自然発生するとは考え難い。だから、多分こっちでもロジバンは人工言語なんだ。
偶然の一致? それとも一致した言語がある世界を選んで接続した? 最初から《HYO》は現在の形になる予定だったのかな。
でも何でロジバンみたいな言語になったんだ? 魔法言語ってんなら、もっとカオスでワケわかんないのになりそうなモノだけど。
……何かしらの“翻訳者”が存在する? ロジバンを魔法に変換している存在が居るんじゃないか。それが機械とかそれ系だから、ロジバンという構文的に非曖昧な言語になったんじゃないか。
そういえば、ネリネのトコのコノハズクが興味深い詠唱をするんだった。どんな効果の魔法でも「zi'e'ai broda」で実現してしまうっていう。
となると、もしかしてロジバンはただの魔法発動スイッチなのか?
……今ボクも試してみたんだけど、まともな魔法が発動しなかった。
一応汎用魔法が発動したみたいなんだけど、何も起きなかった。じゃあ何故コノハズクはこれで魔法が使えてる?
妄想、か? “翻訳者”は術者の妄想を読み取り魔法にするけど、普通の人間の想像力じゃあまともな魔法は紡げない。だからその補完として、ロジバン詠唱という説明をするのか?
これが一番それっぽいかも。“翻訳者”が一体何なのか気になる所だけど……機械だとすれば古代文明か。イーアイレアに何か有りそうな。I.R.E.A.タワーとか?
あと、おまけ。試しに本気で妄想を練り上げて、「zi'e'ai broda」って言ってみた。
汎用魔法の光の球を出そうとしたんだけど、出来た。時間がかかり過ぎるからとても実戦向きじゃないし、普通の人には出来ないと思うけど、一応プレイヤーにも出来たよって事をね。
もっと色々考察したい事は有るんだけど、時間が無いから一旦ここで筆を置く。また新ダンジョンから帰って来たら、色々やるとしよう』
記述はそこで終わっていた。一年以上経っても減っていない白紙のページを、何となくぱらぱらとめくる。するとそのページの間に、一枚のメモが隠されていたのを見つけた。
アージェンは四つ折りにされたそれを手に取り、開いてみる。するとそこには、謎の図形とロジバンの文章が書き付けられていた。
『.i xu ri'a le nu pofygau ti no'u le ka xlura ku kei le menli cu binxo le za'i na kakne le nu xlura le xadni?』
──この作用を破壊すれば、精神は肉体に渉れなくなる?
数秒程、彼女はその文章と図形を見つめ、考える。そして全てを理解した時、風雲がこのメモを隠し、更にロジバンで文章を書いた理由を、彼女は悟った。
(……どうしよう)
メモを折り直し、ノートの中に挟み込んでしまいながら、アージェンは頭を抱える。これはどうするべきなのか。
「風雲さん……あなたは、これをどうして欲しいんです?」
問うても、答える者は居ない。手の震えが止まらなかった。自分が手に入れたかもしれない力の、その危険性に。




