47:隠蔽交錯
『効率的なレベル上げ』とは、突き詰めて言えば『獲得出来る経験値が多い敵を沢山倒す』事だ。更に言えば、知能が低く、厄介な能力を持っておらず、一カ所に沢山居る奴だと尚良い。
今アージェンたちが千切っては投げている、巨大な蛾のようなモンスターも、そういった類いのものだ。如何なる因果かとある森から大繁殖し、幾つもの山と村とを食い散らしてしまったそれの情報は、ネリネの広い見聞から得られた物である。
隔月程の頻度で件の村の一つを訪れていた小規模なキャラバンから、『蛾に滅ぼされた村』という噂が広がり、それが巡り巡って彼女の取引先のNPCにも届き、ネリネの耳にも入ったのだ。
そんな経緯を経て、すっかり廃墟となった村を舞台に、彼女たちは大規模な殲滅作戦を展開している。メンバーは何処何処中枢の三人と、ネリネのおまけのコノハズクだ。
周囲の木々を喰らい、動物を喰らい、人々を喰らい、家々すらも喰らった魔物どもは、飢えに複眼をぎらつかせながら、アージェンたちの足元に置かれている虫寄せの香りを目指して集る。幽かな筈の羽音は重なり合い増幅され、彼女たちの声すらかき消す騒音となっていた。
「ma'u'ei .o'ucu'i mi lo bandu makfa cu nivji ma'u'oi
zi'e'ai mi lo bandu cu zbasu .ai」
アージェンは今回、装備を普段とは入れ替え、回復と支援に徹するスタイルになっている。この四人の中では、彼女以外にまともなヒーラー・バッファーを務められる者が居ないからだ。
使い慣れない長い杖を掲げて防御魔法を発動させ、彼女たちが陣取る所に迫る巨大蛾の群れを塞き止める。そして生まれた隙に、攻撃役のルシフェルとコノハズクが大量の爆弾を抱えて舞い上がった。
内側から出るのは自由な結界から、二人は翼を広げて飛び出る。そして群れよりも上まで上昇した後、それぞれ逆方向に飛んで行き、灰色の煙のようにも見える蛾の軍団に、火の点いた爆弾を投下していった。
その爆弾は焼夷弾の性質を持つ代物である。普通は周囲にも延焼して巻き添えにしてしまう為使い所が難しいのだが、今回は燃えそうなモノは蛾によって既に滅されてしまっているので問題無い。
ピラミッド型の結界に喰らい付く蛾たちが、焼夷弾の絨毯爆撃を喰らって燃え上がり、名状し難い悲鳴を上げて悶絶し始める。何度目か、何十度目かのこの光景に、アージェンは静かに眉根を潜めた。
(単純作業なのは良いけど、何時終わるんだ、これ)
爆弾が撒き終えられ、結界間近の蛾が粗方灰燼となった辺りで、一旦防御魔法を解く。すると、爆撃を終えたルシフェルとコノハズクがこちらに戻って来た。終始無言のまま、コノハズクを除く三人は目配せをし合い頷く。
モンスターは、彼方からまだまだ湧いて来ていた。ネリネは焼夷弾を二人に補給し、その傍らアージェンが回復魔法を唱える。あの蛾も飛べる以上、安全地帯の外を飛行する二人は無傷ではいられないのだ。
四人のステータス画面をつぶさに観察し、適切な程度の魔法を発動させる。と、そうしていると、アージェンは自身のステータス画面に『レベル100』という文字が有る事に気付いた。
「うぇ」
「何」
「わたし、カンストしたっぽい」
「まーじで。……まーじだ」
「おめっとー、ジェンさん」
俄に三人はざわつき、単純作業に疲弊しフラットになっていた雰囲気が明るくなる。悲願のレベルカンストを、まだ一人だけとはいえ達成したのだ。
「オレも99だし、もうすぐ100だな」
「あたしはまだまだ遠いわね、流石に。……どうする?」
次のウェーブは着々と迫って来ている。ネリネの問いかけに、燃え尽きかけてた虫寄せお香を追加しながら、アージェンは答えた。
「この虫野郎どもは片付けないと、環境破壊がマッハでしょ。全滅するかリソースが尽きるかまではやろうよ」
「同意だ。上から見た感じ、割と奴ら減ってたし、ラストスパートとしゃれこもう」
「おっけー。まだまだ爆弾は十分に有るから、安心して取り組んで頂戴」
虫の羽音が耳障りになって来た所で、アージェンは防御魔法を使い結界を展開する。蛾たちがべっちゃりとその表面にへばりつく気味の悪い光景を目にしつつ、爆撃役の二人が飛び上がる音を耳に捉えた。
全部で丸一日程掛けて、あの凄まじい蛾の大群を殲滅し終えた彼女たちは、無事アージェンとルシフェルのレベルがカンストした事を祝す、ささやかなパーティーを開いていた。
会場はネリネのアトリエ。彼女の作ったアイスクリームを数種並べ、飲み物には外部への委託により大量生産が出来るようになったソーダを添えて、クラシックっぽいレコードと薪ストーブの音をBGMに頂く。
アイスクリームは果物フレーバーの他に、試行錯誤の末何とかバニラっぽい風味になった試作バニラアイスも有った。それは多少奇妙な味はするものの、知識も何も無い所からよくぞここまで辿り着いた、とネリネの努力を賞賛したくなる出来だった。
「その内、アイスも委託しようかしらね。今も、ソーダのレシピの利用料でお財布がっぽがぽだし」
「ネリネさんはもうすっかり億万長者だね……現代知識チート強いなー」
「まぁ、チートって言ったって、現実から持って来れたのは発想だけだけどね……それでも十分強いのかな」
「強いと思うぞ。現実での天才の発想を、そのままパクって来れるんだから」
他愛も無い言葉を交わし合いながら、アージェンはスキル画面をぼんやりと眺める。貧乏性故に未だに習得するスキルを決めきれていないから、SPは大量に余っている。とりあえず防御力と魔法かな、と指を折り折りシミュレーションをしていると、ピカピカと輝く枠に囲われた二つのスキルが目に入った。
それは、中のアイコンが種族固有のスキルである事を示す枠だ。最初から習得している《魔性開放》と、つい先ほど自動習得した《魔神顕現》の二つが、枠の中に収まっている。一度タップすれば、スキルの説明画面が出現した。
『半魔の固有スキル。使用すると《魔性開放》時よりも醜い姿に変身し、同時に更に高い能力値を一時的に得る事が出来ます。
使用出来るのは一日に一回だけ。また、《魔神顕現》状態のまま10分以上経つとキャラロストをしてしまいますので、ご注意ください』
攻略wikiで見た文言と一言一句違わない説明文を読みつつ、いよいよここまで来てしまったのだな、と思った。《魔神顕現》は言うまでも無く最後の切り札だが、しかし選択肢になってしまったのだ。
浮き足立つ心が抑えられない。言葉にし難い恐怖を感じた。しかし表面上はアイスクリームを堪能する様子を取り繕いつつ、ルシフェルがメニューを見ながら呟く声を聞く。
「しかし……もう一年以上経ってしまったんだな」
一年。誰もが『ゲーム内時間』という但し書きをしなくなって久しい現在、彼のその台詞にも暗黙のうちにそれが含まれている。ログアウト不可バグが発生してから、もう一年以上が経過してしまった。
今日は『柘榴の月・11日』。バグが発生したのは、去年の翡翠月だ。翡翠の月は一年最初の月で、柘榴の月は五番目の月であるから、プレイヤーたちはおよそ一年半程ヒョに閉じ込められている事になる。
「もうこっちに慣れ過ぎて、今元の世界に戻ったら、背が高過ぎて混乱しそうだわ」
「体格が良かったのか?」
「良いってわけじゃないけど、今のあたしはこの通り幼女でしょ? 背が低い状態に慣れ切っちゃったからね」
「わたしも美少女状態に慣れちゃったから、今戻ったら勘違い女になりそうで怖いわー」
全員現実で生きた時間の方がまだ長いが、人は得てして遠い記憶より最近の経験の方を優先するものだ。その遠い記憶に碌なモノが無いとなれば、尚更である。
「となると……風雲さんたちが行っちゃってからも一年以上か」
「そうなるな」
エジャの新ダンジョンへと多くのプレイヤーが赴いたのは、二月目の月長月とその次の瑪瑙月だ。ヘイゼルと会えなくなってからそんなに経っていたのか、と思って、アージェンは湿っぽい溜め息を吐く。
すっかり傷口は乾いてしまったが、癒えたわけではない。ヘイゼルの喪失は、触れればずきずきと痛み出す傷だ。
ヘイゼルに会いたい。帰って来た彼女と無事を祝い合って、首飾りをなくしてしまった事を謝って、それから──考えれば考える程虚しさが増大したので、アージェンは思考を打ち切った。再開してしまわない様、別の事を口に出す。
「……ちょっと、風雲さんの部屋とか掃除しに行こうかな。埃溜まってるだろうし」
「なら、合鍵が必要だよな。今出す」
「ありがとう、おねがーい」
ルシフェルはインベントリの中を漁り、宿舎の風雲の部屋の合鍵を取り出した。それはアージェンに受け渡され、彼女のインベントリの中に放り込まれる。
「一体、何時になったら……帰って来るのだろうな……」
彼女に鍵を渡した後、ルシフェルは残りのアイスを口に運びながらそうぼやいた。アージェンも同意に頷き、残りのソーダを飲み干す。すると鼻から炭酸を纏ったげっぷが抜けて、思わず涙ぐんだ。
その辺でレコードが回り終わったので、ネリネがコノハズクに命じて新たな音盤を再生機器にセットさせる。先ほどとはまた違った趣の曲が流れ始めるのに聞き入りながら、アージェンは暫しの安らぎに耽る事にした。
ネリネのアトリエでの安らかな一時を存分に堪能した後、アージェンは割烹着と三角巾を身に纏い、風雲の私室の掃除を開始した。他の部屋とそう変わらない間取りに、ぎっしりと並べられた本棚に気圧されながら、まずハタキで上から埃を払ってゆく。
「ふっふっふんひ~、ふんひのふっふーん」
ノリノリで鼻歌を歌い、時折埃に咳き込んだりしながら、ぱたぱたとハタキを振るう。本棚には何かのノートやこちらの世界で購入した書籍やらが、ジャンル別に綺麗に分別されて収まっていた。
アージェンもたまに読む娯楽小説の類いの他に、何かの学術書や専門書のような物までもが並べられている。分厚い背表紙に踊る難しそうな単語に、アージェンは「うわ」と呻き声を上げた。
(あの人、こんなのも読んでたのか……つくづく年齢不詳だ……)
棚の中の埃も丁寧に払いつつ、彼女は風雲の姿を想起する。とてもインパクトの強い中性的な少年の姿は、別離して長い今になってもそこそこ鮮明に思い出せた。
彼は、不思議な魅力と底なしのやる気を持つ人物だった。性別も年齢もどこかぼやけていて掴めない風雲は、しかし何処何処のギルドマスターとしてこれ以上なく優秀だった。
ロールプレイヤーにも色々居る。アージェンやルシフェルのようにNPCと一緒に冒険する事に主軸を置く者、この世界の住人のように振る舞う事へと心血を注ぐ者等々。
そんな彼らを、メンバー同士で不要な衝突が起こらないように、ギルドとしてそれなりのまとまりが持てるように采配し続けていたのは、他ならぬ風雲だ。風雲というカリスマが居たからこそ、残ったメンバーたちはリーダーとしては未熟なルシフェルも支持し、それ故に今も何処何処はギルドの体裁を保っているのである。
と、そこまで考えた所で、彼女は以前の風雲の言葉を思い出し始めた。埃を粗方落とし終え、箒での掃き掃除に移行しながら、本より薄いノートがぎっしりと詰め込まれている棚を見上げる。
(……そういえば、ノート自由に読んで良い、って言ってたよな。掃除終わったら、ちょっと見てみよっか)
新品の箒で手際良く埃を纏めながら、アージェンはそう考えた。やがて全ての埃を一所に集め終えた所で、彼女は窓を小さく開けた後、呪文を唱える。
「zi'e'ai ko klama .ei doi noi vimcu lo festi ku'o brife」
すると鋭い風が発生して塵を巻き上げ、そのまま窓から外へと持って行ってしまった。それを確認して窓を閉じ、大分埃っぽさがなくなった風雲の部屋をぐるりと見渡す。
配置されているのは沢山の本棚と、キチンと整えられたままの寝台、それから書き物机。そして机の上に並べられている、二冊のノート。何の飾り気も無いそのノートの表紙には、それぞれ『現実的解釈』『lo nu pensi le senta』と銘打たれていた。
そのノートたちが、何だか読んで欲しそうに並んでいる様に見えて、アージェンは徐に椅子を引き出し、座った。箒をインベントリに戻しつつ、まずは『現実的解釈』のノートを開く。
『これは一種の実験のような物だ。ただ、次から次へと浮かぶ考えを書き留めたくなった……それだけなんだ。
だから、誰かがこれを読んでいるのだとしても、それ程真に受けないで欲しい。この風雲の妄想だと思って、気楽に読み流してくれ』
まず目に飛び込んで来るのは、読みやすい字での前書き。目を進めれば、次にはこのノートの内容の趣旨についての記述されていた。
『“仮に、この世界が本当に存在する異世界だったら”──書き散らすのは、そんな仮定の話だ』
最初のページは、そこで終わっていた。アージェンはごくりと唾を呑み、続きを読むために次へとめくる。




